東京文化会館と新国立劇場が共同制作するスペクタクルオペラプッチーニ作曲《トゥーランドット》。2019年7月12日の東京文化会館における公演初日に向けてリハーサルが始まっている(公演は、7月12日~14日に東京文化会館、7月18日7月22日に新国立劇場 オペラパレス7月27日~28日にびわ湖ホール、8月3日~4日に札幌文化芸術劇場で行われる)。去る6月11日には、演出家のアレックスオリエによるコンセプト説明会が行われた。

稽古場に揃ったのは、新国立劇場オペラ芸術監督で指揮を手がける大野和士、演出のアレックスオリエ、衣裳のリュック・カステーイス、照明のウルス・シェーネバウム、演出補のスサナ・ゴメス、舞台監督の菅原多敢弘。そして舞台を支える音楽、技術スタッフたち。

キャストとしては、ジェニファー・ウィルソントゥーランドット)、テオドール・イリンカイ(カラフ)、中島恵理(リュー)、砂川涼子(リュー)、リッカルド・ザネッラート(ティムール)、妻屋秀和(ティムール)、持木弘(アルトゥム皇帝)、桝貴志(ピン)、森口賢二(ピン)、与儀巧(パン)、秋谷直之(パン)、村上敏明(ポン)、糸賀修平(ポン)、豊嶋祐壹(官吏)、成田眞(官吏)、加えて助演の出演者たちが出席した。

まずは大野和士が英語で挨拶をする。

「《トゥーランドット》のプロダクションにみなさんをお迎えできてとても嬉しく思っています。このプロダクションは特別なものです。東京文化会館と新国立劇場の史上初の共同制作、そこに、びわ湖ホールと札幌文化芸術劇場hitaruが加わります。東京都と国がこのような文化イベントで協力するのも初めてのことです」「どうか皆でエネルギーを出し合って、最高の舞台を作っていきましょう」

「演出にアレックスオリエ氏を迎えられたのも大きな喜びです。彼とはリヨン歌劇場で、ワーグナーさまよえるオランダ人》、そしてシェーンベルクの《期待》とダッラピッコラ《囚われ人》で一緒に仕事をしました。私が魅せられるのは、彼の芸術の力強さです。まずはモニュメンタルな大きな舞台美術。そこにドラマチックな世界を作り上げます。もう一つは人間の内面とその繊細さ、そして魂を描くこと。その意味で《トゥーランドット》はまさに彼のためのオペラだと思います」

トゥーランドット姫は先祖の呪いというトラウマを抱えています。そしてリューが、トゥーランドットにかけられていた呪いから彼女を自由にするために、最後に犠牲となるのです。リューの死は私たち皆に人間の愛の力を気づかせてくれます。このオペラはとても複雑ですが、トゥーランドットとリューはコインの表裏のような存在なのです。では、このオペラの演出コンセプトをこれからアレックスに語ってもらいましょう」

続いてアレックスオリエによる、映像をはさみながらの説明があった。

「来日をとても楽しみにしていました。オリンピックを盛り上げる機会に私たちを呼んで下さったことに感謝し、名誉に思っています。私は1992年バルセロナオリンピックの時にも開会式で仕事をしました。そして、マエストロ・大野との仕事は今回で三度目。ご一緒できて嬉しいです。今回はバルセロナ交響楽団が来日し、日本のチームと一緒にプロダクションを作りますが、私はバルセロナの出身なのでそれも嬉しいことです」

「《トゥーランドット》は、私が演出する三つ目プッチーニの演目です。シドニーで演出した野外オペラ蝶々夫人》。これはローマカラカラ浴場跡でも上演されました。それから《ラ・ボエーム》をこのオペラが初演されて120周年の記念の年に、初演されたトリノ王立歌劇場で演出しています。このプロダクションもその後、ローマやエジンバラで上演されました。今年の9月にはフランクフルトで《マノン・レスコー》も演出する予定です。ということで私がプッチーニを大好きだということはお分かりいただけると思います。プッチーニは舞台人。彼のオペラは素晴らしいストーリーを持っており、その音楽は感情表現に巧みなのです。中でも《トゥーランドット》は素晴らしい。音楽もモダンです。ドビュッシーストラヴィンスキーに近いものがあります」

「《トゥーランドット》はファンタジーのお話です。元はペルシャの物語詩から来ているそうです。中央アジアトゥルキスタンと呼ばれる地方です。この演出を考えているうちに色々な疑問が湧いてきました。まるでカラフが解かねばならなかった謎のように。《トゥーランドット》は未完のオペラですから、最終的にプッチーニが何を伝えたかったのかを考えねばなりません。プッチーニが生きていたら本当はどのような結末になっていたのか? 作品の最後の15分はフランコ・アルファーノが補完作曲しています。この重要な最後の部分の謎を解きたいのです。《トゥーランドット》は象徴的で神秘的な物語であり、登場人物たちもプッチーニの他のオペラのような人間味が感じられません。私は二つのことを伝えたいと思っています。それは〈権力〉と〈トラウマ〉についてです」

トゥーランドットは男性を嫌っています。謎を解かせるのも、彼女が男性と結婚したくないからに他ならないのです。トゥーランドットの抱えている辛い思いは先祖の受けた虐待があります。それが彼女の中のトラウマになりました。私は精神科医とも話をして確かめましたが、先祖のトラウマが遺伝的に伝えられることはあり得るそうです」

「そしてカラフも同じようにトラウマを抱えています。彼は王国の王子だったのに国を追われ全てを失ってしまったのです。カラフが初めてトゥーランドットを見た時、彼女の何に惹かれたのか?それは彼女の権力だったのではないか。ペルシャの王子の処刑を命じるトゥーランドット姫を、たったの5秒間見ただけのカラフが惚れたのは彼女の権力なのです。自分が持っていた権力へのノスタルジーです。舞台装置に使われているピラミッドのモチーフは権力の象徴です」

「舞台のインスピレーションを受けた画像などを紹介します。インドの階段井戸。金鉱。永遠につながるエッシャーの階段のイメージ。過去なのか未来なのか、時間が固定されていない物語。そして、映画『ブレード・ランナー』にもインスパイアされています」

「権力者たちの衣裳には白を使いたい。保守的なデザインです。一方、民衆の衣装は暗いイメージで、アジアのいくつかの国のデザインが見られます。さまざまな国籍や時代の入り混じった衣裳も『ブレード・ランナー』の世界に共通するところがあります」

「コンセプトとして〈権力〉と〈トラウマ〉の話をしましたが、結末をどうするか、という問題があります。トゥーランドットもカラフもトラウマを抱えている人間です」

「彼らはリューを通じて愛を知ることができるのでしょうか?プッチーニオペラを研究してみて、私はこのオペラハッピーエンドはありえないと思います。トゥーランドットは男たちを次々に処刑し、リューも拷問して死に追い込みます。そのような女性が愛を知ることは出来るのでしょうか? 彼女は男性への憎しみも抱えている。そしてカラフの権力への野望。その二人が一緒になってハッピーエンドはありえないと思うのです」

今回のオリエの演出で結末がどうなるかは、まだこれからのリハーサルで決定する部分もあるということで、結論は東京文化会館での初日を待つしかない。インスピレーションを受けたという様々な画像、そして舞台および衣裳のデザイン画を見ながらオリエの説明を聞いていると、まさに大野の言う、スペクタクルで、かつ人間心理に深く切り込む《トゥーランドット》の演出が実現しそうだ。大野とオリエの二人が、選び抜かれたキャストと共に作り上げる舞台に期待しよう。

取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

 

<プロフィール>

【指揮】大野和士(ONO Kazushi)
東京生まれ。東京藝術大学卒。ピアノ、作曲を安藤久義氏、指揮を遠藤雅古氏に師事。バイエルン州歌劇場にてサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。1987 年イタリアトスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。以後、世界各地でオペラ公演及びシンフォニーコンサートの客演で聴衆を魅了し続けている。90~96 年ザグレブ・フィル音楽監督。96~2002年ドイツ、バーデン州立歌劇場音楽総監督。92~99 年、東京フィル常任指揮者を経て、現在同楽団桂冠指揮者。02~08 年ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督。12~15年アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、08~17年フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。15年から東京都交響楽団バルセロナ交響楽団音楽監督。オペラでは07年6月にミラノ・スカラ座デビュー後、メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座、バイエルン州歌劇場グラインドボーン音楽祭、エクサンプロヴァンス音楽祭などへ出演。渡邉暁雄音楽基金音楽賞、芸術選奨文部大臣新人賞、出光音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、エクソンモービル音楽賞、サントリー音楽賞、日本芸術院賞ならびに恩賜賞、朝日賞など受賞多数。紫綬褒章受章。文化功労者。17年5月、大野和士が率いたリヨン歌劇場はインターナショナル・オペラ・アワードで「最優秀オペラハウス2017」を獲得。6月にはフランス政府より芸術文化勲章オフィシエを受勲。同時にリヨン市特別メダルが授与された。18年9月より新国立劇場オペラ芸術監督。

 
【演出】アレックスオリエ(Àlex OLLÉ)
バルセロナ生まれ。パフォーマンス集団ラ・フーラ・デルス・バウスの6人の芸術監督の一人で、同カンパニーは世界的な評価を確立した。カルルス・パドリッサと共同演出したバルセロナオリンピック開会式をはじめとする大規模イベントや、演劇、映画と多くの分野で活動している。近年ではオペラの演出で特に活躍し、ザルツブルク音楽祭、ウィーン芸術週間、マドリード王立劇場、バルセロナ・リセウ大劇場、パリ・オペラ座、ブリュッセル・モネ劇場、英国ロイヤルオペライングリッシュナショナルオペラザクセン州歌劇場、ルールトリエンナーレ、ネザーランドオペラ、ミラノ・スカラ座、ローマ歌劇場オーストラリアオペラなど世界中で活躍、『魔笛』『ノルマ』『仮面舞踏会』『イル・トロヴァトーレ』『ファウストの劫罰』『トリスタンとイゾルデ』『さまよえるオランダ人』『ペレアスとメリザンド』『ラ・ボエーム』『蝶々夫人』『青ひげ公の城』『消えた男の日記』『マハゴニー市の興亡』『火刑台上のジャンヌ・ダルク』など幅広い作品を手掛けている。新国立劇場初登場。