このところ、自動車事故のニュースが頻繁にメディアに取り上げられている。その報道の多くは、「高齢ドライバーによる」という切り口によって伝えられる。しかし、アクセルブレーキを踏み間違えるのは、認知機能が低下した高齢者であるとの決めつけは、誤った認識だという。元科警研研究員・伊藤安海氏は、注目すべき事故原因は他にあると指摘する。(JBpress)

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※本稿は月刊誌『Voice』(2019年7月号)、伊藤安海氏の「高齢ドライバー事故をいかに防ぐか」より一部抜粋・編集したものです。

「事故=高齢ドライバー」は固定観念

 2019年4月19日、池袋で87歳の男性が運転する車が暴走し、男性と同乗者を含む8人が重軽傷を負い2人が死亡する凄惨な事故が起きました。

 この事故しかり、アクセルブレーキの踏み間違いや高速道路の逆走、ドライバーの意識喪失と聞くと、誰もが「高齢ドライバー問題」を連想するでしょう。

 しかし、じつはどれも高齢者に限った現象ではなく、どのような年代のドライバーも起こしている現象です。高速道路の逆走で検挙されたドライバーでさえ、その3~4割は非高齢者なのです。

 交通事故を防ぐためには、ドライバーの年齢に関係なく(1)ドライバーの運転技術・意識や健康(2)自動車の機能や装備(3)道路インフラや信号制御(4)交通取り締まりや啓蒙活動、といったものが関係してきます。

 どのような事故も、ドライバーの年齢に関係なく発生している以上、そもそも「高齢ドライバー問題」というものは本当に存在するのかを考えてみる必要があります。

 多くの方から、「認知症ドライバー問題こそ高齢ドライバー問題だ」といった答えが返ってきそうです。ところが高速道路を長時間逆走した認知症ドライバーの多くは、若年性認知症である前頭側頭型認知症だといわれています。

 若くても発症し、記憶障害の少ない前頭側頭型認知症の危険なドライバーを発見するのにはどうすればよいのか。高齢ドライバー問題といわれている問題を「高齢」にとらわれず、多角的に見つめることで、悲しい交通事故を減らす方策を模索していきたいと思います。

高齢者の事故は減少傾向

 私が1996年警察庁科学警察研究所(科警研)に入所して最初に担当したのが、交通事故鑑定や交通事故解析です。

 当時は、経験不足から予測注意配分、判断、操作ミス等が多い若年・初心ドライバーによる交通事故が社会問題となっていて、交通教育や交通取り締まりによる対策に期待が集まっていました。

 しかし現在は、「交通事故の問題≒高齢ドライバー問題」といった論調です。

 じつは免許保有者1万人当たりの交通事故件数は若年ドライバー、高齢ドライバーともに当時(1996年頃)と現在でほとんど変化は見られません。むしろ、この20年間で交通事故の第一当事者(加害者)になる確率はわずかながら若年ドライバーは増加、高齢ドライバーは減少しています。

 わが国の人口ピラミッドと免許保有率の推移を見れば、(1996年当時に)その後20年で少子化により18~20歳の人口(もっとも交通死亡事故リスクの高い年齢層)が激減することで交通事故死者数が半減することは明白でした。

 一方で、高齢化とその免許保有率の上昇にともなって高齢ドライバーによる事故が増加していくことは、新人の私にも容易に推測できました。

 ただし、自動車安全装備の進歩等により、私の予想以上に交通事故死者が減少したことは本当に幸いな誤算です。

 予想されていた高齢ドライバー事故の増加に対して有効な対策が実施されてこなかったのは、従来の警察交通科学は交通心理学と交通工学が中心だったため、健康問題と密接に関係する高齢ドライバー対策を本質的に行なうための医療との連携が決定的に不足していたからなのです。

「健康起因事故」の対策こそ必要

 近年、道路交通法が改正されるたびに高齢ドライバーへの認知症のスクリーニング(認知機能検査)が強化されてきたため、高齢ドライバー問題の本質は認知機能の低下である、と思われるかもしれません。

 たしかに、年齢を重ねるごとに病気に罹患したドライバーの割合は多くなり、それは交通事故の大きな脅威となりますが、そのなかで最大の脅威は認知症なのでしょうか。

 じつは、フィンランドカナダ等の調査結果から、交通死亡事故の1割以上がドライバーの体調変化、とくに意識喪失に起因した事故(健康起因事故)であることが明らかになってきました。

 わが国でも、2011年には、てんかん発作で意識を失ったドライバーにより栃木県鹿沼市で登校中の6人の小学生がクレーン車にはねられて死亡する事故が発生したことは記憶に新しいところです。

 翌年の2012年には京都府でてんかんの持病をもつ男性が自動車を暴走させて8人が死亡する事故や、群馬県ツアーバスの運転手が睡眠時無呼吸症候群の影響で運転不能になり45人が死傷する衝突事故が発生しています。

 健康起因事故の引き金となる疾患としては、不整脈、脳血管疾患、大動脈疾患、糖尿病(その治療薬による低血糖)等が挙げられますが、これらに罹患するリスクは高齢者ほど高いため、高齢ドライバーの増加による健康起因事故の増加に対しては早急な対策が必要です。

 にもかかわらず、わが国で健康起因事故が大きな問題となっていないのはなぜでしょうか。

事故者の個別原因を調査すべき

 真っ先に、私からお詫びします。科警研在職中、都道府県警の科捜研職員や交通捜査の警察官に対して、交通事故の鑑定・捜査に関する教育を行うなかで、事故を起こした当事者の持病や健康状態を十分に調査・検証するようにといった指導はしてきませんでした。

 その結果、たとえば単独事故でドライバーが死亡しているような場合、その多くは交通統計上、運転ミスや漫然運転として処理され、わが国の健康起因事故件数はきわめて少ない数字で推移してきたのです。

 つい最近になって、滋賀医科大学の一杉正仁教授らが国内における健康起因事故の実態調査に乗り出し、わが国でも交通事故の約1割はドライバーの体調変化によるものであることが明らかとなってきました。

 また、私自身も過去の後悔から、現在は科警研と共同で交通事故のミクロデータ(裁判資料等)を洗い直し、埋もれている健康起因事故の掘り起こしと再発防止に向けた医工学的分析を行っています。その結果、健康起因事故が疑われる事例が見つかり始めています。

 たとえば、NEXCO中日本から情報提供を受けた、「高速道路上で追突された車両のドライバーが死亡し、追突した車両のドライバーが加害者とされた事故」の詳細を調べてみると、被害車両が不審な挙動をしていたことが明らかとなりました。

 じつは、追突された車両は、片側3車線の真ん中の車線でハザードランプを点灯させて停車していたのです。このドライバーには何らかの体調急変があったと推測されます。

 超高齢社会のわが国では、知り合いが脳梗塞心筋梗塞で倒れたといった話は日常的になりつつあります。であれば、自動車運転中にも多くのドライバーが意識を喪失する可能性があります。

 このことは、最近議論されている、「自動車運転の上限年齢の設定」や「高齢ドライバーへの免許更新試験の導入」といった対策では防げない交通事故が数多く存在することを意味しています。

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