世の中に存在するお金の中で、筆者の経験上、最も回収が難しいのは「離婚の養育費」です。元妻が子どもの親権を持ち、元夫が養育費を支払うのが大半のパターンですが、協議離婚で公正証書を作成したり、調停離婚で調停調書を入手したりして、万が一の場合に元夫の財産や給与を差し押さえることができるように、用意周到に準備すれば大丈夫だと思われがちですが、本当にそうなのでしょうか。

 実際のところ、離婚した「元夫婦」は結婚生活のトラウマが原因で、ほとんどの場合、別々に暮らして連絡を取り合わず、顔も合わせません。そんな中で、元夫の連絡先(携帯番号、メールアドレスLINEのID)や住所、職場が離婚時のままならよいのですが、途中で変わっていた場合が厄介です。

 一例として、元夫の給与を差し押さえるには職場の会社名、所在地が必要ですが、次の職場を特定しようにも連絡先が不明なので、元夫から聞き出すことは困難です。もちろん、まともな人なら、自ら新しい連絡先や住所、職場を報告するでしょうが、まともな人ではないから結婚生活を続けられず離婚したのでしょう。喜々として転職を自慢するようなやからではありません。

 このように、元夫の職場を突き止められないことがネックで養育費の回収を断念せざるを得ないケースが多いのですが、先月、民事執行法が改正されたのをご存じでしょうか。今回の改正で、裁判所が市町村日本年金機構に対し、元夫の職場情報を開示するよう命じることができる制度が新設されました(新・民事執行法206条)。

 ごくごく普通の生活を送っていれば、民事執行法のお世話になることはないのでしょう。あまりなじみのない法律なのでピンとこないでしょうが、生きるか死ぬかの瀬戸際で、ギリギリの生活を送っている今回の相談者・岡田美鈴さん(36歳)にとっては天国と地獄ほど違います。今回の改正で何がどう変わったのでしょうか。美鈴さんのケースをもとに見ていきます。

<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在)>
夫:高屋健吾(36歳)→会社員(勤務先、年収は不明) 
妻:岡田美鈴(36歳)→パートタイマー(年収80万円) ※今回の相談者
子:岡田美弥(9歳)→小学生

月10万円の養育費が突然止まった

「娘と一緒に死のうって何度も思いましたが、何とか思いとどまっています。このままでは夜の仕事をしなきゃいけなくなります。何とかなりませんか」

 美鈴さんは切実な表情で訴えかけますが、美鈴さんが元夫と調停離婚したのは4年前。美鈴さんの体調が悪いことを考慮し、毎月10万円の養育費を約束してくれたのですが、離婚4年目に突然、養育費の支払いが止まったのです。

「わりいわりい。実は俺、再婚したんですよね。年内には子どもが生まれる予定なんだ。悪いけど養育費は勘弁してくれよ」

 元夫は一方的LINEを送ってきたのですが、まるで古い家族より新しい家族の方が大事だと言わんばかりです。美鈴さんにとって、養育費の停止は死活問題です。うつ病が良くなっては働き、悪くなっては辞めるの繰り返しで仕事は長続きせず、収入は不安定でした。昨年、パートタイマーの年収は80万円に満たず、養育費なしで生活するのは難しい状況でした。

「どうにか美弥を助けて!」

 美鈴さんは元夫に対して、何度もLINEで陳情しましたが、養育費が振り込まれることはありませんでした。

 美鈴さんの場合、協議ではなく調停離婚したのが不幸中の幸いでした。調停離婚の場合、家庭裁判所は必ず調停調書という書類を発行してくれます。この書類があれば、元夫の給与を差し押さえるための申し立てをすることが可能です。差し押さえが成功すれば、職場は元夫へ給与を支払う前に直接、美鈴さん(または娘さん)の口座に養育費の未払い分を振り込んでくれます。残った分は元夫の口座に振り込まれますが、いわゆる給与天引きが可能で、一度手続きを踏めば、最終回(今回は20歳)まで自動的に天引きされるので便利です。

 ところで、差し押さえの申し立てには「送達証明書」を添付する必要があります。送達証明書とは、家庭裁判所が元夫に対して「送達」(調停調書のコピー)を渡したという証明書です。まずは、家庭裁判所が元夫宛てに送達を郵送する必要があるので、美鈴さんは離婚時の家庭裁判所へ出向き、送達を郵送する手続きを依頼してきたのですが…数日後、家庭裁判所から電話がかかってきました。「この住所に届きませんでした」と。美鈴さんが裁判所の窓口で伝えたのは離婚時(別居時)の住所でしたが、元夫はすでに再婚しているのだから、別のところへ転居するのは当然といえば当然です。

元夫の住所を知って安堵していたが…

 元夫の現住所が分からない場合、どうしたらよいのでしょうか。戸籍の附票には、出生から現在までの住民票の履歴が書かれています。元夫は再婚し、住民票を移したのでしょうが、戸籍の附票を手に入れれば、現在の住所を知ることができます。戸籍の附票は元夫の住所地ではなく、本籍地の役所が発行します。元夫の本籍地は恐らく、美鈴さんと結婚、離婚し、別の女性と再婚しても変わっていないはずです。本籍地は調停調書に書かれていたので、美鈴さんは本籍地の役所へ戸籍の附票の発行を頼むことにしました。

 今では個人情報保護法があり、美鈴さんと元夫は「元夫婦」という間柄です。一方、娘さんは、離婚しても親子であることに変わりはありません。そのため、筆者は美鈴さんに「申請者は美鈴さんではなく、娘さんの名前にしておき、美鈴さんは親権者として代理しているという形にしてはどうでしょうか。申請の理由は『裁判所に提出するため』と書くと怪しまれにくいでしょう」と勧めたのです。

 しかし、役所の担当者の計らいで、このような工夫をせずとも、「そんなに困っているなら」と戸籍の附票を発行してくれたそう。こうして元夫の現住所を把握することに成功したのです。

 そして、ようやく地方裁判所が債権差し押さえ命令の申し立てを行い、ついに養育費の支払いが復活すると美鈴さんは安堵(あんど)していたのですが…職場の担当者は裁判所に「該当者(元夫)は在籍していないので給与や賞与の差し押さえには応じられない」と回答してきたのです。美鈴さんが申立書に記入した職場の会社名、そして添付した職場の商業登記簿謄本は離婚時、元夫が勤めていた会社のものでした。どうやら、元夫は離婚後の4年間で当時の会社を辞め、別の会社へ転職していたのです。

 美鈴さんは再度、元夫へLINEでの連絡を試みました。元夫も、養育費を踏み倒すために会社を辞めたわけではないでしょう。元夫は自分の先行きについて不安に思っているでしょうから、「あなた(元夫)のことを心配しています」と下手に出て、何とか再就職先を聞き出そうとしたのです。また少なくとも、美鈴さんより娘さんのことを気にしているでしょう。例えば、元夫が会社を辞めたことで娘さんが先行きを悲観していることを伝え、娘を安心させるために新しい職場を教えてほしいと訴えたのです。

 しかし、これらのやり方は功を奏さず、元夫が返事をしてくることはありませんでした。元夫から聞き出す以外の方法としては、元夫の現住所は特定できたのだから、元夫が朝、出勤するところを発見し、職場まで尾行していくという手もあります。しかし、素人の美鈴さんが元夫に気付かれず、また元夫を見失わずに尾行を成功させるのは至難の業です。元夫の尾行を頼もうにも、探偵や興信所へ依頼すると料金は50万円を超えることが多く、明日の生活にすら困っている美鈴さんが出せる金額ではありません。

 結局、美鈴さんは養育費なしで生活することは難しく、だからといって娘さんを路頭に迷わせるわけにはいかないので、風俗の面接を受けざるを得なかったようです。

法改正で多くの人が救われる?

 このように、元夫の職場を特定できないせいで養育費を断念したケースは、一定数存在します。今まで、元夫から会社名や所在地を聞き出せるかどうかで明暗が分かれていたのですが、今回の法改正で「元夫への聞き取り」は不要になりました。市町村は、住民税の源泉徴収の情報から住民の勤務先に関する情報を管理しています。裁判所が市町村の役所に勤務先の情報開示を求め、役所が応じれば、元夫を介さず会社名や所在地を知ることができます。そして、勤務先の情報をもとに元夫の給与を差し押さえれば、未払いの養育費を回収できるのです。

 住民税の源泉徴収の情報にひも付けられているので、開示請求をする先は元夫の現住所の役所です。当初、美鈴さんは元夫の現住所を知らなかったのだから、苦労して手に入れた戸籍の附票は無駄だったわけではありません。美鈴さんの悲劇はちょうど1年前ですが、法改正の恩恵で養育費を回収することができれば、夜の仕事を辞められるでしょう。

 なお、今回の法改正で開示請求の対象になったのは勤務先の情報だけではありません。金融資産の情報(新・民事執行法207条)や不動産の情報(同205条)も加わったのですが、参考までに少し紹介します。

 まず、金融資産ですが、裁判所が金融機関に元夫の金融資産(預貯金や株式、国債など)の存在について開示請求できるようになりました。実際のところ、元妻は元夫がどこの金融機関にお金を預けているのかを把握していないことが多く、金融機関名や支店名、口座番号は尚更です。もちろん、金融資産が存在すれば、そこから養育費を取り立てることができるでしょう。しかし、養育費の滞納者はほとんどの場合、お金に余裕はなく、むしろ窮している状況なので、開示が成功したとしても、いわゆる隠し財産を本当に持っているのかは甚だ疑問です。

 次に不動産ですが、金融資産と同様、実用的かどうかは疑問が残ります。具体的には、裁判所が登記所に対して、元夫が所有者の不動産が存在するかどうかの開示を請求します。もちろん、元夫が(住宅)ローンの残っていない不動産を有していればよいのですが、不動産から家賃収入を得ていたり、住居費なしの不動産に住んでいたりするほど金銭的に余裕があれば、養育費の支払いを止めたりしないでしょう。実際には、居住用の不動産に元夫が住んでおり、住宅ローンを返済している真っただ中なので不動産を原資に養育費を回収するのは難しいと予測されます。

 一方、元夫も自分の生活があるので働かないわけにはいきません。会社員にせよ公務員にせよ、収入を得ていれば、そこから養育費を取り立てるのが常とう手段です。あるかないか分からない金融資産や不動産ではなく、無職の場合を除き、ほぼ確実にあるであろう給与を回収するために勤務先の情報を手に入れることができる今回の法改正は、土俵際で踏ん張っている多くの人を救うことでしょう。

露木行政書士事務所代表 露木幸彦

新・民事執行法は多くの女性を救う?