航空会社がマイレージサービスの裾野を拡げています。いまや一般の日常生活に深く入り込んでいるサービスですが、もともとは広い消費者に向けたものではなく、「上級顧客の囲い込み」が目的でした。

「提携先争奪戦」の末に複雑化したマイレージサービス

2019年6月9日(日)にJAL日本航空)が「JALマイレージ王決定戦」の最終決戦を開催しました。搭乗距離に応じて旅客に付与されるポイント(マイル)で様々な特典が受けられるマイレージサービスの知識を競うというものですが、このような試みは業界でも初めてで、全国のクイズ好きや、マイル好きの人々が7000人以上も参加し、大変盛り上がったと報道されています。

JALのウェブサイトでクイズの例がいくつか公開されていますが、JALマイル取得に関するさまざまなルール、マイルの使い方、運用に関する問題から、仮想事例に基づいて航空機を利用したあとの残存マイル数を計算させる難題まで多岐にわたり、社員でもなかなか正答できないものまであったそうです。

言い換えれば、いまのマイレージの仕組みがそれだけ複雑にならざるを得ないということで、提携エアラインのマイルに関するルールは難しい要素をはらんでいます。単なるワールドアライアンスJALはワンワールド、ANAはスターアライアンス)を越えたマイル提携の枠組みが構築されているため、航空会社によってマイレージの適用が異なるケースも多いからです。

この背景には、ANA(全日空)、JALが提携エアラインを相手側から引きはがして、自社側につけてきたという近年の争奪バトルがあります。

たとえばANAは、2016年に110億円以上を投じて当時JALと提携していたスカイチーム所属のベトナム航空に出資、マイル提携とコードシェアを自社に転換させています。JAL2010(平成22)年の破綻後に戦略投資を禁じられた、いわゆる「8.10ペーパー」の効力が切れた2018年から積極的なパートナー提携を開始し、当時ANAと提携していたハワイアン航空(アライアンス未加盟)との包括提携に踏み出しました。その後、ANAはフィリピン航空(アライアンス未加盟)との資本提携、JALガルーダインドネシア航空(スカイチーム)との包括業務提携を結ぶなど、両社の「提携囲い込み戦略」はますますヒートアップしているのです。

これは、ANA、JALが競合する国際路線において、日本人旅客に対し自社便以降の乗り継ぎ需要を確保し、相手国側からインバウンド(訪日)旅客を集めることよって、市場で競争優位に立つことを目的とした両社の戦略といえます。争奪戦の対象となった提携エアラインが、相手国のフラッグキャリア(一国を代表する航空会社)であることからも明白でしょう。

サービス本来の目的は「上級顧客の囲い込み」

一方、利用者からすると、ANA、JALのコードシェア便に搭乗すればマイルの獲得や使用における混乱はないものの、コードシェアとならない以遠便(相手国からさらに別の国へ運航する便)や、相手エアラインの便(そのほうが運賃が安い場合が多い)を利用する場合には、マイルの獲得・使用ルールのみならず空港ラウンジの使用、手荷物許容量の緩和といったサービスレベルが異なったり、使えなかったりすることもあるため、エアラインごとに十分な事前確認が必要になります。こうした複雑なルールが、「マイル王決定戦」の難問クイズにも使われるわけです。

ところで、いまやANA、JALともマイレージ会員数は約3300万人とされ、多くの人がどちらか、もしくは両方のカードを持ちマイルを貯めています。なかには「陸(おか)マイラー」と称し、ポイントサイトなどをフル活用して、飛行機に乗らずとも年に10万マイル以上を稼いで海外旅行をゲットするような人もいますが、業界でFFP(Frequent Flyer Program)と呼ばれる、こうしたマイレージサービスは、単に「より多くの一般消費者を自社に引き寄せる」ことを目的としたものではありません。

「20%の高頻度・高価格旅客が80%の収益をもたらす」という「パレートの法則」(イタリア経済学者ヴィルフレド・パレートが提唱)にもとづいて、1981(昭和56)年にアメリカン航空が始めたFFPは、やがて世界に拡がります。日本でも、ANA、JALは「会社が支払うから上級クラスを使うビジネス族」や、高いサービスを自前で買える富裕層を自社に囲い込んで収益性を高めることを最大の目的として制度を整備してきました。「ダイヤモンド」会員など最上級のステイタスに対するおもてなしの中身が群を抜いて質が高いことがそれを物語っていますし、上級クラス席を持たない新規航空会社やLCCがFFPに投資をしないのも、また当然かつ合理的なのです。

他方、ANA、JALが年に数回だけの飛行機利用者に対して積極的に手を打たないかというと、ここ10年間で風向きに変化が見られます。それは日本における新規航空会社やLCCの登場とも関連しており、運賃の自由化が進むことで低運賃旅行の裾野が拡大、マイレージ会員数もここ15年間で3倍に増加するといった環境変化を踏まえ、両社は「ロングテール」戦略を考えざるを得なくなったものと思われます。

「たまにしか乗らない人」も無視できない存在に

「ロングテール」とは、アメリカのAmazon.comが生み出したといわれるビジネスモデル。売れ筋でないものでも商品数を格段に増やすことで、“塵も積もれば”方式でトータルの売上が人気商品を凌駕するようになる一方、販売コストはネット販売インフラの拡大で急速に低下するため、営業的に不効率なニッチ商品を販売しても十分な利益を生むことが可能になる、というマーケット構造の変化を指す概念でもあります。売上グラフにおける「恐竜のシッポ」(売上が低い商品群)がどんどん長くなり、面積が増えて収益に貢献するようになるのです。

これが、マイレージ会員の構造にも当てはまるわけです。航空市場においても低運賃が浸透し、たまにしか飛行機に乗らない人も旅行の機会が増加、つまり小頻度顧客が拡大し、マーケティングにおいて無視できない存在になってきたとも考えられます。

ただ航空ビジネスはアマゾンと違い、「販売できる座席数に限りがある」ため、ロングテールが延々と伸びることができない市場です。大手2社はなぜそこにマーケティング資源を投入するようになったのか、それにはふたつの背景があると筆者(武藤康史:航空ビジネスアドバイザー)は考えます。

ひとつは、ネットビジネスモデル化を進めることで旧態依然とした旅行代理店経由の航空券販売をやめ、手数料コストのかからない(少ない)ウェブ販売を通じた「自社販売化」に移行することです。全面的なウェブ販売への移行は、必然的にSNSとの連関、SEO(サーチエンジン最適化)対策を打つことになり、それがロングテールをカバーするマーケティングにつながります。

もうひとつは、「非航空一般ビジネスとのマイレージ提携」の推進です。この分野ではANA、JALとも顧客マーケティングとそれに付随するビジネス提携業務を別会社(ANA X株式会社、株式会社JALマイレージバンク)に分離し、航空ビジネスの枠を超えて事業提携を拡大しようとしています。そのひとつの柱は当然、FFPの原点である基幹優良旅客に対するロイヤルティマーケティングですが、それに加えてマイル提携による「実利と潜在顧客層の拡大」が大きな事業戦略になっているのです。

過熱する「空以外」の戦い マイルが日常生活に入り込む

ANA XやJALマイレージバンクのウェブサイトを見ると、「マイルを貯められる」提携先が無数に掲載されています。マイラーたちはANA、JALのサイトからネット販売サイトに入って商品を購入することで、エアラインのマイルと販売サイトのポイントを両方もらえる仕組みです。ここで消費者がマイルを獲得した場合のコストは、当然ながら販売者がエアラインに支払うわけで、ポータルサイト(楽天市場やアマゾン)の場合はサイト運営者がエアラインにコストを支払うことになります。

この場合、「ANA、JALがマイレージ顧客を売り場に連れてきてくれる」対価として販売側がエアラインに払うコストは、1マイルあたり3円から4円とされます。標準的なマイル付与レベルが「200円の購買に対して1マイル」だとすると、マイル購入のコストは商品価格の1.5%から2%ということになります。薄利多売業者には厳しい数字であり、エアラインにとっては積み重ねれば非常に大きな数字になってくるのです。

マイル販売コストは一律ではなく、相手との力関係によっても異なります。いちばん売買価格が低いのがエアラインどうしのマイル交換で、1マイル1円を切るといわれています。これは相互にマイルを付与し合う前提なので、相互付与分を相殺すれば片方の持ち出しが極端に大きくなることはなく、エアラインどうしで大きな金額のやり取りをする必要はないとの認識に基づくものでしょう。

またウェブ上における一般のマーケットプレイスで、もともと集客力のあるサイト(楽天市場やアマゾン)は、マイレージ会員がエアラインサイトから入ることで販売につなげるという「購入側の航空会社依存度」が、一般の商店よりも低いためレートが安いといった見方もされています。特にエアライン側が販売側に対し、競合相手と組まないなどの条件をつければ、さらにマイルコストは下がっていくでしょう。現実にエアラインサイトからポータルサイトに誘導している事例を見てみると、たとえばアマゾンJAL、楽天市場はANAとしか直接取引を行っていません。

こうなるとエアラインにとってのロングテールとは、座席を購入する小頻度旅客ではなく、日常的にエアラインサイトから入ってネット販売サイトで買い物をする一般消費者だといえます。そこには座席数(つまりテールの長さ)の制約が歯止めになってしまうことはなく、提携相手・業態を広げれば広げるほど、マイルは消費者の日常における生活行動に入り込み、エアラインに新たな収益を生み出します。まさに「非航空ビジネス」といえるのです。

今後は「マイルでどんどん飛行機に乗って」?

しかしエアラインにとって「マイルを売る」ビジネスに問題がないわけではありません。それは、付与されたマイルが最終的に消化、消費されることで、エアラインの費用増につながっていくからです。

現在の会計処理の手法は各社からつまびらかにされていませんが、基本的にマイルの消化は自社便の空席利用となり、エアラインに特段の変動費が発生しないことからスタートしているため、航空券以外の商品との交換にかかる仕入れ原価や提携会社サービス利用時のコストのみを各社の設定する比率で(会計士了承のうえで)引き当てるのが通常の方法と見られています。

しかしながら、2021年4月には国際財務報告基準(IFRS)が定める収益認識基準が日本の全業界に対して強制適用されることになっています。その基準では、売上を商品売上と販売にかかる費用(マイルやポイントが将来もたらす売上減)に分離し、会計上純粋な商品売上しか計上できません。つまり10万円の航空券を販売し、それに1万円相当のマイルを付与した場合、決算期内にマイルが消費されなければ9万円の売上しか計上できなくなるのです。そして利用者がマイルを使って無償航空券で搭乗するなどした時点で、やっと残り1万円の売上が計上されます。

航空会社にすれば、収益認識基準の適用でキャッシュフローが変わるわけではないので、これがただちに事業経営へ悪影響を及ぼすことはないと思われますが、制度変更の端境期では財務指標の見方(比較分析)が複雑になりますし、何よりきちんと売り上げた金額を全て収益計上するためには、マイルの消化を加速させることが必要になってきます。その意味では、2019年5月にANAのホノルル線へ、従来機よりも座席数を大幅に増やしたエアバスの超大型機A380がマイル消化促進の意味も持たせながら投入されたといわれるのは、時宜にかなった措置なのかもしれません。従来、ANA全体でマイル特典による航空券の席が取りづらいといわれていました。

しかしホノルル線だけでマイルが消化されるわけではありませんから、幅広くマイル消化を推進する必要が出てくると思われ、ここ数年ANAがとってきた需給調整戦略(減価償却の終わった航空機を余分に保有しておきオフピーク期に小型機を飛ばすことで利用率を上げると同時に、座席が取りにくい環境を保つことで運賃を高めに維持して収益性を高める)が見直しを余儀無くされることも考えられます。利用者にとっては歓迎ですが、エアラインの事業戦略にマイル制度の変更が、今後さらに何らかの変化をもたらす可能性があります。

ANA、JALともマイレージサービスの提携先を広げている(2016年3月、恵 知仁撮影)。