平成の御代で決着をつけてほしかったが、残念ながら令和に持ち越されたのが眞子内親王のご結婚である。

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 畏れ多いこととして、多くの人は語らないが、問題の本質は国民が敬仰できる皇室の尊厳が保たれるか否かである。

 かつては皇室の藩屏となる華族・貴族などの身分制度があった。敗戦後は皇室・皇族と一般国民の区別しかなくなり、宮家の多くも解散させられ、皇族方も少なく結婚の相手を探すのに難渋する状況に至っている。

 そうした中で起きたのが、眞子殿下の婚約延期問題である。

恋は盲目では済まされない

 皇室・皇族の私生活を垣間見たこともない筆者には想像もつかないが、いまは皇嗣となられた秋篠宮家では内親王たちの結婚は「両性の同意」だけでは奨められないということが内々にも教えられなかったのであろう。

 両親や周りから自分たちだけの思いだけではいけないのだということを説諭されていたならば、両親や周りからの忠告を思い出し、眞子内親王の行動も妹殿下の「姉の決意支持」発言もなかったに違いないからである。

 激務の傍らの手ずからの子育てでは、婚姻に関わるところまで気配りできなかったのかもしれない。戦前に在った近くの他人が若い皇族方を導く制度などが必要なのかもしれない。

 一般庶民の立場からは思いもつかなかったが、現在の天皇陛下皇太子殿下は戦前(内大臣等あり)に比べると相談相手となる人(侍従長など)が少ないそうで、ましてや秋篠宮家には皇嗣(現在は皇嗣侍従長)になられるまで然るべき相談職の人はなかったそうである(村上政俊氏「『恋愛』でいいのか 皇族の結婚」〈『新潮45』2018.4所収〉や八幡和郎氏「特集 おそれながら秋篠宮殿下に申しあげます なぜ婚約延期問題は起きたか」〈『正論』平成31年2月号所収〉など参照、以下同)。

 従って、NHK平成29年5月に眞子さまの婚約をスクープして以降、9月3日の婚約会見が行われるまでは誰一人として小室氏やその家系がいかなるものか知らないままであった。

 会見後の祝賀ムードが高まる中でも、小室家は依然として謎に包まれていたのである。

 3か月半後の12月26日号「週刊女性」が「小室圭氏の母の借金トラブル」をスクープして初めて問題が発覚する。

 その後は「週刊新潮」「週刊文春」が競うように小室家の内実(父親・祖父母の自殺や母親の霊媒師との関わりなど)を暴き、「納采の儀」(平成30年3月4日)も迫った2月7日の各紙が、結婚延期の宮内庁発表を報道したのである。

 皇室の弥栄と安泰は、国民が敬仰し信頼する高貴性(それこそが万世一系とされる男系天皇でつないできた貴種)、さらには民間人に嫁がれて平民となられても世間の尊敬を受けられることによって保持されている。

 このためには、平民女性が皇室に入る場合と同様に、皇族女性、中でも内親王殿下が民間人に嫁がれて平民になられる場合も品位を保ち、内外において皇室をお助けする立場を必要となる。

 そのためには相手にも相応の品位が求められるが、「現時点の資産と本人の収入見通しからいって、未来の天皇の姉夫婦としての体面を維持できる生活が成り立ちそうもない」(八幡氏)。

 皇族に在っては、「恋は盲目」では済まされないのだ。

宮家にはそれなりの品格が必要

 われわれは皇族の婚礼をいくつも思い出すことができる。昭和天皇の皇女は東久邇、鷹司、池田、島津家へ嫁がれ、三笠宮家は近衛、裏千家の男性と結婚された。

 上皇后となられた美智子さまは正田英三郎氏(当時日清製粉社長)の長女であった。

 正田家は華族ではないが、公家名門の徳大寺家(公爵)から養子を迎えている住友家(男爵)と昭和電工の安西家を通じて繋がっていた。

 また、上皇の皇女清子(さやこ)内親王は東京都庁職員であった黒田慶樹氏に嫁がれた。

 黒田家は九州日向の大名だった秋月家(子爵)や明治に活躍した薩摩閥の税所家(子爵)と縁続きである。

 このように、上皇后と黒田氏は「旧華族との縁戚関係から華族の周縁者というべきで、完全なる平民とは一線を画している」(村上氏)。

 また、雅子皇后は国際法学者で外務次官や国連大使を務めた外交官の息女であり、皇嗣妃紀子さまは学習院大学教授の息女である。

 しかも、上皇、今上天皇、秋篠宮皇嗣、黒田清子さまらの婚約に至るまでは、皇室に関わる信頼のおける人物がいて、身元調査なども踏まえてお膳立てをしたのである。

 ひろく知られているのは、上皇陛下と美智子上皇后の軽井沢テニスコートでの出会いであろう。

 偶然の出会いではなく、東宮御教育常時参与として帝王教育に力を注いでいた小泉信三氏らの計らいであったとされる。

 それに対して、小室氏と眞子内親王の場合は全く異なる。

 小室氏がICU国際基督教大学)の同学年に「眞子さまがいると聞き、喜んで近づいた」うえに、「学生の立場で結婚を迫っていた」(竹田恒泰「小室さん、男らしく手を引きなさい」、『WiLL2019年4月号所収)というではないか。

 竹田氏は、「皇室の女性は、同世代の女性と比べて恋愛経験が豊富とは思えません。『男に口説かれる』という経験も、ほとんどおありでないでしょう」という。

 そうした中で、眞子さまに近づき、「仕事仲間との飲み会に連れて行ったことがあると言われ」ており、「宮さまを〝アクセサリー″のように見て近づいたとすれば、何と畏れ多いことか」と慨嘆する。

 これまでの皇室・皇族の結婚では出自を確認したうえで婚約へ進んでいたが、小室氏の場合は「身辺調査が必要などこの馬の骨ともわからない者」(村上氏)である。

 それが、何の疑問も持たれずに婚約(内定)会見まで開かれたのだ。

 国民にとっては咄嗟のことで、取りあえずは目出度いこととして喝采したが、数々の問題が発覚したのである。

 国民の多くは宮内庁などが婚約者の下調べをし、皇嗣両殿下もご承知のことと早合点したが、実体は週刊誌が暴いた通りのスキャンダル塗れに茫然自失の体なのである。

皇族女子も皇室典範に準じた婚姻が必要では

 憲法23条は「両性の合意のみ」で婚姻が成立するとしている。

 皇室典範第10条も皇族男子の結婚は皇室会議の議決が必要とされているが、皇族女子の結婚については記されていない。

 しかし、眞子さまが庶民の享受する多くの権利や自由などを制約され、また皇室を離れられるに当っては高額の一時金(約1億6000万円)が支給されるのは、「皇族であった者としての品位保持の資にあてるため」(皇室経済法第6条)であり、「2人の合意」だけでは婚姻が必ずしも成立しないということである。

 しかし、婚約内定に至るまでの経緯からは「2人の考え」だけで進んできたようだし、小室氏自身の今日の状況や同家系からは然るべき品位が求められる状況にはなさそうである。

 また、平民になられても、内外行事に皇室の名代や役職上のご任務として活躍が期待されており、品位が大切であることはいうまでもない。

 天皇から3世以遠の女王ばかりか、内親王の結婚に関してさえ皇室典範に規定がないのは驚きであるが、今回の眞子さまの問題はこうしたところに生じたのだ。

 戦前の旧典範では皇族の結婚には男女ともに勅許が必要であったが、マッカーサー(この根底には米国がある)による日本解体の一環として、皇室の尊厳の低下と弱体化を図った結果と言えよう。

 日本の国家としての品格、皇室の尊厳を考えるうえからも、内親王に関しては皇族男子に準じて何らかの取り極めが必要ではないだろうか。

 知人の家庭で、道ならぬ恋に走った息子が勘当された。

 かつては少しでも由緒ある家系では勘当や破門などはしばしばあったようである。一般家庭でも品位などを重視するあまり、これほど厳しいところもあったのだ。

 ましてや眞子内親王は一般家庭の子女などではない。竹田氏は小室氏のみを批判するが、眞子さまが自分だけの意思で行動されたことにも大きな問題があるのではないだろうか。

 姉内親王の悩みに同情される妹殿下の佳子様までもが、姉の決心に賛成されていることからは、結婚は「2人だけの決意」でいいという意識でしかないようだ。

 これでは内親王殿下というよりも一般庶民の女子大学生という以外にない。

 皇嗣となられ、また後日の天皇になられる悠仁親王殿下を擁される秋篠宮殿下と妃殿下の苦慮はいかばかりであろうか。慮る由もない。

願わくは:皇室の弥栄と日本のために

 日本国民の願いは皇室の弥栄と日本国の安泰である。

 それを可能ならしめる至近距離におられるのはほかでもなく皇嗣家の2人の内親王殿下であり、そのご結婚の相手次第ということである。

 悠仁親王殿下がおいでになるとはいえ、いま日本が国を挙げて心配していることは皇統の断絶である。

 万一、眞子内親王が一意発心され、弟親王殿下の行く末をも熟慮されて、皇統断絶の危機に楔を打ち込む決意をされるならば、国民一同がこぞって賛仰し、国家を浮揚させる一大慶事となるに違いない。

 悠仁親王のご結婚はまだ10年以上先のことであろうが、今の段階で可能な限り、断絶の危機と皇嗣両殿下のご心労を軽減することは、第一義的には皇嗣家自身で最大限の努力をされるべきことではないだろうか。

 126代の皇統を男系天皇で繋いできた歴史から見て、女系天皇はあり得ない。

 一方で宮家が敗戦で平民になられて久しい。そこで旧皇族の宮家復帰もささやかれるが、時代が経過したこともあり、自ら進んで手を挙げる人も少ないようである。

 しかし、かつての宮家の意識はお持ちのようで、「お声がかかればお断りはできないという意識は醸成されている」(八幡氏)とのことである。

 貴種には貴種の会が当たるのが最適だ。常磐会のような皇族や宮家の集まりもあると聞く。

 ここはそうした人の出番で、眞子内親王の心を慰めつつ、明日への展望を開いてもらう大役を果たすにはうってつけであろう。天皇家の流れをくむ男子で眞子内親王に相応しい人物を探し出すことである。

 運よく男子に恵まれた暁には、男性宮家復活の道も明るくなるのではないだろうか。

 畏れ多いことであるが、国民の一人として切に希望することは、眞子さまには皇室の存続と弥栄のための一大決心をしてもらいたいと願わずにはおれない。

 セクハラであり、尊厳を傷つけるとの批判もあるであろうが、平民と異なる皇族の宿命である。1億人超の心配事も、貴人一人の決断には敵わないのである。

 日本が移民をどんどん受け入れるようになると、天皇の地位を左右する「国民の総意」にも変化が予想される。

 万世一系を不動のものとするためにも、時間的余裕が若干なりとあるいまこそ天皇家や皇族方がまずは藩屏を固める努力をされなければならないであろう。

 西尾幹二・岩田温氏対談「皇室の神格と民族の歴史」(『WiLL2019年4月号所収)によると、ダグラスマレーは『西洋の自死』で、人種や信教の自由などの普遍的価値観さえ移民とは共有されないという。

 ましてや天皇を巡る価値観は世界の中では特殊なもので移民と共有することは極めて困難になろうという。

 すなわち「将来、移民政策によって天皇の存在を象徴と思えない国民が増加したとき、日本が日本でなくなる可能性があるわけです」と岩田氏が語ると、西尾氏は「日本は天皇家が現存するという神話の国です。・・・だからそれを守らなくてはなりません」と応じている。

 日本を日本たらしめる、その核が天皇の存在であることはいうまでもない。

 悠長にしておれる時ではない。直近の結婚からその礎を築いていかなければ、誰が築けるというのだろうか。

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