(花園 祐:中国在住ジャーナリスト)

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 中国は近年、半導体など戦略物資の国産化に力を入れていますが、米中貿易摩擦の激化によってますますその流れが加速しそうです。あまり経済ニュースとしては取り上げられませんが、中国がやはり国産化に力を入れ最近活発になっている市場があります。それはアイドル市場です。

 これまで中国のアイドルは日韓からの輸入一辺倒でしたが、近年、中国でもオーディション番組などから国産の人気アイドルグループが輩出されるようになってきました。さまざまな人気グループが登場し、アイドル市場は拡大の一途をたどっています。

 ただし、育成ノウハウや収益モデルがいまだ確立されないなど課題も多く見られます。そこで今回は、急成長し始めた中国アイドル市場の現状、将来性、課題などについて見ていきたいと思います。

日韓からの「輸入」一辺倒だったが・・・

 近年の高度経済成長によって以前と比べると大分風通しの良くなった中国ですが、ほんの少し前までは、今の北朝鮮と遜色ないほどお固く、厳しい社会環境でした。そんな時代において中国にアイドルなどという職業は事実上存在せず、もっぱら海外からの「輸入」に依存していました。

 具体的には、1990年代は香港や台湾出身のアイドルが、2000年代からは日本や韓国出身のアイドルが支持を得ました。現在も日本と韓国のアイドルは非常に高い人気があり、中国アイドル業界においてもメインストリームとして位置づけられています。

 しかし近年、こうした流れに一石を投じるかのように、中国国内からもアイドルを発掘、育成しようとする動きが盛んとなってきました。

国産アイドルの先駆けとなった「TFBOYS」

 中国のアイドル国産化の歴史において、その嚆矢(こうし)となったのは間違いなく「TFBOYS」でしょう。

 TFBOYSは中国の芸能事務所によって2013年に結成された男性、というよりは少年3人組のアイドルトリオです。結成時のメンバーの年齢は12~13歳と幼かったのですが、結成から約6年経過した現在に至るまで第一線で活躍し続けており、中国における国産アイドルの第一号とみられています。

 筆者の周りで一番アイドルに詳しそうな中国人OLにTFBOYSについて聞いたところ、「デビュー当初は歌もダンスも話にならない、ただの素人だった」そうで、ファン層も当初は同年代のティーンエージャーが中心でした。しかし年齢を重ねるにつれて徐々にパフォーマンスやトークの実力を高めていき、それに合わせて成人世代にもファンを広げ、現在のトップアイドルとしての地位を築いたとのことです。

 TFBOYSの成功を見て、他の中国の芸能事務所もこぞって国内でのアイドルの発掘、育成に力を入れるようになりました。特に参考にされた点としては、「パフォーマンスの未熟な段階から露出させる」という売り出し方です。日韓アイドル業界ではおなじみの「研修生モデル」です。アイドルの成長をファンが見守り、共有するという手法が中国にも導入されたというわけです。

オーディション番組が大ヒット

 中国で国産アイドルへの注目が高まっていた2018年初頭、前述のコンセプトに基づき、「偶像練習生」と「創造101」という2つのアイドルオーディション番組が相次いで始まりました。どちらも韓国のオーディション番組のパクリと言われていますが、視聴回数が数カ月で数十億回を超えるなど大変な人気番組となりました。

「偶像練習生」は男性アイドル、「創造101」は女性アイドルの発掘・育成を対象としたオーディション番組です。それぞれ約100名からなるアイドルの卵たちのレッスン風景や実演を放映し、視聴者投票によって、徐々にメンバーを選抜していくという内容です。業界内の著名プロデューサーが演出や楽曲提供を手がけており、ステージも非常に凝った設計となっていました。

 両番組ともに放映開始当初より大きな注目を集め、そのあまりの人気ぶりから、放映された2018年を「中国アイドル元年」と呼ぶ声も聞かれます。

 また最終的に選抜されたメンバーによって、「偶像練習生」からは「NINE PERCENT」、「創造101」からは「Rocket Girls」(火箭少女101)というグループが結成され、どちらも現在トップクラスの人気を得ています(ちなみに「火箭少女101」の中で筆者のイチ推しは傅菁というメンバーです)。

弱点は「親しみやすさ」の欠如

 中国の国産アイドルの特徴は何でしょうか。まず言えることは、素材が非常にハイスペックです。

 男性アイドルならば180センチ超の高身長イケメンは珍しくなく、女性アイドルも高身長、スリム、美形の三拍子が揃っているアイドルが数多くいます。世界最大の人口を有する国だけに、恵まれた素材がごろごろしていることが窺えます。

 ただ、素材に優れる一方、日韓アイドルと比べた場合、中国アイドルに致命的なまでに欠けていると思われる要素があります。それは「垢ぬけなさ」「親しみやすさ」です。

 近年は中国でもバラエティ番組が増え、会話の流れに応じたトーク力やリアクションがアイドルにも問われるようになってきています。しかし中国のアイドルは真面目すぎるのか、全体的にリアクションやトークがやや固い印象を受けます。ボケないし、バカなことはやらないし、自虐ネタももちろんありません。

 この特徴は、男性アイドルであればクール路線とすることで大きな問題にはならないかもしれません。しかし、女性アイドルにとって垢ぬけない感じや親しみやすさの欠如は大きなハンデと言わざるを得ません。

 日韓の女性アイドルは、おそらく計算の上だと思いますが、テレビで珍回答や天然ボケを連発します。ところが中国の女性アイドルはプライドが高いためか、そうした反応をあまり見せません。もしも将来海外展開を行うことになった場合、日韓市場ではその点が大きな障害となることでしょう。

まだまだ不安定なビジネスモデル

 中国アイドル市場の課題としては、育成体制の不十分さ、そして収益手段の少なさも指摘されています。

 パフォーマンスが未熟な段階から露出させる「研修生モデル」は定着しつつありますが、実際のパフォーマンスを向上させるレッスン環境など育成体制が中国ではまだ確立されていないという指摘があります。そのため一部の中国芸能事務所は、提携先事務所のある韓国へ所属タレントを派遣し、アウトソーシングのような形で研修を受けさせています。

 ビジネスモデルも日韓より遅れをとっています。現在の中国アイドル業界の収益はほぼ音楽活動から得ており、ドラマや映画といった派生映像分野からの収益は日韓市場よりも、まだまだ低い状態です。近年はバラエティ番組の出演料収入が拡大しているようですが、今後は海外展開を含め派生分野での収益確保が重要となってくるでしょう。

売れたらすぐに独立、契約トラブルも

 このほか中国アイドル市場の特徴として挙げられるのは、アイドルが売れるとすぐに事務所からの独立に動いたり、ギャラの取り分を巡ってグループ内で争ったりするといった契約トラブルが少なくないことです。芸能事務所に資本や育成ノウハウがなかなか蓄積されないのは、アイドルが売れるそばからすぐに独立してしまうから、という要因もあるようです。

 その一方、中国では近年のアイドル市場の盛り上がりを受けて、芸能事務所が急増しています。現時点では芸能事務所の大半は赤字状態にあり、市場はやや乱立気味とされていますが、中国が国産アイドルを量産し始めた点は東アジア芸能市場にとって大きな動きと言えるでしょう。

 今後、中国出身アイドルの活動が中国国内市場にとどまるのか、日韓を含む海外市場にも広がるか、大いに注目したいところです。

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