(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 韓国外交部は、かねてより日本側が「元徴用工問題」について仲裁委員会の開催に応じるよう要求してきたが、これには一切応じず、その回答期限が切れた翌6月19日、「元徴用工」訴訟で賠償支払いの判決を受けた日本企業が韓国企業とともに資金を拠出し、被害者に慰謝料相当額を支給すれば二国間協議に応じる、との「被害者支援案」を提示した。もちろん、日本政府は直ちにこの提案を拒否した。

 さらに文在寅大統領は、6月28~29日に大阪で開催されるG20後に行なわれるトランプ大統領の訪韓に先立ち、習近平中国国家主席の韓国訪問と、南北首脳会談の開催を模索していた。しかし20~21日に習近平国家主席が北朝鮮を訪問することが決まったことで、文在寅大統領だけが蚊帳の外に置かれる形になった。

 いずれも、文在寅政権の外交上の大きな失点になる。

もはやどの国からも信頼されていない

 外交というのは相手のあることである。相手の立場や要望に配慮しながら組み立てていかなければならない。ところが文大統領は、相手の意向はまるで無視し、自分だけの都合で外交を進めようとする傾向が強い。

 それだけではない。現実を無視した「二枚舌外交」を米国や北朝鮮に対して展開したこと。自国の国益は顧みず、自分自身の個人的主義主張のみを追求しようとする傾向。自らの過ちを決して認めず謝罪しようとしない頑迷さ。彼の独善的考えに沿わない対応が求められると、逃げ回って対応をせず、なんとかして自己の主張をごり押ししようとする身勝手な態度――。言ってみれば、精緻な戦略や確かな情勢分析に基づかずに、自分の夢想する展開に結びつけようと、行き当たりばったりの外交政策を繰り返しているのだ。

 そんな文在寅大統領に対し、もはやどの国も信頼を置かず、協力していこうという気にもさせていない。そこが文在寅外交の致命的な欠陥になっている。

日韓関係を顧みない文大統領

 日本側の仲裁委員会開催要求に対する韓国側の対応は、文字通り「何もしないこと」であった。日本側から、「元徴用工」問題に関しては、韓国側にてきちんと対応して欲しいと要求していたにもかかわらず、昨年の大法院判決から8カ月間、「慎重に検討する」と言い続け、何らの対応も取らずにいた。そして出してきたのが、言い古された基金案に近いものである。韓国の専門家らが今年初め、「両国企業の拠出金」案を出したとき、韓国の大統領府は「非常識な発想」だとして無視し、日本政府も否定的な反応を示して来たものである。

 それを今回、再び持ち出してきたのは、(1)文在寅大統領安倍総理との首脳会談をG20で開催するため、韓国として解決案を示す必要があった、(2)日韓関係を史上最悪の事態に陥らせたまま、何もしない文在寅政府に対し韓国国内からも批判が高まってきた、(3)日韓関係悪化の責任を韓国から日本側にすり替えようとした、など様々な要因が考えられる。

 日本の外務省は、韓国から提案を受けてからわずか1時間ほどで「韓国側の提案で状況を是正することは出来ない」として、これを受け入れられないことを表明した。このやり取りを見て、韓国国内では「韓国政府は日本が受け入れないことを分かっていながら、批判や責任を避けようとして提案したのではないか」との批判が沸騰した。もっともな指摘だろう。

「元徴用工」の問題では妥協はできない

 そもそも「元徴用工」は解決済みの問題だ。それを日本側が妥協して、日本企業が拠出金を出すようなことをすれば、「元徴用工」の問題を再びオープンにすることになる。日本はいかなる形でも妥協してはならない。

 韓国は、過去に「こちらが強く出れば日本は妥協する」という事態を見てきたので、今回もごり押しして日本に妥協させようとしている。

 しかし、時代は変わったし、日韓関係も変わった。日本人の対韓感情は史上最悪のレベルになっており、かつてのように「日本は韓国を併合したのだから、韓国に優しくしなければならない」との理屈は日本でも通じなくなっている。

 それ以上に「元徴用工」問題で妥協することは、国交正常化からこれまでの間に両国政府が積み上げて来て日韓関係を根底から覆すことにつながるので、他の問題とは性格が大きく異なっている。だからだろう。2012年、韓国の大法院が「元徴用工の個人請求権は残っている」との判断を示した時、当時の朴槿恵大統領も「恥ずかしい判決」と考えていたそうである。

内政、経済、外交とも失敗のパターンは同じ

 いずれにせよ文在寅政権は、「元徴用工」が日韓関係にいかなる影響を与えるかという情勢分析をしていない。いや、むしろそれを避けているのだろう。そもそも、文在寅大統領は就任当初、歴史問題には言及しつつも、「日韓関係を未来志向で」と言っていたが、全くの言行不一致、二枚舌である。

 現在、経済状況が混迷を極めつつある韓国にとって、日韓の経済関係はいっそう重要になっている。韓国財界からは、しきりに「日韓関係改善」を求める声が上がっている。そうした声に耳を貸そうとしない文政権は、果たして自国の国益をどう考えているだろうか。文政権は、おそらく「元徴用工」問題を持ち出した時には、日本がこれほど強硬に反発するとは予想していなかったのだろう。それでも、徴用工問題で日韓関係が過去に例を見ないほど悪化していても、その読み違いに対する反省は全く見られず、「司法の判断は尊重しなければならない」と相変わらず逃げ回っているだけ。

 こうして見てみると、「元徴用工」の問題の拗れ具合は、文在大統領の間違った政策姿勢をあらゆる角度からも反映したもと言える。ただこの政治姿勢は、日韓関係ばかりでなく内政、経済政策、外交一般の全ての分野で見られるものだけに、その無定見、無反省ぶりは改まることはないであろう。

G20で安倍総理との会談のない唯一の首脳

 いよいよ6月28日から、大阪でG20首脳会合が開催されるが、大阪のG20において安倍総理と公式な会談をしない主要国の首脳は、文大統領だけになりそうである。

 本来、二国間の間に何らかの懸案があれば、両国首脳同士で会談すべきである。相互訪問となれば成果を上げることが求められハードルが高くなるが、国際会議の場は比較的気軽に会える良い機会である。それにも関わらず、会談が設定されないとなれば、文政権の今後3年間の日韓関係には極めて悲観的にならざるを得ない。

 今回、日本側が首脳会談の実施を見送るのはやむを得ない、と考える。なぜなら、第一に、首脳会談を行うこと自体が、今の文在寅政権が置かれた状況を踏まえれば、文政権に一息つかせることになる。文政権の日本に対する対応はとても受け入れられるものではない。そのことを日本政府は、言葉ではなく行動で示す必要があるからだ。

 第二に、仮に会談を行ったとしても、今の文政権の対日認識では成果を期待できない。文政権が国益を考慮した外交を行っているのであれば、日本の国益とどこかで調整できる余地はあるだろうが、「日本は謙虚になれ」、「日本は徴用工問題などを政治利用している」などとの場違いな批判を繰り返している限り、それは無理だ。

 ただ、トランプ大統領が「日米韓の共助態勢のため、日本も韓国との関係改善を考えてほしい」と要請してくれば、会談自体は行われるかもしれない。それでも、トランプ大統領の意向がどうあれ、韓国が態度を改めない限り日韓の関係改善はないだろう。

地に落ちた文在寅氏の影響力

 これまでの韓国外交の唯一のテーマは朝鮮半島問題と言って過言ではない。国連の場においても韓国が関心のあるのは北朝鮮との関係であり、G20の場においても北朝鮮問題で主導権を握ろうとして、G20前の南北首脳会談、習近平主席の訪韓をそれぞれ要請していた。

 反面、文大統領が国際的な信用を失ったのも、北朝鮮が原因だ。ベトナムにおける米朝首脳会談の前、米朝双方に誤った情報を伝えてまで、両国間の合意を促そうとした。しかし会談が物別れに終わり、米朝両国に「文在寅氏に欺かれた」との思いが芽生えた。いわゆる二枚舌外交だ。

 ベトナムでの物別れ以降も、北朝鮮の非核化意思についての見方を変えずにいる非現実的思考。さらに北朝鮮との軍事合意で38度線沿いの偵察飛行を中止するなど、韓国の安保能力を削ぐ、明らかな国益に反する行動。北朝鮮による瀬取りに韓国が関与していることをひた隠しにし、自らも制裁違反をしているとの疑いを招く行動は、国際社会の求める北朝鮮の非核化という利益を阻害する。ベトナム北朝鮮の非核化意思がないことが判明した後も、過ちを認めない。

 このように、北朝鮮問題を巡って国際社会の意向からかけ離れた対応をとる文在寅氏の役割を認める雰囲気は国際社会にはない。米朝首脳会談が始まった際には急上昇した文大統領の国際的影響力はもはや地に落ちたと言えるだろう。北朝鮮も中国も文大統領の要請をするスルーするのは、文在寅氏の影響力が低下したことと無関係ではない。

大誤算だった習近平国家主席の訪朝

 習近平主席の訪朝に関し、韓国の大統領府は「非核化の対話に役立つだろう」、「良い兆しだ」と歓迎してみせた。しかし、その言葉とは裏腹に、心底困り果てているはずだ。文大統領は、「金正恩委員長といつでも会う準備ができている」と言っていたが、習近平主席の訪朝で、トランプ大統領訪韓前の南北首脳会談は事実上不可能になった。文大統領にしてみれば、金正恩と事前に会ってから、その会談内容を踏まえてトランプ大統領に働きかけをしたかったはずだ。しかし、韓国政府が果たそうとした役割は、習近平氏がかっさらっていってしまった。南北会談ばかりでない。韓国政府が熱望していた習近平主席の訪韓もなくなった。

 トランプ大統領の訪韓を機に米朝の仲介外交を復活させようとの目論見も、習近平氏を巻き込んでトランプ大統領金正恩氏との3回目の会談を実現しようとの胸算用も、いずれも水の泡となった。かくして韓国は、朝鮮半島を巡る外交でも主導権を完全に失ってしまった。

中朝首脳会談

 文在寅大統領が訪韓を熱望していた習近平主席は、6月21~22日に北朝鮮を訪問し、最大限の歓待を受けた。中朝の連帯を称えるマスゲームには25万人もの人々が動員されたとも言われるし、オープンカーパレードも習・金の連帯を内外に印象付けた。

 首脳会談において、金正恩氏は、「北朝鮮は多くの措置をとってきたが、関係国の良い反応は得られていない」として、米国に対する不満を述べた。他方で「忍耐心を持つ」とも述べ、米国の譲歩を期待する姿勢も示した。これに対し、習主席は「国際情勢にどのような変化があっても中国は北朝鮮の取り組みを支持する」と述べ、中朝が一帯となって、米国の変化を促す姿勢を示した。

 しかし、中国が北朝鮮の期待するように米国を説得して制裁の解除に向けて協力するかは疑問もある。米中ともに、最大の関心は貿易問題である。北朝鮮問題はあくまでも様々な問題の中の一つのイシューに過ぎない。習近平氏が北朝鮮問題を米中間の貿易問題の取引材料としたいのなら、北朝鮮から非核化について相当の言質をとる必要がある。中国も北朝鮮の核開発には反対であるから、それなりの説得はしているのだろうが、今回の訪朝で、米国が呑めるほどの譲歩を勝ち取ったかはもう少し状況の推移を見なければならない。習近平氏が万難を排して、今の北朝鮮の立場の受け入れをトランプ氏に働きかけるだろうか。

 ただ、言えることは米朝の仲介役が韓国から中国に変わったということである。文在寅氏が仲介役を取り戻すためには米国との関係を改善し、米国の信頼を取り戻す必要があるが、今の文在寅氏の立ち位置からは困難であろう。

日韓関係を破壊した文在寅政権

 このように文在寅大統領の志向性と言動を見てみれば、文政権の下では日韓関係の改善は望めそうもないのがよく分かる。大統領の任期はあと3年ある。今後3年間文政権が続くとすれば、日韓関係には壊滅的な打撃となるだろう。

 しかし、日韓関係は浮沈みの激しい関係である。大統領が交代し、それまでの大統領と違った対日認識の政権になれば、日韓関係が劇的に改善する可能性もある。

 それゆえ、かねてから私は、文政権への対応と日韓関係健全化の取り組み方とは分けて考える必要がある、と主張しているのだ。文在寅大統領の言動を厳しく批判しても、韓国国民に対して同じような態度で臨むのは良くない。

 他方、韓国の内政、経済、外交がいったん壊滅的な打撃を受けてしまったら、これを原状回復させるのは容易ではない。責任は、最終的には文大統領を選んだ韓国国民にあるわけだが、その時の選挙は「朴槿恵けしからん」のムードに世論が盛り上がっていた時に行われたもので、「反・朴槿恵」の意思表示として文在寅氏を支持した人にとっては気の毒な状況となっている。

 ただ、韓国の社会を長年見てきて、国民感情が高まると、つい前後を忘れ、誤った行動を取る場面に何度も遭遇してきた。日韓間関係においても、同様のことが言えるだろう。

 文大統領の外交姿勢が改まることはないだろう。だからこそ、韓国国民には、もう少し冷静になって自分たちの将来を考えたうえで、政治的な決断を下してほしい。大きく傷ついた日韓関係の修復は、そこからスタートすることになるだろう。

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