◆トルコ入国拒否を理由に、パスポート発給されず

 シリアで武装組織に拘束され、昨年10月末に3年半ぶりに帰国したジャーナリストの安田純平氏は、パスポートを申請したものの発給されないままになっているという。

「シリアで没収されたので今年1月に発給申請したのですが、審査中と言われたまま発給されていません。外務省によると、昨年帰国する際にトルコから強制退去・入国拒否にされていたので、渡航先が入国拒否している場合は旅券を発給しないか制限できる、という旅券法13条1項1号に該当の可能性があると。申告した渡航先にトルコは入れていないのですが、世界中どこにも行けない状態です」

 安田さんによると今年1月の申請の時点で、通常は必要がない渡航先や日程・目的の記載を求められ、3月までに『インド、欧州、カナダに家族旅行に行く』と書いて提出した。その後、日程が過ぎた4月に外務省から呼び出され、新たな申請を求められたという。

「3月が過ぎても旅券が出ないので、何も予定はありませんでした。しかし、外務省に呼び出されて『渡航計画をいま出してほしい』というので、その場でインドや欧州への家族旅行の計画を立てて申請しました。

 しかし、インド渡航の日程が過ぎても連絡なく、問い合わせても『審査中』というだけでした。航空便の便名や離発着の時間、空港名までその場で調べて書かせておきながら、インドや欧州でも審査が続いているというのは、『日本政府は私を外国に行かせたくないのだ』と思わざるを得ません」

◆紛争地取材自体を「犯罪行為」とみなすに等しい

 安田氏はトルコからシリアに密入国した後に拘束されたので「渡航先にトルコが入っていなくても、どこかの国を経由してトルコに密入国するかもしれない」と指摘する人もいる。

「特に内戦が起きているような場所では、取材のため密入国して現場に入るのは珍しくありません。私は2012年にシリア内戦を取材しましたが、反政府側地域にいた外国人記者は全員、密入国でした。空爆被害者は病院に行くと拘束されてしまうので、レバノンやトルコ、ヨルダンに密出国して入院していました。当時、正規の出入国管理所はすべてシリア政府が掌握していたので、現地人も外国の記者もそれ以外に方法がありませんでした。

 現場では、ヘリと戦車が市街地を攻撃し、民間人が多数殺されていた。明らかに政府軍によるものです。陰謀論やデマが無数にSNSに流れる現代こそ、第三者による現場の取材が必要なのです」

 シリアのような内戦状態なら、反政府側の地域に密入国して滞在していても、そのことによる問題は現地では起きない。一方、トルコはそうした内戦状況にはない。密入国したらホテルにも泊まれないし、携帯のSIMカードも入手できない。警察に職務質問されたらすぐに逮捕されてしまう。

「そのようなリスクを負ってまで、トルコに行きたいとは思いません。『第三国からトルコに向かうかもしれない』と言ってしまえば、どこの国にも行けないことになってしまいます。紛争地取材をするためには、多くのジャーナリストが密入国せざるをえませんでした。それを理由にパスポートを発給しないというのは、紛争地取材自体を『犯罪行為』とみなすに等しいことになるのではないでしょうか」

◆「身代金が支払われた」という、具体的な根拠もない

 しかし、「あれだけ迷惑をかけたのだから、パスポートが発給されなくても当然だ」という声もネットで挙がっている。

「『あれだけ』とは『どれだけ』なのでしょうか。出国禁止という重い処罰をするからには、その量刑に相当するだけの罪状があるという、具体的な根拠を示すべきではないでしょうか。憶測をもとに根拠なく厳罰を課すというのは、法治国家のすることとは思えません」

 解放後、在英シリア人NGOのコメントを引用して「身代金が払われた」という報道がなされた。そのことが「迷惑をかけた」という世論に大きく影響しているのではないだろうか?

「身代金を払ったとは思えません。そのNGOの情報にはデマがいくつも含まれています。内部情報を知っているわけではなく、単に噂話をしているだけでしょう。

 解放交渉には、日本政府から仲介料を取ろうとして有象無象が寄ってきます。本物を見極めないといけないし、人質が生きていることを確認しなければなりません。解放交渉には生存証明が必須です。

 例えば、本人しか答えられない質問を送って、正解が返ってくれば証明になります。身代金を払ったとされる国はみなこの生存証明を取っているのに、日本政府は一度も取っていません。2015年に私の家族から質問項目を聞いて用意していたのに、使っていなかったのです。それでは、身代金が払われることはあり得ません」

◆日本人の目線で世界情勢を見る必要性

 イスラム国から解放されたフランス人やスペイン人、デンマーク人、アルカイダ系ヌスラ戦線(現シャーム解放機構)から解放されたスペイン人や米国人は、その後も海外渡航を禁じられていない。スペイン人の中には、解放された年にイラクへ再渡航した者もいる。

「欧米では報道の重要性が社会的に認められているので、『身代金を払った』と報道があっても批判はほとんど起きていません。当然、パスポート没収も発給拒否もされていない。

 アフリカのブルキナファソでの人質救出作戦でフランス軍兵士が2名死亡したときには、フランス国内で人質への批判が出ました。しかし、それは『無謀な観光客』だというものでした。イスラム国に人質になって身代金が払われたというジャーナリストへの批判にはなっていません」

 日本では安田氏以外にも、シリアのコバニに行こうとしたカメラマンや、イエメンの取材をしようとしたジャーナリストが外務省にパスポートを没収されて取材禁止にされている。

「多くの国のジャーナリストがシリアなどで人質にされ、殺害されたり身代金が払われたりしました。しかし、そうした地域で活動することの意義を否定するような議論はそれらの国ではほとんど起きていないし、政府も規制はしていません。人質事件についても、欧米人の事例は解放に関わる詳細が報じられ検証されています。しかし、日本はそれもないまま規制が進められています。

 世界情勢に対して日本政府・日本社会がどう向き合うべきかを日本人自身が判断するためには、日本人による情報収集と発信が必要です。日本では、紛争の起きている地域でのNGO活動も規制する動きがあります。このままでは、日本人は外国人の視点で得た情報しか見ることができなくなりかねません」

【安田純平氏】
2015年6月、シリア取材のためトルコ南部から紛争中のシリアに入国したところを武装勢力に拘束され、40か月後の2018年に解放された。著書に『シリア拘束 安田純平の40か月』(扶桑社)など

<取材・文/週刊SPA!編集部>
※週刊SPA!6月25日発売号「ニッポンの報道が危ない!」特集より

安田純平氏