日韓関係が新たな段階に入ってきた。

 まもなく大阪で行われる20カ国・地域首脳会合(G20サミット)直前にして、日韓両国は首脳会談開催の目途すらたっていない。これに先立つ6月19日、韓国政府は日本政府に対して、自らが主張する「訴訟当事者である日本企業を含んだ韓日両国企業が自発的拠出金で財源を作って、確定判決被害者に慰謝料該当額を支給する」方式を日本側が受け入れるなら、日本側の求める外交的協議に応じる準備がある、と表明して、日本側に交渉を求めたものの、即日拒否されることになっている。

 取り付く島もない日本政府の対応に、韓国政府首脳も「日本が積極的でないならこだわる理由ない」として、首脳会談の実現に半ばさじを投げた状態になっている。

悪化の原因は韓国大法院が用いた法的解釈

 日韓関係はどうしてこのような状態になったのだろうか。周知のように、最大のきっかけは、昨年10月30日に韓国大法院(日本の最高裁に相当)によって出された朝鮮半島における戦時動員労働者(いわゆる「徴用工」)に関わる判決であった。そしてこの判決により日韓関係が悪化した原因は、単にこの判決が日本企業に対する損害賠償請求を認めたことよりも、判決において韓国大法院が用いた法的解釈にあった。

 韓国大法院はこの判決において、韓国憲法の前文にも示唆されている「植民地支配違法論」に則って、日本の植民地支配そのものを違法と認め、その違法な植民地支配の下行われた労働者の動員は違法行為である、と結論付けた。

 そしてその上で、これらの違法行為による動員には慰謝料請求権が発生し、日本政府が1965年に「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国大韓民国との間の協定」(以下、請求権協定)の締結に至るまでの過程において、植民地支配の違法性を認めていなかった以上、この慰謝料請求権は請求権協定の対象外であり、依然として有効だ、としたのである。

韓国人全員が慰謝料請求権を持つと認めたに等しい

 当然ながら、韓国の裁判所が認めたように、日本の植民地支配が違法であり、その違法な支配に基づく法的行為に慰謝料が発生する、とするなら、当時の総督府等による法的行為はすべて違法だということになる。つまりそれは、その支配の下で暮らし、総督府等の支配に服することを余儀なくされた人々は、ほぼ例外なく慰謝料請求権を持っていたことを意味している。そして、この慰謝料請求権は韓国民法の規定により相続の対象となるから、日本の朝鮮半島支配の下暮らした祖先を持つ韓国人は、すべからく慰謝料請求権を持つことになる。つまり、現在に生きる5000万人以上の韓国人すべてが慰謝料請求権を保有すると認めたに等しい判決であったのである。

 重要なことは、この判決により、日韓両国間の司法の間で、請求権協定に関わる解釈が決定的に分かれたことである。よく知られているように、日本の最高裁判所は過去に、日韓両国に横たわる植民地支配下の請求権に関わる問題は、政府、個人のそれを問わず、請求権協定により「解決済み」という立場を示している。

 これに対して韓国政府は、1992年1月までは日本側と同じ理解を有していたものの、その後、紆余曲折を経て、盧武鉉政権期には、従軍慰安婦サハリン残留韓国人韓国人被爆者の三者のみを請求権協定の枠外だとする解釈に至っている。だからこそ、「徴用工」判決以前の日韓間の請求権に関わる問題は、この3つの問題と、これに該当する人々に対する補償を如何にして行うか、という限定的な部分に集中して議論されることが可能だった。

条約の「例外」対象者が無限に拡大された

 1990年代初頭に初めて両国間の外交問題として浮上して以降、両国の最大の懸案となった慰安婦問題において、繰り返し「財団」方式による解決案が模索されたのもこのような対立の「構造」の結果だった。

 つまり、議論の対象となっている範囲が狭く、仮にそこに何らかの金銭の支払いを行っても、これを条約の「例外」として処理できるなら、日韓両国、とりわけ請求権協定により過去の問題はすべて解決済みとする日本政府は、自らの見解を変更することなく、これを実行できる。何故なら、その補償によって両国関係の改善による経済、あるいは安全保障上等の利益が得られるなら、条約上の義務がなくとも追加的に補償を行うことは、少なくとも理屈の上では不可能ではないからである(日本政府が条約上の義務がないのに支払いを行った実例として、在日韓国人元日本兵や台湾人元日本兵への補償がある)。

 しかしながら、昨年10月の大法院判決は、このような大前提を破壊した。この判決が用いた論理は、上記のような植民地支配における追加的補償の対象となる当事者の範囲を無限に拡大するものであったからである。事実、韓国国内では先の大法院の判決を受けて、各地の弁護士らが、日本統治期に労働者として動員された人々やその子孫を探す動きが始まっている。大法院が判決を出した以上、続く裁判においても、同様の判決が出される可能性が極めて高く、弁護士らにとっては「ほぼ必ず勝てる裁判」になるからである。こうして韓国では多くの追加的提訴がなされ、またなされる準備が着々と進められている。

「徴用工問題はそっとしておきたい」――韓国政府の本音

 当然のことながら、韓国政府もこのような状況はよく把握している。韓国政府が「徴用工」判決以降、政権ナンバーツーに当たる国務総理の下で行った検討会で、一時期は真剣に議論された「財団」案は、1月に入り、「財団案など問題外だ」とする大統領府の関係者の発言により否定された。その理由は、そもそも「財団」設立が、さらなる「戦時動員労働者の発掘作業」を刺激して、事態が大きく拡大することを恐れたからであった、と言われている。

 また、韓国政府が自らの手で「財団」を設立すれば、誰が補償の対象となるか、またその補償の金額がどれくらいになるか等は、すべて韓国政府が決めなければならない。資金が不足し、補償が不十分なら、当事者たちの不満は「財団」を運営する韓国政府へと向かうことになるだろう。それはもはや韓国の国内問題であり、これらの問題を避けるためにも、できれば「徴用工」を巡る問題はそっとしておきたい、というのが当時の彼らの本音と言えた。

 韓国政府が「徴用工」判決以降も、この問題に対して積極的な行動をとってこなかった背景には以上のような状況があった。しかしながら、並行して日本政府が、請求権協定に基づく申し出を行ったことで事態は変わった。

当事国には協議手順に従う義務がある

 議論の的になっている請求権協定には、当事者の解釈が分かれた時にどう解決すべきかが書かれている。つまり、最初は外交的協議を行い、これが駄目であれば、両国が協議して仲裁委員を選ぶ。期限が決められており、当事国は30日以内に自ら仲裁委員を選定しなければならない。そして両国が選んだ仲裁委員がさらに30日以内にもう一人の仲裁委員を選ぶことになる。

 ここにおける仲裁とは法的用語であり、仮に仲裁委員が決定を下せば当事国はこれに従う義務を負う。この両国による仲裁委員選定が失敗すれば、そこから30日以内に両国は各々第三国を選んで、この二つの第三国に仲裁委員の選定を任すことになる。

 重要なのは、これが条約上に定められている協議の手順であり、当事国にはこれに従う義務があることである。しかしながら、日本政府が初めて韓国政府に対して外交的協議を求めた1月9日以来、韓国政府は日本政府からの要求に何らの反応も示してこなかった。日本政府は進んで5月20日には、二つ目の手順である仲裁委員選定の申し入れを行ったが、韓国政府はこれにも反応を示さなかった。そうして、期限である30日目を超えた6月19日、日本政府は最後の手順である、第三国による仲裁委員選定の申し入れを行った。

 その同じ6月19日、韓国政府はこれまでの日本政府の要請にようやく答える形で、冒頭に述べた、日本側が「財団」方式に関わる協議を受け入れるなら、請求権協定に規定された外交的協議に応じても良い、という回答を行った。つまり、それは外交的協議から日韓両国による仲裁委員選定、さらにはそこからさらに進んだ第三国による仲裁委員選定という3段階目まで進んでいた日本側の提案を1段階目の外交的協議の段階まで戻そうというものであり、さらにそれに「財団」案を協議する、という条件を付けた形になっている。

 とはいえ、協議に際して条件を付ける韓国政府のやり方は、残念ながら誠意のあるものと見ることはできない。第一の問題は、請求権協定に規定された外交的協議の手順は、当事国にはこれに従う義務があり、その手続きに入るに当たり、一方的に条件を付けることなどあり得ないからである。それは例えて言えば、交通事故を起こした当事者が他方の当事者に対して、事故処理で警察に通報するのに条件を付けるようなものである。警察官に通報するのは義務であり、それを一方的な条件をつけて拒否するなら、それは「当て逃げ」と呼ばざるを得ない。

アリバイ作りのためだけに再浮上した財団案

 第二の問題は、そもそも韓国政府自身が認識している「財団」方式の問題点が、何も解決されないまま提案に至っていることである。言うまでもなく日本国内では2015年慰安婦合意の後に作られた「和解と癒やし財団」が韓国政府により一方的に解散されたことによる、歴史認識問題の解決方法としての「財団」方式への不信が渦巻いている。これらの問題の解決なくしては、韓国側の「財団」提案が日本側に受け入れられ、両国の交渉の正式なアジェンダに乗る筈がない。

 一言で言うなら、韓国政府は日本政府が受ける可能性がないことを承知で、「財団」方式の提案を行っていることになる。そしてそれは自らが「何もしてこなかった」ことに対する一種の国内世論向けのアリバイ作りであり、「財団」提案はそれ以上の意味は有しない。

韓国政府要人のあまりに楽観的な発言

 結局、明らかなのは、現在の韓国政府が昨年10月に行われた「徴用工」判決以降の日韓関係を巡る状態を解決しようとして、真剣に動いてはいない、という点だ。現在の文在寅政権にとって重要なのは、自らの支持率の最大の足かせである経済問題と、停滞する北朝鮮を巡る問題である。その間で厄介な日韓関係は放置され、真剣に考慮されてこなかった。

「現在の日韓関係は最悪ではない」

「日韓間には過去にも様々な問題があった」

「両国間の交流が進んでいる以上、ファンメンタル大丈夫だ」

 韓国政府側の要人が繰り返す、楽観的な発言は、彼等が事態の深刻さを理解しておらず、また事態に真剣に取り組もうとしていないことの表れである。

「当事者主義」を主張する文在寅政権の不誠実

 日本政府が行った第三国による仲裁委員選定へと進む提案への回答期限は30日後。日本政府はこの後、韓国に対して国際司法裁判所への共同提訴への提案、さらには日本自身による単独提訴へと向かうだろう。韓国政府が気づくべきは、事態が植民地支配の当事者たちに対する補償を巡る問題から、法的手続きの順守に移っており、結果「責められる側」が条約による手続きを進める日本から、これを放置する韓国に変わっていることである。

 これらの日本側の提案をすべて無視すれば、日本政府は韓国政府の条約順守に関わる不誠実さを国際的に訴えていくだろう。国際司法裁判所による訴訟手続きは、当事国すべての同意なしには、開始されないが、この過程での日本政府の批判は、韓国の国際的信用に一定の影響を与える可能性がある。

 韓国、そして文在寅政権はそれでも「司法の判断だから仕方がない」という言葉を繰り返し、自らの殻に閉じこもっていくのだろうか。こうして両国の紛争が長引けば、すでに90歳を超えている植民地支配の当事者は、次々と世を去っていくことになる。それは「当事者主義」を主張する文在寅政権の主張とも明確に背馳していると思うのだが、どうだろうか。

(木村 幹)

©iStock.com