医療の世界は“不思議”があふれている。医療従事者にとっては当たり前でも、一般の人には初耳の理解できないことばかり。そこで、水戸協同病院 研修医、東北大学メディカル・メガバンク機構 非常勤講師の光齋久人氏が、医療についての正しい知識を分かりやすく解説する。今回はこどもの虐待と成長を取り上げる。(JBpress)

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 今年(2019年)6月、2歳の子どもがネグレクトの末に亡くなったというニュースが、大きな波紋を呼びました。体重は6kgしかなかったとのこと。2歳0カ月の女児の平均体重は11.6kgです。子どもを育てたことのある人には、これがどれほどの低体重かお分かりかと思います。いえ、むしろ逆に、2歳で6kgという体を想像するほうが難しいかもしれません。

 このニュースを聞いたとき、私の小児科指導医は「見る人が見ればすぐに分かっただろうに・・・」と悲しげにつぶやいていました。小児科外来は虐待を見つけるための「最後の砦」とも言われることがあります。小児科医たちは一体何をもって子どもの虐待を疑い、適切なアクションへと繋げているのでしょうか。

「異常」を見つけるための統計

「見れば分かる」という点において、小児科では「成長曲線」がとても重要視されています。成長曲線とは、一般的な子どもの身長、体重などがどうやって増加するのかを示したグラフです。子どもの検診では必ず成長曲線を用いて、現在の成長度合いが平均から著しく外れていないかをチェックします。

 平均からの逸脱は標準偏差(SD)を用いて評価します。SDは受験などによく使われる偏差値の元になっている概念で、集団の中で値がどれぐらいばらついているかの指標です。

 母集団が正規分布に従う場合、平均値±1.96SD以内に全体の95%の人たちが入ることになります。この性質を用いて、子どもの身長・体重は平均±2SDの範囲に収まっていれば正常、逸脱していれば異常と判定されます。

 要するに、日本全体の同じ年齢の子どもたちの95%と同じだけ身長・体重があれば普通。それよりも小さかったり大きかったりすれば、何らかの異常を疑い詳しく検査を行うということです。

 さて、では今回の2歳で6kgとは、一体どれほどのことかを計算してみましょう。実際は2歳台であれば、2歳何カ月なのかまで調べて計算しますが、とりあえず最も低体重の度合いを軽く見積もる方向で、2歳0カ月として計算してみました*1

 結果は-4.5SDでした。統計をたしなんでいる方には、この体重がいかに異常なことであったか、よく分かっていただけたのではないかと思います。

 ±2SDを越えると、全体の95%に入らないから異常であると上述しました。±4.5SD以上であると、全体の99.998%にも入りません。体重の「低さ」からいえば、10万人に1人以下の存在であったということになります。

 正直、私は子どもを育てたことがないこともあり、子どもの身長・体重を統計的にしか分かっていませんでした。ですが、この結果を見て改めて、「見る人が見ればすぐに分かっただろうに・・・」という指導医の言葉の意味が、私の胸にもずっしりと響きました。

 ただ、ここで間違えてほしくないのは、「低身長・低体重=虐待」ではないということです。このような子どもを見たとき、私たちは虐待の可能性を頭の隅に残しながらも、まずは器質性体重増加不良を考えます。ホルモンの異常や腫瘍などによって、体の発育が阻害されることがあるからです。これらの疾患の精査を怠ると、取り返しのつかない間違いを犯すことになってしまいます。

「虐待=ガリガリ」は正しいか?

 さて、ネグレクトの子どもと聞くとろくに食事も与えられず、栄養不良でガリガリになってしまっているようなイメージではないでしょうか。私もそう思っていたのですが、指導医から「むしろネグレクトでは、身長が強く影響を受けるんだよ」と教えられました。

 これはどういうことでしょうか?

 G.Olivanら(2003)による、ネグレクト、心理的虐待を受けていた子どもたちの成長に関する研究があります*2。対象は、月齢が24~48カ月で、6カ月以上虐待を受けたのち、家族から離れ1年以上養育施設に入所した男の子たちです。彼らの身長、体重を養育施設入所時点と入所1年後に測定し、一般的な子どもたちの数値と比較しました。

 入所時点において、虐待されていた子どもたちの体重の平均は13.84kgで、一般的な子どもの平均値14.93kgより、統計的有意に軽くなっていました(-0.75SD、P値=0.0038)。身長の平均は92.27cmであり、これもまた一般の子どもの平均96.78cmを統計的有意に下回っていました(-1.29SD、P値=0.008)。

 ここで出てくるP値は、統計学的検定に用いられる指標で、「帰無仮説を支持するとき、検定統計量がその値、あるいはそれ以上に偏った値となりうる確率」です。詳細な説明は成書に譲りますが、今回に関していえば、P値<0.05であれば比較した群間で統計的有意に差異があると考えてください。

 論文的にはこの数値の比較だけでしたが、私はここで、カウプ指数を計算してみました。虐待された子どもたちは、低栄養でガリガリなのではないかというイメージが正しいかどうか確かめたかったからです。カウプ指数は大人でいうところのBody mass index(BMI)です。BMIメタボ健診などでもおなじみですね。これらは身長に対して体重がどれだけ重いかを比較するための数値です。カウプ指数は主に3カ月~5歳児の評価に適しているとされています。

 結果、被虐待児のカウプ指数は16.3、一般児のカウプ指数は15.9となりました。おや? と思いませんか? 被虐待児のほうが、カウプ指数が高い(よりふくよかな体型)という結果になっているからです。

 カウプ指数において、標準値は15~18です。ですが、乳幼児の体型は月単位で変化します。そこで、2000年の日本の子どもの身長・体重平均値から年齢ごとのカウプ指数を計算してみました。結果は、0カ月:12.5、6カ月:17.4、1歳:16.5、2歳:15.9、3歳:15.7、4歳:15.5でした。どうやら乳幼児のカウプ指数は0歳から数カ月で一度ぐっと上がり、4歳辺りまでの年齢ではそこから緩やかに減少していくのだということが分かりました。

 つまり、被虐待児のほうが一般児よりカウプ指数が高いという現象は、単純に太っているというよりは、「全体的な成長が停滞している」と考えるほうが妥当そうです。ただ、被虐待児が「栄養失調でガリガリの体型をしている」というイメージは、必ずしも正しくはないのであろうことが示唆されました。

成長が停滞しても・・・

 では、一度成長が停滞してしまった子どもたちは、もう元には戻らないのでしょうか?

 1年間養護施設で暮らした後、改めて身長・体重を計測したところ、平均体重が16.18kgまで増加していました。これは一般の平均である16.71kgと比較しても、統計的有意差のない結果でした(P値=0.435)。身長もまた平均101.48cmと、一般の平均104.27cmから統計的有意差の見られない(P値=0.102)ところまで大きくなっていたのです。

 ちゃんとした環境で育てられることで、一度成長が停滞した子どもたちも、他の子たちに追いつくことができることが分かったのです。不覚にも、少し目頭が熱くなってしまいました。論文を読んでひとり泣いている三十路男。気持ち悪いというより、なんだかちょっと怖いですね。

 G.Olivanらは考察で、「栄養、心理社会的要因」によって成長が阻害された子どもたちも、適切な環境に行けば他の子どもたちに追いつくことができるとしています。確かに、カウプ指数の話なども考えると、単純な「栄養不足」だけでは全てを説明できそうにありません。おそらく「心理社会的要因」も、子どもの成長に何かしらの影響力を持っているのでしょう。

 私の指導医がぽつりと言った、「子どもは水と食べ物だけで育つわけじゃないんだよね」という言葉が、論文の末尾にしっくりとはまるような気がしました。

*1:乳幼児身体発育評価マニュアル 平成24年3月(国立保健医療科学院)
*2:Child Abuse Negl. 27(1): 103-108, 2003

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