2019年6月末、モニター画面から話しかけてくる等身大のAI(人工知能エージェントを街角に置く実証実験が行われる。ユーザーが「この近くに授乳室はある?」と聞くと「(最寄りの商業施設の名前である)トリエA館の4階にあります」と回答してくれる。あるいは「ところで私、みなさんに楽しんでもらうため、いろんなクイズを用意しました。どうでしょう。私とクイズを、やってみますか?」と自ら話題を振ってくる。

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 この実証実験でモニター画面(デジタルサイネージ)から語りかけてくるのは、スタートアップ企業のクーガー(東京・渋谷区)が開発を進めてきたバーチャルヒューマンエージェント(VHA)「レイチェル」である。表情を備えた顔、身振りによる表現ができる体を備え、通行客に話しかけ、表情を読み取りながら対話する。

 実証実験の日程は2019年6月29日〜30日、場所は京王線調布駅近くの商業施設「トリエ京王調布 C館」。シネマコンプレックスイオンシネマ シアタス調布」や、猿田彦珈琲の旗艦店「調布焙煎ホール」などが入居する施設だ。実証実験の実施にあたり、電通国際情報サービスが協力。また街角への設置やコンテンツでは京王電鉄が協力した。

 実証実験では「レイチェル」がその場に居合わせる人々を対象に、「感情を表現しながら話しかける」「調布の魅力や周辺情報を伝える」「クイズ形式で、地元で行われるオリンピック競技の知識などを伝える」などのコミュニケーションを試みる。デジタルサイネージ広告の新たな使い方を開拓する狙いがある。実験の結果を受けて、デジタル広告やアミューズメント施設の情報案内などに利用範囲が広がっていく可能性もある。

●自分から会話のきっかけを作ることができる人型エージェント

 ところで、モニター画面を使う人型エージェントの試みは前例がいくつかある。英国ヒースロー空港や国内では上野駅などでも使われた。ただし、一方通行で情報提供するだけなので、それほど高度ではない使い方がほとんどだ。「相手の感情を読み取り、自分の表情も変化させながら自律的に会話するAIエージェントは、世界的に見ても新しい」とクーガーの石井敦CEOは言う。数ある人型エージェントの中でも「レイチェル」は最先端だというわけだ。

 実証実験で用いる「レイチェル」はCG(コンピュータグラフィックス)で作り出したキャラクターだが、ゲーム画面の中のキャラクターに感情移入しながらゲームプレイする人々はすでに大勢いる。今や、多くの人々がCGで作り出したキャラクターに大きな違和感を覚えなくなった。「顔と体を備えていることで、自ら話しかけても許容してくれる」と石井氏は説明する。「例えば、Amazon EchoAppleSiriのような音声インタフェースでは、『アレクサ』のようなウェイアップワード(起動の合図)が必要だった。しかし、人型エージェントは自分から会話のきっかけを作ることができる」

 「レイチェル」は顔と体を備えるだけでなく、顔の表情と体による身振りという非言語コミュニケーションを交える能力を持っている。例えば「ユーザーが笑いかけると『レイチェル』が笑いで返す」ような非言語コミュニケーションも可能だ。このような特性があるので、音声だけのAIに比べて質・量ともに良好なコミュニケーションが生まれると、クーガーは期待をかけている。

ゲームAIと機械学習技術の組み合わせ

 クーガーバーチャルヒューマンエージェントの内部では、ゲームAIの技術と機械学習に基づくAIの技術を組み合わせている。ゲーム内のキャラクターがさまざまな身振り、行動をする背景には「ゲームAI」と呼ばれる技術の蓄積があり、それを応用した。また、画像を通して状況を認識し、通行人の表情を読み取る部分では画像処理や機械学習などの技術が使われている。

 この「レイチェル」開発の背景には、ちょっとしたストーリーがある。クーガーは、自動運転車を賢くするための学習シミュレータを開発し、本田技術研究所で使われた実績を持つ。このシミュレータは、ゲームAIを応用し、大勢のCGキャラクターたちが歩道や横断歩道を動き回る状況を作り出し、自動運転車のトレーニングに活用していた。背丈、服装、挙動、荷物などが異なる、たくさんの人物を作り出した。

 「そうした『その他大勢』の中の一人に注目して、『もっと賢くしていったらどうなるだろう?』と育てていったのが『レイチェル』です」と石井氏は打ち明ける。エキストラから抜擢(ばってき)されて初舞台を踏む「レイチェル」は、自らの活躍の場を広げていくチャンスをつかめるだろうか。

「レイチェル」の様子。デジタルサイネージのモニター画面にほぼ等身大の人型として映し出される