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 「(日本の大企業は)デジタルやITに対する関心が低く、世界の情勢にも関心がない。『危機感を持つ』以前の段階にある。これらのことに関心がなければ、デジタルトランスフォーメーションには踏み出せない。まずはこの『関心がない』状況をなんとかしなくてはならない」(DBIC 横塚氏)

 デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)は2019年6月21日2019年度の事業計画についての記者説明会を開催した。その中でDBIC代表の横塚裕志氏は「日本の大手企業が置かれた立場は深刻だ」と警鐘を鳴らした。DBIC副代表である西野弘副代表も同様に、日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を取り巻く実態を次のように厳しく批判している。

 「大手企業のなかに10年間いると“五感”を使わなくなり、上司を見て、競合他社を見るだけの“二感”で済ませようとするようになる。これでは何かを作り込む、新たなことに取り組むという発想は出てこない。デジタルイノベーション専門部隊を設置する企業も増えているが、その多くは数億円規模の予算を取っても、海外を視察し、シリコンバレーに拠点を作り、コンサルタントを雇い、PoCを実施して終わってしまう。PoCだけでDXをやった気になり、安心してしまうから、日本企業は“PoC症候群”に陥る」(西野氏)

「4D+S」で日本企業のDXとオープンイノベーションを支援していく

 DBICは、NPO法人のCeFIL(Center For Innovation Leaders)が2016年5月、デジタルトランスフォーメーションとオープンイノベーションを目指すプラットフォームの構築や、それを担う人材育成を目的に設立した新規事業部門だ。企業会員による年会費で運営されており、現在は製造や金融、エネルギー、物流などの大手企業やITベンダーシステムインテグレーターなど34社がメンバーとして参加している。

 CeFILは、経団連の高度情報通信人材育成部会の機能を引き継ぎ、2009年7月に経団連の有志企業により設立されたNPO法人。初代理事長は元富士通社長の黒川博昭氏。2014年からは、東京海上火災保険の常務取締役や東京海上日動システムズの代表取締役社長を務め、2019年6月まで情報サービス産業協会(JISA)の会長を務めていた横塚裕志氏が理事長に就任している。経団連や企業、大学との連携により、社会と産業のシステムを変革する人材を育成し、日本の成長戦略を推進するための活動に取り組んでいる。横塚氏はCeFIL理事長とDBIC代表を兼務している。

 DBICでは2016年の設立以降、会員企業を対象として、デジタルイノベーションに関するセミナーやハッカソン、イノベーションキャンプなどを開催してきた。

 「1年目の活動では、とにかくできるものはやってみた。しかしその結果としてわかったのは、参加者の意識がデジタルイノベーションをやるところにまで至っていないということ。これではいくらやっても成果が得られない。そこで2年目からは『4D』をベースにしたプログラムに変更して活動を実施し、現在に至っている」(西野氏)

 「4D」とは、価値を創造できる組織への変革を進める「Digital Transformation」、生活者視点のプロブレムステートメントを描く「Design Thinking」、これがしたいと言える熱意を持つ「Discover Myself」、とにかくやってみる実践型学習の「Diving Program」の4つの頭文字を取ったものだ。2019年度からは、ここに社会課題をデザインの力で解決する「Social Innovation by Design」も加え、「4D+S」で活動を推進していく。

「経営トップから現場まで危機感がない」「デジタルイノベーションのまねごと

 2019年度のDBIC事業方針では、次のような提言が語られている。

 「日本の大手企業は『変化に対する危機感』が薄く、マインセットが20世紀のままである。顧客の視点から考える能力がない、新規事業を立ち上げる能力がないという課題もある。たとえ本業が破壊されても生き残り、あるいは本業を破壊されても業容を拡大していくために、日本の企業は組織と人材を抜本的に変革する必要があるのではないか」

 特に日本企業の「変化に対する危機感の薄さ」は、過去3年間のDBICの活動を通じて強く感じてきたという。

 「たとえば、トヨタ自動車の社員の99%は『トヨタは絶対に潰れない』と思っているのではないか。これが日本のすべての大手企業に共通する考え方であり、そこに間違いがある」と横塚氏は指摘する。自動運転のテクノロジーが実用化され本格的に普及すれば、自動車という製品の設計や機能だけでなく、その「使われ方」や「社会的価値」までもが大きく変化する。それによって自動車業界のビジネスモデルそのものが激変するだろう。これは、横塚氏の古巣である東京海上日動火災保険の属する保険業界であっても同じだ。

 「(損害保険会社の)収益の約6割は自動車保険だ。だが自動運転の時代になれば、自動車の台数も、自動車事故の数も減少するだろう。自動車保険の市場がシュリンクするのは明らかだが、それに代わる“メシの種”が見つかっていない」(横塚氏)

 もちろんこうした変化は特定の業界に限った話ではない。たとえば太陽光など自然エネルギーの時代になり、家庭の電力が無料になったときに電力会社のビジネスモデルはどう変化するのか。環境問題が世界的な課題となり、カーボンフリーモデルが重要視されるようになるなかで、これまでのように電気を使う(使わせる)ことが電力会社の生き残り策になりうるのか、新たなビジネスモデルをどう模索していくのか、といった例を挙げる。

 「デジタルイノベーションは、企業が生き残るかどうかの問題。日本の企業もCDO(チーフデジタルオフィサー)を設置したり、専門部署を作ったりしているが、そこに課題を丸投げしたり、『他社がやっているから』という理由でITベンダーシステムインテグレーターから提案を募り、PoCをやっただけで満足していたりするのが実態。ITベンダーシステムインテグレーターの側も、自信がないからPoCでやめようとする。結果として、経営トップから現場まで危機感がないまま『デジタルイノベーションのまねごと』をしているにすぎない」(西野氏)

国際的なビジネススクールIMDとの協業、シンガポールでのイノベーター育成

 DBICでは「4D+S」の活動を基にして、まずは「危機感の醸成」や「意識改革」を図ることに取り組んでいるという。

 その具体的な取り組みのなかで特徴的なもののひとつが、スイスローザンヌに本拠を持つIMD(国際経営開発研究所)との協業である。IMDは経営幹部教育で知られる世界的なビジネススクールであり、毎年およそ100カ国、8000名の経営幹部がIMDのプログラムに参加している。

 DBICでは、IMD DBTセンター所長であるマイケルウェイド教授を日本に招き、経営幹部層を対象にした「トップ会議」を開催。さらに、20時間のデジタルラーニングと1.5日間の講義で構成する「DBIC-IMDデジタルトランスフォーメーションプログラム」、40時間のDXオンライン学習プログラム「IMDデジタルラーニング」を通じて、経営層や社員が世界最先端のDXの本質を学べるようにするプログラムを用意している。これに加えてDXシンポジウム、人事担当幹部向けの人材育成勉強会、IMD教授陣との共同セミナーなども開催する。

 「DBIC-IMDデジタルトランスフォーメーションプログラムは、IMDが開催している『リーディング・デジタルビジネストランスフォメーション(LDBT)』をベースに、日本向けにカスタマイズした内容となっている。企業の経営陣を対象として、デジタルディスラプション(デジタルによる破壊的創造)が生み出すチャンスと脅威を理解してもらうことが目的だ。本来ならばスイスに行かなくては受講できない内容を東京で受講でき、さらに英語だけでなく、日本語の同時通訳を入れているのもDBICだけの特別な内容となっている。日本の事例も数多く取り入れているのも特徴だ」(西野氏)

 もうひとつは「シンガポールイノベーションプログラム」だ。これは会員企業のイノベーター候補生を、シンガポールのイノベーションエコシステムのなかにおよそ半年間派遣するイノベーションプログラムである。日本の企業文化から切り離し、シンガポールのエコシステムの力を借りることで、日本では思いつかないアイデアを生み出したり、社会課題とグローバルなビジネス環境を見据えた自社の新事業プロジェクトを立ち上げたりする。

 「シンガポールを選んだのは、国際競争力が求められ、ビジネスの“生存競争”も激しい国だから。日本企業は米国のシリコンバレーに行きたがるが、デジタルネイチャーな(生来的にデジタルな)シリコンバレーの文化を学んでも、日本の大手企業に当てはめることはできない」(西野氏)

 昨年のシンガポールイノベーションプログラムでは、大手企業から30代の社員が10名参加した。しかし「最初は参加者全員が、作成した提案書を破り捨てられた」(西野氏)という。日本企業の社員は自分の周囲しか見ておらず、その結果提案内容は「業務改善」レベルにとどまり、イノベーションにつながる内容ではなかったからだ。こうしたことが半年間に渡って繰り返される結果、参加者の視点が変わり、マインドが大きく変化をしていくことになる。なお同プログラムは、今年4月から第2期生がスタートしている。

 このほかにも、実際にイノベーションが起きている海外の現場におもむいて手法を学ぶ「経営幹部向け海外探索ミッション」や、世界の潮流を学びながら同じ課題を持つ経営幹部どうしがいまとるべきアクションをディスカッションする「イノベーション部長会」なども実施している。今年の海外探索ミッションは、スイスデンマークで実施するという。

変化を拒む日本企業の“粘土層”=40代、50代社員という問題

 このようにDBICでは数々の施策を展開してきたが、それでもなおDXを推進するための意識改革は進みにくいという「壁」に突き当たっているという。

 たとえば上述したシンガポールイノベーションプログラムの参加者は、現地では日本の会社にいるときのスコープから離れ、生活者視点で物事を見たり、社会の変化や課題にも関心を寄せることができるようになるという成果が生まれている。「実際に、会社に戻ってから新たなプロジェクトを始めた人もおり、シンガポールスタートアップ企業とエンゲージメントできた会社もあった」(横塚氏)しかしその一方で、日本の会社に帰ると元の状態に戻ってしまうケースも少なくないようだ。

 「日本に戻ると、周りの環境に影響されてまた元の状態に戻ってしまうということも起こっていた。その背景には、なにも変えようとしない40代、50代を中心とした“粘土層”とも言える世代の存在がある。粘土層は学習をしないし、知識は簡単に得られると誤解している。さらには『会社に言われたことだけをやればいい』と考えており、自分にとって不都合なことは見ない、先を見ない、そして(他人にも)チャレンジさせないという症候群を蔓延させる元凶になっている。こうした粘土層をどうするのかということをわれわれが真剣に考えるきっかけになったという点においては、このプログラムはむしろ“大成功”だったと言えなくもない」(西野氏)

 会員のなかには、20代や30代の社員をDBICのプログラムに参加させると強い危機感を持ち、会社を辞めてしまうのではないかと不安視する企業もあるという。「だが、何もせずに10名を雇うよりも、プログラムに参加した結果として2名が辞めるほうが、その会社にとっても、社会にとっても、個人にとってもプラスになると説明している」(西野氏)。

 横塚氏は日本の大手企業、それも社員一人ひとりがもっと危機感を持つべきであることをあらためて強調した。

 「いまの日本の大手企業では“社員の品質”そのものが落ち込んでいる。その結果、イノベーションができない。まさに自分の会社のことしか知らない大企業病に陥っている。またIT部門がどんなに技術を学んでも、経営層をはじめとするビジネス側のデジタルに対する認識が低いため、IT戦略にも迫力がない。経営層だけでなく社員も危機感を持ち、ビジネス戦略を作る人たちがその戦略をデジタル時代にあわせて変革しないと『会社が潰れる』。その現実を感じてほしい」(横塚氏)

 DBICは、研修プログラムを提供する組織ではなく「企業の意識を変えるための組織」だと自らを位置づけている。そして2019年は「企業が社会課題解決を通して、新たなビジネスを創出するプラットフォームを進化することを目指す」としている。日本には他にあまり例のない組織と言えるだろう。

日本の大企業は「デジタルイノベーションのまねごと」をしているだけ