「人に見られたくない。ばんそうこうを貼ればいいのかなあ」と悩みを抱えている人もいるのでは。「ちくぽこ」の話である。「ちくぽこ? なんだよそれ」と思われたかもしれないが、ワイシャツポロシャツを着ていて、ぽっこり浮き上がる乳首のことである。

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 このような話をしても「確かに、オレの乳首もぽっこり出ているなあ。けど、気にしない気にしない。これからも堂々と街中を歩くぜ」と思われたかもしれないが、そんな人たちにちょっと気になる調査データがある。

 結婚相手紹介サービスのオーネットが20~34歳の独身男女に「夏の身だしなみでNGだと思うのは?」と聞いたところ、「乳首の目立つシャツ」が1位だったのだ。「乳首の目立つシャツ」と答えた人を男女別にみると、男性31.0%に対し、女性58.0%。半数以上の女性は、男性のぽっこり乳首に冷ややかな目線を送っているのだ。

 では、この問題を解決するには、どうすればいいのか。探したところ、あるものである。天煌堂(東京都中央区)という会社が、ぽっこり乳首を隠すインナー「NoPoints(ノーポインツ)」を開発していた。ノーポインツの最大の特徴は、構造である。肩から胸にかけて特別な生地が貼り付けられていて、素材の凹凸が乳首を隠してくれるのだ。

 Makuake(マクアケ)が運営するクラウドファンディングで製作資金を集めた天煌堂は、目標金額を達成。1着9640円(税・送料込)と高額にもかかわらず、200着を完売した。

 ちょっと変わった商品は、どのように開発したのか。また、購入したお客さんからどのような声があったのか。同社の川尻大介CEOに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●鏡に映っている自分の姿

土肥: 「浮き上がる乳首を隠してしまうインナー」――。初めて聞いたときには、ちょっと笑ってしまいました。どんな人がつくっているのか? どんな人たちが購入しているのか? いくつか疑問がわいてきたのですが、まずどんなきっかけでこの商品をつくろうと思ったのでしょうか?

川尻: 私は10年ほど前に結婚したのですが、その後どんどん太っていきまして。65キロから80キロくらいになってしまいました(涙)。結婚前に着ていた服はパツンパツンになってしまい、ある服を着用したところ、乳首がぽっこりと出ていることに気付いたんですよね。鏡に映っている自分の姿を見て、「なんだか嫌だなあ」と気分が落ち込みました。

 浮き出ている乳首をなんとか隠すことはできないかと考え、分厚いTシャツを着てみました。しかし、出たまま。しかも、暑い。これはダメだと思って、ばんそうこうを貼りました。なんとか収まったものの、長時間貼り続けていると、どうしてもかぶれてしまうんですよね。お風呂に入ったときには、ぴりぴりと感じて。しかも、跡が残る。この姿を見たとき、「なんだか嫌だなあ。どこかのメーカーが、乳首を隠してくれるモノを出してくれないかな」と感じていました。

 しかし、待てども待てども、どこも出してくれません。出すどころか、温暖化などの影響もあってか、インナーがどんどん薄くなっていくんですよね。そうしたインナーを着ると、ぽっこり乳首がますます目立つにようになりました。自分が求めるモノはどこも出してくれない、それどころかどんどん目立つモノを出す。このままではどうしようもないので、自分でつくってみてはどうかと考えたんですよね。いまから4~5年前のことです。

土肥: 当時の川尻さんは、どんな仕事をされていたのですか?

川尻: IT関連の会社で、プログラムなどをつくっていました。

土肥: 全くの畑違いになりますよね。「服をつくるぞー」「乳首が出ないインナーを販売するぞー」と考えたそうですが、どこから手をつけたのでしょうか?

●学生の前で事業計画を発表

川尻: 「自分でつくるぞー」と思ったものの、ちょっと冷静に考えてみました。乳首のぽっこりを抑えるインナーを欲しいと思っているのは、ひょっとしたら自分だけではないかと。ほかの人はどう感じているのかと心配になったので、サラリーマンが多い新橋の駅前で、人間ウォッチングをすることに。

 乳首がぽっこり出ているおじさんはいないかなあと思って観察したところ、たくさんいるんですよね。浮き出ている乳首を隠すようにして、歩いている人もいました。知人や友人に「乳首が目立たないインナーを開発しようと思っている。どうかな?」と相談したところ、「自分も気になっている。そうした商品があれば欲しい」といった声がありました。気になっている人はどんな服装をしているのかというと、白いシャツではなく黒や紺色の服を着て、見た目をごまかしていると言っていました。

 じゃあ、女性たちはこの問題をどのように感じているのか。気になって調査したところ、「以前から気になっていた」「不快に感じている」といった意見がものすごく多かったんですよね。なぜそんなにネガティブな声が多いのかなあと思って分析したところ、男性と女性の身長差が影響していることが分かってきました。多くの女性は男性よりも背が低い。男性と向き合って会話をすると、女性の目の位置に、男性の乳首がある。というわけで、「気にしないで」と言っても、自然と目に入ってくるんですよね。

 乳首が出ていることに悩みを抱えている男性は、多少いるのではないか。男性のぽっこり乳首に不快感を覚えている女性は、多いのではないか。ということは、この問題を解決できる商品は売れるのではないかと考えました。

土肥: ふむふむ。

川尻: 当時、私は社会人大学院に通っていまして、授業の中で事業計画を発表する機会があったんですよね。そこで、ちくぽこ問題を解決するインナーを開発して、その事業を大きくするといった話をしたところ、ものすごくウケたんですよ。たくさんの人が笑ってくれたものの、「その商品は売れるよ」という後押し派は2割、「そんなの売れるわけないよ」というやめとけ派は8割でした。

土肥: ネタとしては面白いですが、それを発売して、売れるかどうかと聞かれると、「うーん、どうかな」となる気持ちは分かります

川尻: でも、自分は欲しいと思っている。プレゼンをして、2割の人が欲しいと思っている。じゃあ、自分がつくってみようと決意しました。

●凹みのところに乳首を収める

土肥: 開発するにあたって、どんなことから始めたのでしょうか?

川尻: 以前働いていた会社の社長に「ちくぽこ問題を解決してくれるインナーを開発しようと思っています」と相談したところ、「明日、今治市に行くので、ちょっと聞いてみるよ」と言っていただけました。そのときは社交辞令で言ってくれたのかなあと思っていたのですが、実際に聞いてくれていまして、市役所の方とお会いすることになりました。

 担当の方に「こんなインナーを開発しようと思っていまして……」とご説明したところ、「おもしろい! ぜひ、やりましょう!」と言っていただき、一緒に研究開発することになりました。

 凸凹のある生地を胸のところにつけて、凹みのところに乳首が収まれば、この問題は解決する。このような仮説を立てて、凸凹の生地を探すことに。最初に提案されたのは、クルマシートなどに使われている生地でした。確かに凸凹しているのですが、カタいんですよね。この生地を胸にあてたら血が出てしまうかもしれないので、違う生地を探すことに。

 次に、提案されたのは、ジャージの中綿に使われている素材でした。パッと見ただけで、凹凸があることが分かる。実際に触ってみても、柔らかい。「この素材であれば、いけるのではないか」と考え、試作品をつくってみました。それを試着したところ、胸の部分は優しく包まれているような感じだったんですよ。血が出てくるようなことはない。ただ、ひとつだけ問題がありました。乳首を完全に抑えることができなかったんですよね。

 これだと完璧とは言えなかったので、生地を二重にしました。二重にすると分厚くなって、試着すると暑さを感じる。しかし、出るよりも出ないほうを選び、商品が完成しました。

●3つの課題が浮き彫りに

土肥: 2017年6月、クラウドファンディングで発売したところ、完売したそうですね。その後、一般販売したところ、すぐに完売。購入者からはどのような声がありましたか?

川尻: よかった点として「ぽっこり乳首を気にしなくてよくなった」「ポロシャツを着ることができるようになった」といった声がありました。その一方で、改善しなければいけなこともたくさん見えてきました。生地が分厚いので、「暑い」という声をたくさんいただきました。このほかに、「胸にパッドを付けているように見える」「価格が高い」という意見がありました。

土肥: 「分厚い」「デザインが悪い」「価格が高い」という、3つの課題が浮き彫りになったわけですね。

川尻: はい。この問題を解決するためには、どうすればいいのか。デザインなんとかできるかもしれない、価格もなんとかできるかもしれない。この2つの問題を解決するには、やはり素材をなんとかしなければいけないと考えました。

 分厚い素材を薄くすることはできる。しかし、薄くすると、乳首が出てきてしまう。このジレンマをどうすればいいのか。何度も試作品をつくってみたものの、これはダメだあれもダメだとなりました。やや煮詰まりかけていたところに、加圧シャツに使われている素材に目が止まりました。胸にあててみると、乳首の高さが収まるんですよね。これまで乳首の高さを隠そうとしていたのですが、素材の特性を生かして、圧力によって低くするのはどうかと考えました。

 試作品を着用したところ、凸凹しているところに乳首が収まって、圧力によって低くなる。「これはいける!」と感じて、商品化に動き始めました。

土肥: 6月7日クラウドファンディングで「NoPoints Ver.2」を発売したところ、300着以上売れているそうで(6月11日時点)。素材の分厚さは解消して、デザインもよくなった。ただ、価格は7500円。以前のモノよりも安くなったとはいえ、まだまだ高いですよね。それでも売れている要因をどのように分析していますか?

●サラリーマンから「ちくぽこ」が消える日

川尻: NoPointsはインナーになりますが、インナー市場で戦わないことが大きいかなあと思っています。どういうことか。ちくぽこ問題を解決するために、分厚いTシャツを着たり、ばんそうこうを貼ったりしている人が多いと思うんですよね。

 先ほども申し上げたように、分厚いTシャツを着ても乳首は出てくるし、暑い。ばんそうこうを貼ると、跡が残って、かぶれることも。問題を解決できていそうで、微妙にできていなかったわけですが、NoPointsの場合、“着るだけで出てこない”という手軽さがウケているのではないでしょうか。

 インナー市場には大手メーカーが参入しているので、ものすごく厳しい状況になっています。いわゆる“レッドオーシャン”の中で戦わなくても、ちくぽこに悩んでいる人向けのアイテムを提供できれば、勝負できるのではないか。いや、勝負するのではなくて、戦わないことができるのではないかと考えました。

土肥: 大手メーカーもちくぽこ問題が存在していることは、分かっているかもしれない。しかし、その課題を解決する商品を出せば、自社ブランドを毀損するかもしれない。出すべきか、出さないべきか、と迷っているうちに、NoPointsが登場したのかもしれません。いずれにせよ、差別化戦略がうまくいった事例ですね。

川尻: 乳首が出てくることに悩みを感じているのは日本だけかなあと思っていたのですが、中国などからも引き合いの声をいただけるようになりました。海外でも同じような悩みを抱えている人がいるようですね。

土肥: 20XX年、サラリーマンから「ちくぽこ」が消えているかもしれませんね。本日はありがとうございました

(終わり)

ぽっこり乳首を抑えるインナー「NoPoints」