(北村 淳:軍事社会学者)

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 安倍首相イラン訪問中にオマーン湾洋上で発生した2件のタンカー攻撃事件を受けて、インド海軍は2隻の軍艦(駆逐艦「Chennai」と沿海域哨戒艦「Sunayna」)をオマーン湾に派遣した。インド関連船舶の安全を確保するために、インド政府が急遽とった自衛措置である。

 インド国防省によると、それらの艦艇はオマーン湾からペルシア湾(その中間地点はホルムズ海峡)にかけての警戒任務を実施し、海上でのパトロールに加えて海軍哨戒機による空からの警戒も実施するという。

アラビア半島周辺海域でテロと戦うCMF、CTF

 アメリカは、2001年9月11日に発生した同時多発テロ攻撃に対応して対テロ戦争を開始した。その際、バーレーンに司令部を置くアメリカ海軍部隊中央集団に「合同海洋部隊(CMF)」を設置して、同盟国や友好諸国から「有志」の海軍を募って多国籍海軍部隊を編成した。

 CMFの目的は半島周辺海域すなわちペルシア湾(アラビア湾)、ホルムズ海峡、オマーン湾、アラビア海(インド洋北部アラビア半島沿海域)、アデン湾、バブ・エル・マンデブ海峡、紅海、スエズ運河での海洋テロ行為、テロリストの移動、海賊行為、麻薬の密輸など、テロ集団に関連する活動を抑止し取り締まることにある。その目的のため、CMFは多国籍海軍が任意に提供する艦艇や航空機によって「合同任務部隊(CTF)」を設置した。

 現在もCMFの指揮下で「CTF150」「CTF151」「CTF152」の3つの作戦用艦隊が活動しており、アラビア半島周辺海域の警戒監視を続け対テロ戦争実施の一翼を担っている。海賊も麻薬もテロ集団の資金源となるため、その対策がCMFの枠組みに組み込まれている。

 CTF150はホルムズ海峡、オマーン湾、アラビア海、アデン湾、バブ・エル・マンデブ海峡、紅海、そしてスエズ運河でのテロ集団の各種活動を撲滅する作戦(海洋安全保障作戦:MSO)を実施中である。ペルシア湾でのMSOはCTF152が実施している。

 そしてCTF151は、とりわけ海賊など海洋違法行為が横行しているアデン湾とアラビア海における海賊や武装強盗団の取り締まりに特化した多国籍海軍部隊である。海上自衛隊は海洋哨戒機駆逐艦をCTF151に派出しており、2015年以降、三度にわたりCTF151司令官を海上自衛隊将官が務めている。

CMFによる抑止の限界

 CMFは、あくまでも対テロ戦争の一環であり、対イラン戦争、対中国や対ロシアの軍事的牽制というわけではない。そのため、海賊行為対処に特化したCTF151はもちろんのこと、MSOを実施するCTF150やCTF152といえども、国家レベルの強力なバックアップがある攻撃まで封圧するほどの強力な戦力を常に用意しているわけではない。つまり、アメリカ軍の枠組みの中での多国籍海軍という特殊な形でのCMFの仕組みが、アラビア半島周辺海域での反米勢力の活動を威圧し、抑止が効いている状態とは言えない状況である。

 実際に、過去2カ月の間だけでも、5月のタンカー攻撃、6月のタンカー攻撃、そして海洋テロではないものの安倍首相イラン訪問に合わせての空港攻撃など、テロ活動が頻発している。

 もし、それらのテロ活動が直接的あるいは間接的にイランの支援を受けていたのならば、今後もアラビア半島周辺海域での海洋テロ活動をアメリカ主導のCMFだけで押さえ込んでいくことは不可能といえよう。

 また、無人偵察機撃墜をめぐって、イランとアメリカの軍事的緊張が高まっているが、もしアメリカがイランとの開戦に踏み切りでもした場合には、イランの背後にアメリカの敵である中国とロシアが控えているだけでなく、トルコパキスタンイラン寄りのため、アメリカ軍は陸上航空拠点や補給拠点をイランの主敵の1つであるサウジアラビアに設置するしかなくなる。

 するとサウジアラビアに対するイラン、親イラン勢力、そして反米勢力(イランの敵は敵)による軍事攻撃やテロ活動が著しく強化され、ペルシア湾岸の原油積み出しは危殆に瀕することは必至だ。その結果、イランが国際社会の非難を受けるであろうホルムズ海峡封鎖などをあえて実施しなくても、ペルシア湾周辺からの原油の流れはストップすることになる。

 この場合、最大の損害を甘受しなければならなくなるのが日本であることは言うまでもない。

日本の3つの選択肢とは

 トランプ政権の政治的パフォーマンスにかかわらず、アメリカがイランとの開戦に踏み切る可能性は決して高いものではない。とはいっても日本としては、アラビア半島周辺海域での各種タンカーなどに対するテロ攻撃が今後も頻発することを覚悟しなければならない。

 それならば日本はいかなる軍事的防衛策を実施すべきなのか。日本政府には3つの選択肢が存在する。

 第1の選択肢は、自らは軍事的に何もせずアメリカに頼り切る、というこれまで通りの日本政府の常道である。

 第2は、海賊対処に特化したCTF151のみならず、より強力な軍事作戦を実施するCTF150とCTF152にも海洋哨戒機駆逐艦や高速ミサイル艇を派遣するという方策だ。ただし、CMFは多国籍海軍という体裁をとってはいるものの、総元締めはアメリカ軍であるため、CMFの戦闘部隊に戦力を派遣するということはアメリカの指揮下に入って完全にイランと対決する姿勢を強化することを意味する。

 この場合、先の安倍首相によるイラン訪問での平和を希求する言説は欺瞞ということになってしまう。その結果、日本は現在以上に国際社会の笑い者となって、もはや誰からも相手にされなくなる

 第3の選択肢は、CMFをはじめとするアメリカ軍の枠組みとは独立して自衛隊軍艦ならびに航空機をアラビア半島周辺海域に派遣して、冒頭で紹介したインド海軍のように独自に海洋パトロールを実施するという方策である。

なぜ政府は海上自衛隊を派遣しないのか

 国際法上認められている自衛権を何の疑義も生じさせずに発動できる軍事的危機は、日本領域に対する軍事侵攻や軍事攻撃だけではない。自国に関連する船舶に対する直接的危害はもとより間接的な危害も日本にとっては国益に対する軍事的危機である。

 日本から遠く離れたアラビア半島周辺海域での日本関連船舶に対する各種攻撃や、それらの船舶の通航ルートすなわちシーレーンに対する軍事的脅威に対しても、日本が自衛権を発動することは国際的に容認されている。というよりは、いかなる独立国においても、責任ある中央政府が果たすべき最低限の義務であると考えられている。

 幸い日本は、アラビア半島周辺海域で警戒監視活動を実施できる海洋戦力を保持している。2~3隻の駆逐艦オマーン湾に展開させる程度ならば、日本政府にやる気さえあれば十分可能だ。

 もっとも、ただでさえ必要額にはるかに及ばない防衛予算でこのような海外展開を実施するのは不可能である。燃料や食料その他作戦実施に必要な経費は当然国家予算の予備費から支出することになる。

 またCTF151のために、ジブチには海自の哨戒機を運用するための自衛隊基地が設置されている。したがって、CTF151での海賊対処活動とは独立した形で、海洋哨戒機アラビア半島周辺海域上空警戒任務のためにジブチに派遣することも可能である。

 もしも、このような「アラビア半島周辺海域への海上自衛隊部隊の派遣」をトランプ政権に強く言われたならば、日本政府は万難を排して実施するであろう。しかしながら、自ら進んで国益を守るために自衛隊を効果的に用いようという発想すらないのが日本政府の現状だ。災害救援活動だけが自衛隊の役割ではない。日本に対する軍事的脅威を除去することこそが自衛隊に課せられた本務であり、日本政府はそのような目的のために自衛隊を用いる義務があるのだ。

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