負傷を乗り越えオランダ戦で先発復帰 的確な分析を生かしてキーマンを封殺

 なでしこジャパン(女子日本代表)のMF長谷川唯(日テレ・ベレーザ)は、高倉麻子体制下で早々に主力となった。フランス女子ワールドカップ(W杯)での活躍を期待されたが、大会序盤で負傷し、グループリーグ第2戦、第3戦ではベンチスタート。負ければ敗退という決勝トーナメント1回戦オランダ戦(1-2)で、長谷川は先発メンバーに戻ってきた。

 もともと、高倉ジャパンには激しい先発争いがある。コンディションが一定以上になければ、出場機会は与えられない。睡眠時間を削って選手のケアを行ったフィジカルコーチ、アスレチックトレーナー。長谷川もその指示に従って、焦る気持ちを抑えて、我慢するべきところは我慢した。

「いろいろな技術が進歩してきていて、どれだけ疲労が溜まっているかなども、分かるようになってきています。こうした大会では大事な技術だと思います」

 ベンチでジリジリする時間は長くなったが、試合に出ているチームメートはそれぞれの気持ちをピッチ上で、ボールにぶつけて表現していた。それを見た長谷川も、大いに刺激を受けたという。そして、気力を再充填させた長谷川に、戦線復帰へのゴーサインが出された。

 オランダは欧州のトレンドである4-1-4-1システムを採用。長谷川が担当する左サイドには、チャンスメーカーのFWシャニセ・ファン・デ・サンデンがいた。チームはこれまでのオランダ戦の経験から、同サイドにいるインサイドハーフのMFジャッキー・グローネンが、ファン・デ・サンデンと連携することで、脅威を増していると分析していた。

サイドにもう1人出てきて、鮫島(彩)選手のところに2枚来られて不利なシーンが多かったので、鮫島選手とは『ボールが(自軍の)右サイドにある時にも、中に絞りすぎない』という話をしていました。『サイドで切るのか、中で切るのか』を、今日はハッキリできたと思うので、今までオランダと試合をしてきた収穫を、今日の試合で出せたんだと思います」

 なでしこジャパンの対応によって時間とともに輝きを失ったファン・デ・サンデンは、試合途中でピッチを去った。

オランダの歓喜をかき消すブーイング それでも長谷川は甘えず、前を向く

 守備から流れを引き寄せるきっかけを作った長谷川は、決定機でしっかりと仕事をした。1点ビハインドの前半43分、流れのなかでゴール正面に残っていた長谷川は、オフサイドライン手前のポジションでフリーの状態を作り上げ、FW岩渕真奈(INAC神戸レオネッサ)からのラストパスをしっかりとコントロール。グループリーグ第1戦アルゼンチン戦で迎えたチャンスと同じようなエリアだったが、目の前に人の壁があった初戦とは「全然違った」と振り返る。冷静にオランダのゴールへと蹴り込み、試合を振り出しに戻した。

「自分の得意な位置でした。オフサイドギリギリだったと思いますが、あのシーンでは本当にいいボールが出てきたので、最後に決め切るだけでした。あのシーンはチームの連動でできたシーンなので、みんなに感謝したいと思います」

 同点弾が決まる前も、1点のビハインドを背負っているとは思えないほどオランダを苦しめていたなでしこジャパン長谷川のゴールは、その流れを決定づけた。数で勝るオランダサポーターが手拍子を忘れるほどに、なでしこジャパンの選手たちは最終ラインから前線へきれいにボールを運び、そしてシュートを放った。しかし、クロスバーやGKサリ・ファン・フェーネンダールのスーパーセーブによって、ゴールを割ることができない。

 不運なPKを与えたシーンで起きたフランス人観客によるブーイングは、タイムアップの瞬間、さらに大きな声量のブーイングとなって、勝者オランダの歓喜の声をかき消した。勝てるゲームを落としたという事実を、一瞬でも忘れさせるくらいの衝撃だ。それでも長谷川は甘えることなく「最後の場面で決め切ることができなかったということは、突き詰めて考えないといけない」と悔やみ、前を向く。

「世界をちょっとは驚かせた」――。そう感傷に浸ろうとする外野など、周回遅れにするようなスピード感が、そこにはある。なでしこジャパン長谷川は、すでに東京五輪に向けたスタートを切っている。(西森 彰 / Akira Nishimori)

なでしこジャパンMF長谷川【写真:Getty Images】