THA BLUE HERBが7月3日、通算5枚目となるアルバム『THA BLUE HERB』をリリースする。前作からおよそ7年、セルフタイトルを冠した本作は2枚組で全30曲、150分を超える大作に仕上がった。SPICEでは初となる彼らの撮り下ろしインタビューを、前後篇にわけて公開。前篇となる今回は、アルバムに至る背景と精神、その全体像を紐解いていく。

——THA BLUE HERB(以下、TBH)の5thアルバム『THA BLUE HERB』は、ジャパニーズヒップホップシーンに新たな金字塔を打ち立てる内容だと思います。今作は強烈にヒップホップでありながらもそこに留まる存在ではないと改めて感じたし、今のTBHをより多くの人に感じてほしいと思いました。BOSSさんもオフィシャルサイトのMONTHLY REPORTで相当な手応えを匂わせていましたが、今作の何がBOSSさんをそこまで思わせたんでしょうか。

BOSS:一昨年、結成20周年を迎えて、野音(日比谷野外大音楽堂)で大きなライブをやらせてもらって、そこで20年分のストーリーのけじめをつけられたから、そこで前期は終了、みたいな感じだったんだよね。これまでPHASE1、PHASE2……と謳って活動を区切ってきたけど、もっと大きな意味では、これまでのアルバム4枚で起承転結をつけられたし、ここからはキャリア中盤の第1歩っていうふうに考えてたんだよ。

——なるほど。

BOSS:『TOTAL』以降、ソロアルバムも出したし、ライブも沢山やったけど、この7年間で日本のヒップホップが広がって、プレーヤーもたくさん増えて、新しいリスナーもどんどん増えてきた。そういうなかで俺はBRAHMANだったりOLEDICKFOGGYだったりと一緒にやらせてもらったけど、それは全部TBHではなく、俺個人のフィールドでの話だった。しかも、そこで初めて俺のことを知った人たちが「TBHってどういう人たちなんだろう?」って思ったときに、観たり聴いたりできるのは2012年の『TOTAL』以前の音源しかない。だから、昔のことも今のことも、俺らの実力も、ヒップホップや日本に対して思うことも、全方向でがっつり表現して、「俺らはこういう人間です」っていうのを改めて出したいっていう気持ちが強かったんだよね。

——そして今回、それを全て出し尽くせた。

BOSS:そうだね。今日の段階ではこれ以上はないと思う。

——O.N.Oさんの手応えはいかがですか。

O.N.O:さっき、「ヒップホップに留まらない」っておっしゃってたけど、元々そこだけには留まってないっていうところを改めて出せたんじゃないかと思う。

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

——『THA BLUE HERB』は、今の時代を生きる人々に寄り添った作品だと感じたんですが、いかがでしょうか。

BOSS:そうだね。さっき、「全方向」って言ったけど、大事にしたいのは普段の生活の、なんとなく流れていってしまうような出来事のなかにもすごくドラマチックなことがあって、そこをちゃんと表現してみたかったっていうこと。日々、普通に生きているけど、みんないろいろ抱えてるし、世の中でいうニュースではないことでも人それぞれに日々事件は起こってるし、「生きてればいろいろある」っていうことを表現してみたかった。

——今作では、悲しいこと、腹立たしいこと、やるせないことといった様々なストーリーが展開していますが、作品全体から受ける印象はとても温かくて、愛が感じられるんです。そう感じた自分が聞くのもおかしいですけど、それってなぜだと思いますか?

BOSS:たしかに、惨めで、悲しくて、やるせないことを歌ってはいるんだけど、そういう境遇にいる人たちが聴いて、「あ、これ、俺のこと言ってんじゃん」ってなったとしてさ、リリックって、惨めさややるせなさ、悲しさというものから逃れようがないぐらいリアルな描写をするんだけど、それでも最後には「俺のことだ」って思った人のことをアゲなきゃダメなんだよ。「やるせない。でも、前に進んでいく」っていうさ。この「でも」が重要なんだ。

——なるほど。

BOSS:そうやって人のことをアゲるのがヒップホップだと俺は思ってるし、それはヒップホップの基本のひとつなんだよね。最後は絶対に希望や未来につながるように、言いっ放しにはしない。

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

——話は遡りますが、前作『TOTAL』をリリースしてから今作までの7年間は、お2人にとってどういう時間でしたか?

O.N.O:毎日音楽を作って、全国を回ってた。だから、何年ぶりっていうのは本当に意識してなかったし、日々、家族を守る生活をしてたよ。

BOSS:俺はソロアルバムを作ってたし、忙しくライブをやってるうちに気付いたら7年経ってたって感じ。いろんなところに顔を出して楽しんでたよ。

——BOSSさんにとってはパンクシーンに深く入り込んだ期間でもあったのかなと。

BOSS:そう見えるかもしれないね。でも、自分からあのシーンに行ったっていう意識はないよ。入っていこうと思って入っていったとかじゃなくて、やる事をお互いにやっていたら自然と繋がってった感じだと思う。彼らとの付き合いで得るものは本当に多いよ。311以降は勿論、彼らがやってることには大義があったから、俺も手伝わせてほしいと思ったことがたくさんあった。そこは素直に勉強させてもらったよ、本当に。

——どんなものを得たんでしょうか。

BOSS:彼らがやってることを見ちゃったら、やっぱり世界は広いし、彼らはもっと大きなチームで大きいことを回してるって気づいてしまう。しかも、テレビに出てタイアップを取るっていうことが一番じゃなくて、DIYっていう俺らがずっと続けてきたことの延長線上にあることをやってる。そこはすごく勉強になったし、俺らもこのまま進めばいいんだっていうことを再確認するのと同時に、自分たちの世界をもっと広げるにはどうしたらいいのかっていうことも考えさせられた。

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

——深いところでパンクシーンと共鳴する部分もたくさんあったと思うんですが、現場で見かけるBOSSさんはいつも楽しそうなのが印象的で。

BOSS:いつだって楽しんでるよ。俺らは自主制作だし、自分のやりたいことは自分で決めるから、楽しめない事はやらないし。音楽は義務でやってるわけではなくて、自分が楽しむためにやってるから。でも仕事だし、誘われたら行く場所もあるけど、その後、2回目、3回目って続けて行くのはそこが楽しいから。だから、楽しいっていうのはマストだね。俺自身が楽しいと思えないところに俺は絶対いないよ。

——今の話を聞くとなおさら、今作収録の「MAKE IT LAST FOR...」にある<ヒップホップを愛し、距離を置くシーン>という一節が気になります。これはヒップホップのシーンは楽しいと思わないということですか?

BOSS:シーンを全否定するわけじゃないけど、1時間半のライブで勝負できるアーティストは自分が知る限りは殆どいないと思う。だけどパンクやバンド界隈にはそういう連中がマジでゴロゴロいる。みんな、本気で1時間半のライブをしてる。しかも、今日だけじゃなくて明日もやるし、それをずっと続けてるじゃん。

——確かに。

BOSS:さっき言ったように、俺は俺のやりたいことをやるし、俺は俺が面白いと思うところに行きたい。そう考えると、ああやってお客と1時間半向かい合ってやってる奴らと同じ土俵で勝負したいって思うよ、俺はね。

——至ってシンプルな考え方なんですね。

BOSS:もちろん。自分を成長させたいからね。

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

——ところで、TBHって自主制作で20年以上活動を続けていますけど、これって実はとんでもなくすごいことですよね。

BOSS:意外と他にはいないからね。バンドにもDIYな人達は多いけど、作品が出るのがメジャーだったりもあるしね。それに対してとやかく言うつもりはもちろんないけど、そこは決定的に違うよね。別にポリシーがあってやってるわけじゃなくて、こっちのほうが自由だし、人に指図もされないし、今となっちゃそれが自然だね。

——ただ、20年以上も維持するってかなり大変なことだと思うんです。維持させるためには定期的に音源を出したり、グッズを作ることが大事になってくる。だけど、TBHの場合はそうじゃないですよね。

BOSS:たしかにそうじゃないね。多分ね、できる範囲のことをやってるんだと思う。音源を定期的に出したり、グッズをたくさん作るっていうのも人がたくさんいたらできるけど、俺らは3人でできることをやってるって感じだよね。音源を作るペースに関しては、アルバムとなると4年間ぐらい生きないと自分のなかに溜まるものがないし、成長もしない。グッズも俺のできる範囲でやってるって感じだし、そこに重きは置いてない。それよりもライブだね。

——そのほうが精神衛生上もいい。

BOSS:そうかもね。毎回、O.N.Oと曲を作り終わったあと、未だに「今度こそ売れるだろう」っていう話をしてる。それは20年前から変わらない。1枚目は思わなかったけど、2枚目からはずっとそう言い続けてる。ずっと渇望してるというか、聴いて欲しがってるというか、売れたがってる。

——そうだったんですね。

BOSS:でも、それと同時にね、俺は俺の自由な生活を侵されるのがすっげえ嫌なの。そういう気持ちも同時にあるわけ。そのちょうどいいバランスが今、俺らがやってることだと思うんだよね。これがアンダーグラウンドってヤツだよ。

——なるほど。

BOSS:雑誌だったり媒体の人達も20年間ずっと来てくれる人がいて、こうやって(SPICEみたいに)初めてインタビューをやってくれる人も現れるわけ。逆に、かつては来てくれたけど、もう来なくなった人もいる。そういうのが俺らにとって一番いい状態なんだと思う。アンダーグラウンドで好きなことやってんだよって言いながらも、そういう姿勢に共鳴してくれたり、見つけてくれたり、また戻ってきてくれたりする人たちがいるわけ。それはお客ももちろん、さっき話したようなバンドの連中とか、こうやって俺たちのことを広めてくれる人たちがいるんだよ。だからこれがベスト。そこに関しては十分足りてますって感じ。

<後編へ続く>

取材・文=阿刀“DA”大志   撮影=西槇太一

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

THA BLUE HERB 撮影=西槇太一