メソポタミア文明が誕生した巨大湿地帯に、豪傑たちが逃げ込んで暮らした“梁山泊”があった! 辺境作家・高野秀行氏は、ティグリス川とユーフラテス川の合流地点にあるこの湿地帯(アフワール)を次なる旅の目的地と定め、混沌としたイラクの地へと向かった。

 現在、「オール讀物」で連載中の「イラク水滸伝」では書き切れなかった「もう一つの物語」を写真と動画を交えて伝えていきたい。

◆ ◆ ◆

 バグダードを離れ、私たちは南部の湿地帯へ向かった。

 まず訪れたのは、イランとの国境地帯にある東部湿地帯。かつてはイランイラク戦争の激戦地だったが、現在は水鳥の楽園となっていた。そして、その裏では非合法活動も盛んらしい……。

ティグリス川支流のカハラー川を下る

 国境付近の町アマーラからタクシーで東部湿地帯を目指す。近くに油田があり、盛大に炎を吹き上げている。この油田の火は昼も夜も湿地帯から見え、方向感覚を失いやすい湿地帯における最大の目印となっている。

 警察のチェックポイントでパスポートを預け、地元の村人の舟でティグリス川支流のカハラー川を下っていく。建前は写真撮影禁止だが、地元の人曰く「気にすることはない」。

戦没者が多数眠る巨大な湖へ

 川辺でくつろいでいる地元の村の人たちに出会った。彼らは湖ではなく川辺に住んでいる。何かをアピールしているらしいが、よくわからなかった。

 現れたのは巨大な湖(人物は案内役のハイダル君)。これでも今は水量が少なく、深さはたった30~50センチ。かつてはここがイランイラク戦争の激戦地で無数の遺体が沈んでいるという。

 この舟の方向(東)へまっすぐ数キロ進むとイラン国境。といっても湖の上なので国境線はないどころか、警察や軍のチェックポイントもない、まさにフリーゾーン。フセイン政権時代、この湖は反政府勢力が武器を密輸したり、政治犯がイラン側を経由して外国に逃げるために使われた。今はイランからドラッグの密輸が盛んだという。アフガニスタンで作られたヘロインイラクへ流入しているのだ。運んでいるのは地元の村人であり、ここでも水滸伝世界は続いている。

かつての戦争激戦地は、水鳥の天国となっていた

 人が住んでいないため、ここは水鳥の天国。特に多いのはカモメペリカン。ただ人が近づくといっせいに飛び立ってしまう。

 湖の周囲や中洲には葦がびっしり生えている。葦と言ってもいろいろな種類があり、大きなものは高さ8メートルにも達する。

 葦の浮島に上陸して昼食をとろうとしたら、毒ヘビが出現して、あろうことか私たちの舟にすべりこんだ。同行していたイラク人ナチュラリストがそれを捕獲。マムシ系のヘビらしい。ここは水鳥だけでなくヘビの天国でもある。

野趣あふれるランチ「鯉の円盤焼き」をいただく

 ここでも御馳走は鯉の円盤焼きだが、調理法は都市部よりずっとワイルド。捌いた魚を水で洗わず、血だらけのままで塩を塗り込んで焼くのには驚いた。

 燃料はそこらに生えている葦。強火の近火でぼうぼう焼く。

 野趣あふれるランチ。鯉は意外にも全く血生臭くなく、いつものように美味しかった。

 今は平和で雄大な自然を楽しめる場所だが、万一、アメリカイランに侵攻しイランの現政権が倒れたら、政府軍の将兵や政権支持者がこの湖になだれこむのは必至だ。ここを拠点として反米活動を行ったり、イラク側へ逃げたりするだろう。湿地帯は常に敗れた者の味方であり、水滸伝の場なのである。

(「イラク水滸伝」本編は『オール讀物』2019年7月号で連載中)

写真=高野秀行

(高野 秀行)

炎が目印になっている