前作の短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』がサンダンス映画祭ショートフィルム部門を受賞し話題となった長久允監督の長編デビュー作『WE ARE LITTLE ZOMBIES』が現在全国公開中。それを記念して6月22日(土)大阪のブックカフェバー『ワイルドバンチ』で公開記念イベントが行われ、長久允監督とコピーライターの田中泰延が登壇。本作の魅力を解説しながら、監督自身の原点にも迫るトークショーが開催された。

監督の長久允

『WE ARE LITTLE ZOMBIES』は両親が死んだのにもかかわらず泣くこともできない、ゾンビのように感情を無くした少年少女が音楽バンドLITTLE ZOMBIES』を結成。彼らの音楽を通しての冒険が描かれる。第35回サンダンス国際映画祭で審査員特別賞・オリジナリティ賞を受賞、また第69回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門スペシャル・メンション(準グランプリ)受賞するなど話題となっている本作。

長久は今回この2つの映画祭で受賞して、それぞれの国で両極端な捉えられ方をして驚いたという。「サンダンスではセリフ、トーンなどが全てが新しいブラックエンタメとして受け入れられていて、こちらとしては笑わせる気持ちのない冒頭のパスタシーンから爆笑の渦に包まれた」と回想する。田中は「火葬するわれわれとはどこか違う『死』に対して異次元なものとして見えるのでは」と話した。一方ベルリンでは「哲学思想を内包した文芸芸術」という評価のされかたをしたという長久。「インタビューでもカミュカフカの不条理もの、『死』についてどう捉えているかなどを聞かれることが多かった」という。この2つの映画祭のエンタメ性と文芸芸術としての対極とも言える評価に長久は「とても光栄なこと」と話す。

長久と田中はともに電通に勤めていて先輩と後輩という間柄。長久のそんな経歴から、本作の豪華出演陣のことを「電通っぽいキャスティング」と揶揄する意見があってショックだったという。長久は「13年プランナーとして働いてきたけど、タレントとの知り合いはいない」と話す。田中も「プランナーはタレントと会話しないように心がける仕事で、全てディレクター任せ」とこれに同意。長久は自分の希望にあったキャストに直接手紙を送り、少ない予算や撮影日数のなか調整して口説いていったと語り「電通出身でこんな格好をした人間なので色々思われることもあるだろうけど、出てくれた方の名誉のためにこれだけは言いたかった」という。

田中はその出演陣の中で特に池松壮亮が「度を越して演技がフラット」と称賛。昨年公開された池松主演の映画『君が君で君だ』を振り返り、本作との共通点である『女1人と男3人』という構造的な切り口だけでなく最終的なテーマに踏み込んで話し「去年から今年にかけてこういう映画監督が世に出て素晴らしい」と両作を絶賛した。

さらに田中は本作の主人公4人に対して前作『そうして私たちはプールに金魚を、』に通ずるような長久の演技指導を指摘。長久は過剰な演技が苦手であると話し「僕らの人生でオーバーに泣くこともないし、日常って何かと棒読みなことが多い」とそれに耐えうる役者を選んだのだという。中でもイクコ役の中島セナを説得したエピソードを披露し「初めて会ったとき1時間くらいは口も聞いてくれなくて『気持ち悪い大人が説得する姿』に冷たい視線を注いできていた。その嫌そうな彼女が逆にイクコのキャラに当てはまっていった」とゾクゾクしたと話し笑いを誘った。

またの本作の内容だけでなく『長久監督の作っているもの』として監督を魅了した作品を一つずつ紐解いて、その創作の原点にも迫る本イベント。映画では『ラ・ジュテ』『お早う』『青春の殺人者』『オズの魔法使い』『気狂いピエロ』『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』『ダウン・バイ・ロー』『アンダルシアの犬』『白昼の通り魔』『日本春歌考』『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』『3-4X10月』音楽ではスチャダラパー電気グルーヴカミュの小説『異邦人』が挙げられた。

『ラ・ジュテ』はモノクロ写真を連続して見せていくSF映画。田中は「これは映画というより、ただのスライドショーですよ」と冗談交じりに紹介。長久はこの作品の1カットだけ存在する動画のシーンに触れて「SFというよりも、そのシーンから感じたその瞬間だけ生きているような『何故生きるのか』という問題を想起した」と話し、完璧なオマージュにも試みたという。

『青春の殺人者』では主人公が親を殺すシーンを挙げて「このシーンで何故かカタツムリズームするけど、人生の大事な瞬間とは言語化できないものだったり、意味が明瞭ではないものなのでは」と感じているのだという。学校のプールに400匹の金魚を放流した実際の事件を描いた前作『そうして私たちはプールに金魚を、』を製作した際も、少女たちが「一緒に泳ぐと綺麗だと思った」という供述を聞いて「そうじゃない複雑なものがあるはず」という思いがあり、その言葉にできない部分を描きたいのだと語った。

また『気狂いピエロ』を挙げて長久は「ユーモアとポエティシズムとその先にあるジャンリュック・ゴダール監督の強い意志」が好きな点であると答え「大島渚監督にも通じるところで物語の流れを遮断してまで入ってくる監督の思想が入ってくる作品」に惹かれるという。大学でフランス文学を学んでいたという長久は「小説を研究していると、モノを書いてるのは筆者なので、やはりそこには思想が反映されるということに気づいた。ボリス・ヴィアンの『心臓抜き』を読むと、どこまでも作者の悩みが投影が書かれていて、それを考えるのが面白い」と話した。

最後に田中は写真家のワタナベアニの言葉を紹介『どんな人も最後は死ぬわけで。人間というスイッチは、生まれる死ぬ、の、オン/オフしかない。その「パチッ」という2回の音の中間に、泣いたり笑ったり怒ったりしている。』続けて「そのオンオフする人生の中ででできるだけ多くの輝くイベントを残すしかなくて、それを形にするのが映画だったり、芸術になる」と本作の言葉『生きてるくせに死んでんじゃねえよ。』に繋げて語る。さらに田中は「この言葉は『死んでるみたいに生きてもいいよ。』という言い換えも可能なのでは」と話し、輝く瞬間がなくても生きているだけでも大事なことだと熱く語った。

また長久は映画を作る意味を振り返り「社会で働いていた時に『覚醒する瞬間』というのがなくてまさにゾンビのように感じていたことがあって、映画を撮って作っているという行為で人生が覚醒することができた。『生きてるくせに死んでんじゃねえよ。』という言葉は作る前の自分に向けた言葉でもあるし、田中さんの言う通りそうじゃない人生も否定したくない。何かをしたから立派なのではない」と話す。『WE ARE LITTLE ZOMBIES』での「主人公が成長していないのでは」「現実と向き合っていない」というレビューに対して長久は「そのままでいい」ということを伝えたいという。「人間は社会の承認を得ずとも、誰かに何かを言われたり命令されなくても良くて、そんな優劣をつけるべきではない」と悩める若者に提言。「その人たちが救われてほしい」と本作に詰め込んだというメッセージを明かした。(関西ウォーカー・桜井賢太郎)

映画『WE ARE LITTLE ZOMBIES』のトークショーが行われた