伊東 乾(東京大学大学院情報学環)、八塚 友紀(東京大学客員研究員・オーストラリア公認会計士補)

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 6月18日フェイスブックは新しい仮想通貨Libra」の構想を発表し(https://libra.org/en-US/)世界中に波紋が広がっている。

 他方、日本ではG20大阪サミットが開催され、各国政府ならびに中央銀行首脳が一堂に会し「国境を越えた自由なデータ流通の枠組み」(大阪トラック)が議論されるはずだった。

 また並行して仮想通貨をめぐる国際的なルール作りを検討するV20も開催されている。

 だが、G20が発表した「大阪宣言」にフェイスブックによる「国境を越えた自由な金融の枠組み」案であるLibraへの言及はなく、V20でも実質ある議論はほとんど見られなかった。

 Libraに関して、フェイスブック側は地球上全人口の31%に及ぶ17億人を救うと主張する。これに対し米国議会は、ドルに対する脅威として直ちに開発そのものの停止を求めた。

 各国マスコミで様々な論評がなされているが、その多くは表層的で、理論的な根拠に基づく本質の議論はほとんど目にしない。

 筆者らの研究室は2015年から、ハーバード大学ケネディ校の故・カレスタス・ジュマ教授とのコラボレーションで、暗号資産を用いたアフリカ貧困撲滅の理論研究を進めてきた。

 こうしたシステムの持つ主要な問題点については、すでに一通りの検討を完了している。

 そこで本稿ではその観点から今回提案されたLibraの構想を検討し、メリットリスクの両面を指摘してみたい。

1 Libraは実際に流通する可能性
ビットコインと何が違うのか?

フェイスブックLibraが全人口の過半数をカバーする?

 フェイスブックの参加者は全世界で24億人近くに上るとされる。これは、同社のLibraにおける概算に即して考えるなら、全世界の成人人口の41%近くに当たり、それだけの人々の個人情報、関心や個人関係などを同社は一元的に把握していることになる。

 いわゆるGAFA、すなわちグーグルアップルフェイスブックアマゾンドットコムに代表される巨大ネットワーク企業が、知識集約型社会における覇者とみなされるゆえんである。

 Libraホワイトペーパーによると、銀行口座と金融ネットワークから疎外された17億人の人々が全成人人口の31%に上ると見積もられている。

 ここからフェイスブックLibra提案の本質が見て取れる。

 すなわち、上記のグローバルな個人情報把握網を、さらに各人の経済活動詳細まで含む形で24億+17億-共通部分(約5億人程度?)=約36億人規模まで拡大する、巨大な「情報の囲い込み」である。

 同社の先ほどの計算に従えば、これは全成人人口の65%、過半数を占めることになる。

 AI倫理、ならびにビッグデータ倫理の観点から第一に指摘せねばならないのは、

「(フェイスブックのような)プライベート・セクター(私企業)が排他的に、全人類の過半数に及ぶ金融情報を独占することは許容されるか?」

という点であろう。

 これに関してフェイスブックは「独立した非営利組織」をスイスのジュネーブに置き、それがLibraを運営するから大丈夫、としている。

 だが、米国下院のマキシン・ウオータース議員は告知直後に「フェイスブックとそのスタッフスイスに行かせてはならず、米ドルのライバル作りに着手させてはならない」と緊急の声明を発表した。

https://www.coindesk.com/rep-maxine-waters-says-us-cant-let-facebooks-libra-compete-with-the-dollar

 このような米国の即時反対も念頭におきつつ、私たちはアカデミックな観点、理論的な見地に立って以下の検討を行ってみよう。

 まず最初にLibraビットコインなどの既存の暗号通貨と本質的に異なる点を示そう。

 これについて先に結論を述べるなら、ビットコインなどの暗号通貨は「通貨」として流通することがほぼ不可能であるのに対し、Libraは通貨として流通することが期待される。

 ビットコインLibraの最大の違いは、分かりやすく言えば「マイニング」の有無にある。

 ビットコインは利潤動機に基づくマイニングの競争があり、これを制するために投資額(実質的には電気代)が増大する(また、これに伴って莫大な電力が消費され、環境への負荷も批判されている)。

 マイニング投資の増加に応じてコインの市場価格も上昇するが、そのような価格上昇が運命づけられているコイン市場に投機的な資金が流入すると、ビットコインの価値は乱高下してしまう。

 ビットコインはボラティリティ(価格変動性)の高い一種の証券と考えることができる。

 翻ってLibraにはマイニングの競争がない。無用の環境負荷もなく、結果的に価値の変動幅も少ない。

 出資者は「Libra reserve」と呼ばれる準備金を提供することで一種の「seigniorage(シニョリッジ=通貨発行益)」というべき安定した運用益を手にするビジネスモデルになっている。

低ボラティリティLibra、乱高下するビットコイン

 こうした両者の本質的な違いを理解するべく、以下では基礎理論に立ち返り、岩井克人教授の議論に従って通貨の基本的性質を示そう。

通貨の基本則 : 「通貨が流通するためには、取引価格が額面の価値を上回ったり、投機的な価格の乱高下があってはならない」

 通貨として流通するとは、それを用いて物品やサービスが購入されることである。

 流動性がなければ通貨としての機能は失われる。ローマ時代の金貨のように、もし古銭商品としてのコインの価格がその額面よりも高価であれば、人は誰もそれをお金として使うことはない。

 また、いくつかの例外はあるものの、基本的に銀行は、材料原価が額面より高額となる貨幣を発行しない。

 いま特定の「コイン」を今日1ドルで購入し、来月2ドルに値上がりすることが期待されるなら、人はそれを用いて物品を購入しないだろう。1か月待って、2ドルに値上がりした時点で売却するのが普通の価値判断だろう。

 また「コイン」の値が下落し、元値である1ドルより下がりそうであれば、売却して損害を極小に抑えようとするはずである。

 値上がり、値下がり、いずれの場合においても「コイン」が交換される対象は「貨幣」であって、商品やサービスではない。

 つまり、「コイン」自体が証券商品にほかならず、通貨として社会に流通して商品やサービスの交換を媒介することはない。ボラティリティが高いコインは、通貨として流通することができない。

 ここから、暗号通貨に関する「岩井の基本則」が導かれる。

<投機商品となった暗号通貨は、貨幣として流通することはない>(岩井2013)

 これに基づいてLibraの特徴を検討してみよう。

 フェイスブックが提案したLibraは、投機商品化して貨幣としての性質を失わないよう「実在の資産の<リザーブ>による価値の裏づけを行う」としている。

 安定した換金可能性によって、Libraの保有者はデジタルカレンシーと各国中央銀行が発行する通貨とを安定したレートで交換でき、投機的な値上がりはしない、というのがLibra協会側の主張である。

 形を変えて言うなら、Libraは基軸通貨になりうるということでもある。これはのちに触れる重要なポイントでもある。

 これはある意味で画期的な提案である。ビットコインなどの従来の高ボラティリティ暗号通貨では、このようなことは全く不可能だった。

 私たちがハーバード大学アフリカ経済成長と貧困撲滅を企図するポストブロックチェーン開発に取り組んでいたとき、MIT(マサチューセッツ工科大学)を筆頭にボストンのいかなるコイン関係者も、私たちの取り組みに興味を示すことはなかった。

 彼らには資産経済ベースの短期的な営利モデルが見出せなかったからだ。

 Libraが適切に流通するようになれば、21世紀のグローバル金融システムから疎外された17億人がネットワークリンクすることができる。これと並行して、まず間違いなく実体経済の成長を期待できるだろう。

 この点も、もっぱら資産経済を念頭におく旧来の金融商品としての仮想通貨ビジネス明らかに性質を異にするところである。

 Libraにグローバルな実体経済成長に資することがあれば、大変望ましい可能性といえる。

 だが、これと同時に「リザーブ」された財貨を価値の裏づけとする、というLibraの基本設計は「本位通貨」への先祖返りという側面を持っている。

 Libraは一種の兌換紙幣として成立しているのである。このリスクを次に検討してみよう。

2 Libraの本質的リスク:本位通貨制への先祖返り

 19世紀初頭、ナポレオン戦争の混乱収束直後の英国に始まる金本位制は、社会経済のグローバル化と成長に大きな役割を果たすとともに、準備高によって通貨発行量は制約を受けた。

 1929年の大恐慌は本質的に「金不足」が引き起こしたものと考えてよい(同様に2008年リーマンショックは「ドル不足」が引き起こしている)。

 大恐慌後の社会経済の立て直しに、ジョン・メイナード・ケインズの思想が影響を与えたことは周知である。

 米国ではフランクリン・ルーズヴェル大統領指導下で「ニュー・ディール」の諸政策群が進められた。

 第2次世界大戦末期、戦後の国際経済秩序復興に向けたブレトン・ウッズ会議で、ケインズは「金」を価値の裏づけとすることを本質的に否定する。

 協力者であるエルンスト・シューマッハーの構想をもとに、1970年代以降に一般化する「管理通貨制度」のもととなる「ケインズ案」を提出するが、ルーズベルト政権の財務次官補ハリーホワイトプランに敗れてしまう。

 このようにして成立したのがIMF(国際通貨基金)体制である。

 IMFでは、各国が拠出した金地金と各国通貨の「リザーブ」によって価値の実体との紐づけがなされ、ならびに為替の安定化が図られた。

 この停滞的なIMF体制では戦後の高度成長を支え切れなかった。

 1971年のニクソン・ショックによって金本位制は最終的に終焉を迎え、今日の管理通貨制度がグローバル経済を支えている。

 Libraが貨幣として流通するためには価値~価格の安定が必要不可欠だが、そのために「本位通貨制度」を採用することは、歴史の示す多くのリスクを引き受けることも意味する。

 Libraは兌換紙幣であるから、いったん信用不安が発生すると、古典的な「取付騒ぎ」が引き起こされかねない。

 その他、本位通貨制度のもつ様々な制約がLibraにも課せられねばならない。

 またインドなど一部の国の法律では出資法違反に相当しうることもすでに指摘されている。

 この点はまた、以下の第3の論点とも深く関係している。金兌換紙幣としてIMF体制の足かせとなった米ドルとの関係である。

Libra は“兌換仮想通貨

3 なぜ米国はLibraを恐れるか?
基軸通貨からの転落

 現実のLibraシステムには、ホワイトペーパー(https://libra.org/en-US/white-paper/)などにも示されるように、様々な工夫が見られ、また問題も指摘できる。

 多くは別論とし、以下では最も本質的な論点に絞って検討したい。米国下院のウォーターズ議員は、Libra構想が発表されるやいなや、ただちに開発の停止を求め始めた。Libraに対しては

「消費者の保護」 「マネーロンダリングの防止」 「プライヴァシー侵害の予防」

 といった観点からの批判があるが、これに対してフェイスブック側は、フェイスブック個人情報Libraの情報とは厳密に峻別する、などとして安全性を強調している。

 だが、筆者らは問題の本質がこのようなところにあると考えない。

 問題を20世紀以来のグローバルな貨幣システムから検討し直してみよう。私たちは再び、第2次世界大戦末期のブレトン・ウッズ会議に注目することにしょう。

 ケインズは金地金を含むコモディティに価値の裏づけを求める通貨システムに本質的な疑問を持っていた。

 だが、ブレトン・ウッズで現実に採択されたのは金地金を温存する米国由来のIMF案で、しかもそこには金との兌換が可能な唯一の通貨としてドルが選ばれる「ドルの基軸通貨化」による固定相場制が謳われていた。

 IMF体制はやがて戦後の高度成長経済を支え切れなくなり、ニクソン・ショックをもって廃止されるが、ニクソン・ショック以後の管理通貨制度でも実質的なドル基軸の状況は温存されている。

 そのドルが不足することで、2008年のグローバル金融危機が引き起こされたことにはすでに言及した。

 そしてこの2008年の破綻を受けて、中央銀行が独占する通貨発行権を否定し、信用不在(Trustless)のピア・トゥ・ピア・ネットワーク決済システムとして提案されたのが、サトシ・ナカモト名義によるビットコインでありブロックチェーンシステムだった。

 米国にとってLibraが脅威であるのは、米ドルのグローバル地域通貨としての地位を奪いかねない点にある。

 おりしも米国共和党現政権による保護主義的な諸政策が進んでおり、自由貿易の担い手としての米国、グローバル基軸通貨としてのドルの地位は揺らぎを見せ始めている。

 興味深いことに、今回のLibra提案に賛同する企業群を見渡すと、圧倒的に多くが米国系であることが分かる。

 ここから逆説的な状況を読み取ることができるだろう。

 つまり2019年Libraは、2008年サトシ・ナカモト名義で示されたのと別の形で、米国の内側から「トラストレス」つまりFRB(連邦準備制度理事会)や米国財政当局への本質的な疑義が突きつけられてもいるのである。

 実際、米国には20世紀に入るまで中央銀行に相当するものは存在しなかった。通貨発行益を中央銀行が独占することには、強い疑問符が呈示されている。

 Libraをめぐる問題には、巷間議論されるような水準ではなく、本稿に入口を記したより以遠の深く本質的なメリットリスクとが含まれている。

 フェイスブックLibraが極めて多くのAIの倫理的責任を問われていることは間違いない。

 私たちは「国境を越えた自由な金融データ流通の枠組み」に関する基本システムの理論的準備を整えており、これらについては稿を改めて議論することにしたい。

Libraは基軸通貨ドルの地位を脅かす

 なお、本稿に記したような基本に関しては、国際的に確立されたテキストがいまだ十分に存在しない。

 現在筆者らが準備している「暗号資産と21世紀の資本主義」(東京大学出版会:近刊)は、そのような状況下で、標準テキストの役割を果たすことを期待して刊行するものである。(20th. June 2019 / 30th June 2019 revised)

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