(廣末登・ノンフィクション作家)

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 前回、「50人以上の男を率いた車窃盗団「女ボス」の素顔――少女はいかにして『ワルの階段』を駆け上っていったのか(前編)」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56597)という記事を書いた。

 前編では、生育環境や仲間集団等の社会的諸力が、いかに子どもの将来に影響を与えるかという視点で、主人公・亜弓さんの少女時代から青年時代までのエピソードを紹介した。しかし、まだ被害額1億円以上というスケール感には及ばず、泥棒としては熟練レベルに達していない駆け出しのところで筆を擱いた。

 今回は、地道な調査・研究を終え、車泥棒をシノギとする窃盗団のボスになった亜弓さんの破天荒な日常と、知られざる窃盗団の内情を激白する。

 もっとも、反復的犯罪は大きなリスクを伴い、逮捕と隣り合わせである。彼女の場合も例外ではない。背後を振り返る用心に努めた甲斐もなく3回も刑務所の中に落ちた。しかし、ボスにはボスの役割がある。亜弓さんは、子分や顧客という周囲の役割期待を振り切ることが難しかった。

 窃盗団首領としての「活き腰」を逓減させつつも、更生できなかった亜弓さんの負の連鎖を断ち切り、悔い改めさせ、一児の母として足を洗わせたのは「法」ではなく、ひとりの男性であった。その想像を絶する道程を、以下で紹介したいと思う。

車泥棒のための自学自習

 車を盗むには、車のドアを開けないといけないが、セキュリティの存在が厄介だ。大音量アラームに威嚇されたら、退散したくなるのが人情である。ところが、プロ志望の亜弓さんは違った。

「対策を調べるため私は、オートバックスや車屋に出向き、サービスマンやメカニックに『この車を買いたいのですが、防犯装置はどうなっていますの。最近、物騒でしょう』などと、いい洋服を着てお嬢風ファッションで客を装い、細大漏らさず尋ねていた」そうである。

 つまり、その警報が、音だけなのか、警察や警備会社に通報されるものなのか、その見分け方や解除方法について、無料でプロの講義を受けたわけである。結果、大体の警報器はアラームだけであり、ちぎって川に投げ込めば簡単にカタがつくという結論に達した。

 ドアを開けて中に入ったとしても、第二の関門をクリアしなくてはならない。それは、エンジンを始動することだ。

「エンジンを掛けるには、キーシリンダーの構造を熟知しなくてはいけません。素人はドライバーであちこちコジりますから、鍵穴があるキーシリンダーの周囲を傷つけます。これでは、警察に止められた時に一発で盗難車とわかります」と、亜弓さんもコツを掴むまでは試行錯誤を余儀なくされた。

 しかし、努力は人を裏切らない。

「コツさえつかめば、マイナスドライバー1本で簡単にシリンダーを外すことが」できるようになった。「キーシリンダーの下から●ミリ位のところにドライバーを差し込み、斜め上に▲センチほど押し込みます。すると、キレイに外れる」そうだ。

 こうして、外したシリンダーを分解し、鍵の構造を研究した。

「簡単に言いますと、当時の車の鍵を差し込むシリンダーには、山が4つ(あるいは、6つ)しかありませんでした・・・この山のピンが、鍵の凹みとぴったり合うと、鍵が回り、エンジンが掛かる仕組みです」

 この鍵のピンの間隔を素早く測るために、ビールの缶を利用した。「シリンダーのピンの大きさに合わせてハサミで切り取り、楔形(の小片)を作ってみました。これを、シリンダーに生鍵(削る前の鍵のこと)を差し込んで山が合わず飛び出したピンが見えるようにしてから、(楔形の小片を)ピンの脇の隙間に入れますと、差し込んだ生鍵とこすれて微細な傷が付きます。それで鍵山の間隔(ピッチ)が分かることに気づきました。そのピッチに沿って生鍵をヤスリで削ってみました。何度かシリンダーに出し入れしながら微調整しますと、シリンダーのピンが削った鍵の谷に一致してピッタリ収まるようになり、鍵がスムーズに回ります『やったー、できたあ』と思わず顔が綻びました。この時に味わった達成感は今でも覚えています」と回想する。

 この達成から、目寸(目による測定)で鍵山のピッチ感覚を日々鍛え、2分程で生鍵から削り出すことができるようになった。現場主義というのは、学問も泥棒も変わらないようで、研究し仮説を立てた亜弓さんは、早速、屋外で実践し、その技と並行して、プレッシャーに負けない精神力を鍛えた。そして「公園で木の実を拾うような感覚で、毎日、車泥棒をする」ようになったのである。

販売価格は1台30~50万円

 盗んだ車は、盗品を扱うディーラーに売ってシノギにしていた。1台の価格は30~50万円が相場だった。ナンバーや車検証の偽造までをも請け負っており、その徹底したサービスには恐れ入る。

 この20万円の金額差は「天ぷらナンバー(この世に存在しない偽造番)でいいか、車の車検証が必要だという人のために書類偽造のオプション料金が付くかの違いです」とのこと。

「車検証が欲しいという人のためには、他のセルシオに忍び込み、拝借した書類をコピーして偽造していました(むろん、コピーした方を持ち主に返却しておき、原本を取引相手に渡します。この手数料が加算されるからです。いわゆる『有印公文書偽造の罪』がプラスされるリスクがありますから、少々のオプションでは安いくらいです)」

 ここまでやってバレないのか・・・筆者も疑問に思ったが、次の証言を読むと、なるほどプロフェッショナルなのねと、納得させられた。

「自分たちの仕事が完璧という自負がありました。ですから、地方で車をルパン(窃盗)した時は、トヨタや日産車のサービス店に乗り付けます。『お宅の車、調子が悪い。自分で見るから場所貸して』と言いながら、ボンネットをめくったり、バラしたり作業をした挙句、『直ったわ、ありがとう』と退散していました・・・堂々としていたら怪しまれませんし、自分たちの腕にも自信がありました。店長が『申し訳ありません』と言いながら、コーヒーを持ってくる始末です。地方のアジトに着くまでは、そんなことをテッパンでしていました」

外車は「ハザードダッシュ」で

 日本車の鍵は研究し尽くしていた亜弓さんだが、外車の窃盗には少々荒っぽい方法を採用していた。「鍵の複製が厄介な外車の場合は、二つの方法で盗みました」と、亜弓さんは種明かしをしてくれた。

「まず、『乗り逃げ』です。これは、狙った車を停めて、『すいません、ケガして血が止まらないのですが、ドラッグストアまで乗せてくれませんか』とお願いします。すると、親切なドライバーは(まあ、100%親切な方でした)、近くのドラッグストアまで乗せてくれます。そこで、『血止めと絆創膏をお願いします』と言いますと、買いに行ってくれますから、その隙に車を奪います」

「つぎに、『ハザードダッシュ』です。これは、よくコンビニの前とかにハザードを点けて、エンジンを切らずに停車している車を、そのまま頂戴する方法です。一度、スタートしたところ、後部座席に赤ちゃんが乗っていたので、かなり焦ったことがあります。その時は、少し車を移動させてだけで、ハザードを点灯させたまま急いで退散しました」

『乗り逃げ』で運転手が停まってくれたのは、亜弓さんがかなり美人だったからではないかと当時の写真を見た筆者は思う。犯罪を肯定するつもりは毛頭ないが、亜弓さんの行動力と度胸には敬服する。もっと違った合法的なこと、社会に役立つことにその能力を使っていたらと、悔やまれてならない。

行きついたのは男子LB級刑務所

 犯罪生活とは、刑務所の塀の上をダッシュするようなものだ。ちょっとでもバランスを崩すと塀の中に落ちてしまう。亜弓さんも例にもれず、20代後半からは刑務所とシャバを行き来する生活が始まった。1度目の刑務所出所時は、弟分たちが出所祝いにシャブを持ってきたことから、断シャブできずに犯罪生活に逆戻り。3回目の出所時には、生活保護で「メロディ・ハイム」などという女子っぽい名前の住まいを確保したものの、数日もすると悪のアジトと化してしまう。

 最悪の経験は、2回目の逮捕――赤玉という精神薬とシャブを併用していたアウトローの男との逃避行中に徳島で逮捕された時、何と男性専用の徳島LB級刑務所内にある拘置区に収容されてしまった(LB級とは、長期刑を宣告された、犯罪傾向が進んだ者を収容する刑務所)。このような経験者は、筆者が知る限り彼女だけだ。

「これが男性用のLB級刑務所かと、改めて思い知らされました。とてつもない威圧感を感じましたから・・・女子とはいえ、毎日の取り調べは、刑務所内で行われます。その際、取調室がある処遇部屋に行くには、刑務所内の運動場をぐるりと迂回して行かなくてはならないのです。ですから、LB級の男子受刑者ともすれ違います・・・ここの住人は、悪の貫禄が違います」さすがの女ボスの亜弓さんも生唾を飲み込んだそうだ。

 この時、徳島で逮捕され、大阪拘置所に移送された間、拘留、拘置、受刑拘置の期間を総合すると、3年8か月になったという。それほど長く拘置所に住んでいると、「和歌山毒物カレー事件」の林真須美死刑囚と会話したり、「東住吉事件」の青木恵子さんに弁護士を紹介してもらったりと、様々な人間模様が展開されたとのこと。それはまた別の機会にご紹介しよう。

トウフの心臓

 亜弓さんの話を聞いていて、犯罪学者として興味を持ったのは、次のようなくだりだった。ナルホド、うまい例えをするものだと感心した。

「悪い仲間の影響――彼らの私に対する役割、判断、行動への期待などなどから、陽の当たる土手の道に戻ることを、(もしかしたら、土手の上の人からは『犯罪者』と非難され、土手の下の人からは『裏切者』と言われるかもしれません)許してもらえない」かもしれない。

「いや、たとえ、戻れるとしても、そこまで這い上がることがコワイという現実もあります。なぜか分かりませんが、ドブ川の中では鉄の心臓でも、土手の上に上がるとトウフの心臓になるのです」

 人から盗んではいけないという当たり前のカルチャーは、土手の下の道(犯罪的サブカルチャー)では通用しないのである。カルチャーショックの反動を予測できないがゆえに、亜弓さんは「トウフの心臓」にならざるを得なかったと察する。

 生育環境ゆえに、犯罪的サブカルチャーを選択する可能性が高い人は一定数存在する。犯罪を深化させたのは、誰のせいでもなく本人の責任である。しかし、人生のスタート地点で選択肢が限られるという点に関しては、世の中の不公平感を否めない。

更生させたのは法ではなく人

 人は社会に決定されつつ決定してゆく。人を善人にするのも、悪人にするのも人であり(親密な人間の)社会である。亜弓さんが犯罪から足を洗うきっかけとなったのは、法律でも警察でもなく、後に結婚する元ヤクザというひとりの人間であった。

 カタギの仕事を持つ元ヤクザの彼氏が、彼女の知らないうちに悪の交友関係を整理し、犯罪集団の交わりから引き上げたのである。亜弓さんは、元ヤクザが経営する会社の従業員たちの面倒を見ながら、新しい役割を見出してゆく。そして、結婚し、一児の母となるのである。

 彼女が本当に更生した否か。その判断をするには、現時点では時期尚早かもしれない。そうはいっても、早いものでその子は4歳になった。

 亜弓さんは言う「こんな私にも、女の幸せを頂きました。その資格はないと思います。でも、現在は、子を授かり、母として、女として人生を歩んでいます・・・。悪行を尽くした私ですが、私の子どもに罪はありません。私が世の中にかけた迷惑を凌駕するほど、この子が社会の、人の役に立って欲しいと願うばかりです。そのためにも、私は全身全霊を込めて、子どもの教育に後半生を捧げたいと思います」と。

 彼女の前に伸びるイバラの道の終点は見えない。願わくは、彼女の半生を編んだ者として、その歩みを止めることなく、辛くとも陽の当たる道を歩み続けて頂きたい。そして、いつの日か、土手の下、土手の上の道両方を歩んだ足跡を、共に振り返る機会が来ることを楽しみにしている。

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