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(北村 淳:軍事社会学者)

 トランプ大統領は、かねてよりしばしば口にしてきた「日本の“タダ乗り”を許している日米安保条約はアメリカにとって不公平極まりない条約であり、このような状態であるドイツや韓国と同様に見直さなければならない」という主張を、またぞろ繰り返し始めた。

 これまでのところ、日米安保条約の改定などはアメリカ側から公式には提議されていない。そのため日本では、この種の言動は選挙向けのものにすぎないのではないか、と深刻に受け止めない向きもある。

 4年前の大統領選挙期間中にトランプ氏は、日米安保体制などには全く無知なアメリカの有権者に向けてこの言説を繰り返したが、来年(2020年)の大統領選挙に向けても、同じ言説が頻繁に繰り返されることになるだろう。日米安保条約の改定はアメリカの金銭的負担を大幅に軽減させることになる、という有権者向けのアピールになるからだ。

 だが、トランプ大統領は就任前から一貫して日米安保条約は不公平だと批判している。単なる次回の大統領選に向けた有権者向けアピールと捉えるべきではない。

 トランプ大統領が就任して以降しばらくの間は、マティス国防長官やマクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官といった米軍きっての戦略家たちが、トランプ大統領とその取り巻きたちによる同盟国に対する暴走を食い止めていた。だが、すでに軍出身の有能な理論家でありかつトランプ大統領に対するイエスマンではない気骨のある人物たちはトランプ政権を去ってしまっている。そのため、もしトランプ大統領が再選された場合には、日米安保体制に対する暴論が米軍関係者の中に存する正論を排除してしまう可能性は(極めて)高いと言わざるをえない。

 トランプ大統領は選挙期間中にTPP(環太平洋パートナーシップ)からの離脱、パリ協定からの離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の改定、イラン核合意からの離脱などを強く主張していた。それらがすでに実現済みであることを忘れてはならない。

条文に「防衛義務」は規定されていない

 トランプ大統領による日米安保条約の改定をも視野に置いたような言動に対して、日本の少なからぬ大手メディアが「アメリカには防衛義務があり、日本は見返りとして基地を提供している」といった解説を行っている。だが、このような報道こそが日本国民に誤った情報を植え付け、 さらにはそのような日本の国情に乗じてトランプ大統領による「防衛タダ乗り」のような論調が横行してしまうのだ。

 そもそもアメリカが日本を守る「防衛義務」など、日米安保条約の条文には規定されていない。

 アメリカ軍関係者の中でも日本に関与している高級将校や研究者などの間では、日米安保条約第5条が“NATO条約第5条と違って防衛義務を定めたものではない”ことは常識である。そのような単純明快な事実は、日米安保条約とNATO条約の条文を読めば明白である。

 日米安保条約第5条には「各締約国は、日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和および安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定および手続きに従って、共通の危険に対処することを宣言する」との規定がされている。

 一方、この部分に対応するNATO条約第5条には、「条約締結国(1カ国に対してでも複数国に対してでも)に対する武力攻撃は、全締結国に対する攻撃と見なし、そのような武力攻撃が発生した場合、全締結国は国連憲章第51条に規定されている個別的自衛権または集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し平和を維持するために必要と認められる軍事力の使用を含んだ行動を直ちに取って被攻撃国を援助する」 と記載されている。

 このように、NATO条約では全ての締約国が「防衛義務」を共有することが明記されているのに対し、日米安保条約には「アメリカは、個別的自衛権または集団的自衛権を行使して、日本に対する軍事的支援を含んだ行動を直ちに取って日本を援助しなければならない」といった趣旨の文言は全く記されていない。

 その代わりに「アメリカの憲法上の規定および手続きに従って対処する」との趣旨が明記されているのである。

 具体的には、日米安保条約第5条発動に相当する事態が生起した場合には、アメリカ合衆国憲法第2条(大統領の権限)ならびに「戦争権限決議」(日本では「戦争権限法」と呼ばれている)などに従って対処するということになる。

 要するに、日本に援軍を派遣したり、日本を攻撃している軍隊に反撃を実施したりするのは、連邦議会の決議を受けるか、連邦議会の承認が確実な状況の場合には大統領の責任において、決断されることになる。いずれにせよ、連邦議会の賛意が必須であるのだ。(拙著『シミュレーション日本降伏:中国から南西諸島を守る「島嶼防衛の鉄則」』PHP新書、参照)

 ところが日本政府は、伝統的に上記の日米安保第5条の規定を「アメリカが日本に対して救援軍を派遣する」といったニュアンスで説明している。あたかも安保条約適用領域内で、すなわち日本の領土領海ならびに日本が施政権を行使している領域内で、軍事衝突や戦争が生起した場合には、アメリカが軍隊を派遣して日本を救援することは「アメリカの義務」であるかのように喧伝しているのだ。

 さらに悪いことには、日本政府による手前勝手なニュアンスでの説明を、日本の多くのメディアが無批判に拡散させ続けている。その結果、この誤った解釈が日本国民の間に浸透してしまったのだ。このように日本において「アメリカの防衛義務」が広く信じられているのは異常な状態と言わざるを得ない。

トランプの“正当性”を後押しする日本メディア

 今回のトランプ大統領の発言をよく観察すると、「日本が軍事攻撃を受けた場合、アメリカは日本を守るであろう」といった表現をしている。日本で流布しているいい加減な解釈である「防衛義務」に近いニュアンスではあるが、「義務が課せられている」あるいは「守らなければならない」とは口にしてはいない。

 にもかかわらず、日本では「アメリカは防衛義務、日本は基地提供」といった表現が繰り返されている。これではトランプ大統領の「日本による防衛タダ乗り論」(これ自体、大いなる曲解に基づいた暴論であるのだが)の“正当性”を後押ししてしまうことになる。

 日本政府と日本のメディアは、日米安保条約ではアメリカの「防衛義務」ではなく「防衛の可能性」が規定されていることを、今こそ周知徹底させる義務がある。

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