「歴史的イベント」の瞬間
ウランバートルに

 米国のドナルド・トランプ大統領6月30日、板門店で突如行った第3回米朝首脳会談を巡って米国内の外交専門家の間では「実質的な成果なし」と冷ややかな反応が広がっている。

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 そうしたなか、米主要紙ニューヨークタイムズとウォール・ストリート・ジャーナルが「新たな事実」をすっぱ抜いた。

 その内容は「米政府高官によれば、トランプ政権内部には北朝鮮との核交渉を巡って核凍結水準で妥協できる案を検討中」というもの。

 つまり、米政府がこれまで言ってきた「完全で、検証可能、かつ不可逆的な核・ミサイル計画を放棄する」という要求を取り下げ、北朝鮮が現在保有している核兵器・ミサイルを凍結するという大譲歩案だ。

 これは事実上、北朝鮮インドパキスタンと同じように核保有国として認めるということになる。

 米有力紙2紙が報じたのだ。インパクトは大きかった。

「漏洩した政府高官は責任を取れ」

 この報道について、対北朝鮮強硬派のジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が直ちにツィーターで反論し、全面否定した。

ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)関係者や(議長である)私自身の間でこうした案について議論したり、聞いたりしたことは一回もない」

「こうした話が報じられたのは大統領の(対北朝鮮交渉で)身動きできないようにする何者かによる非難すべき試みだ」

「(こうした情報を漏洩したり、報道をする者には)責任を負わせる必要がある」

 このコメント、トランプ大統領に同行した板門店から発信したかと思いきや、何と板門店から1990キロも離れたモンゴルウランバートルからだった。

 同補佐官は首脳会談には同席していなかったのだ(マイク・ポンペオ国務長官も同席していなかった)。

 確かに北朝鮮は、5月に入ってボルトン補佐官を名指しで非難し始めた。朝鮮中央通信(KCNA)は外務省報道官名で、「ボルトンは無知で、好戦主義者。出来損ないな人間」と口を極めて罵った。

 ボルトン氏は補佐官に任命される寸前まで対北朝鮮への先制攻撃を主張、金王朝崩壊すら提唱していた人物だ。

「すべての道は大統領再選に通ず」

 トランプ大統領は、金正恩委員長と非武装地帯(DMZ)で会う際に強硬派のボルトン氏を同席させるのはさすがに危ういと思ったのだろう。

 その代わりに職についてまだ間のないスティーブン・ビーガン北朝鮮問題特別代表(元フォード・モーターの議会対策副社長)を同行させたのだが、それではちょっと軽すぎる。

 そこで肩書ではボルトン氏と同格、あるいはそれ以上のジャレッド・クシュナー上級顧問とイバンカ・トランプ補佐官を参加させたのだ。2人とも名実ともに「政府高官」である。

 ホワイトハウス周辺筋によると、「ジャレンカ」(ジャレッドとイバンカとを合わせたニックネーム)はボルトン氏を毛嫌いしていたらしい。もっともジャレンカ夫妻は大統領に超接近する者には誰に対しても強い警戒心を抱いてきた。

 ジャレンカ夫妻は、大統領の知恵袋とされ、のちに解任されたスティーブ・バノン首席戦略官兼上級顧問(当時)とも対立した。

 大統領にバノン氏を解任するようアドバイスしたのは同夫妻だったという話はワシントン政界ではすでに定着している。

DMZ越えに同行したのは
「政府高官」3人と大物記者だけ

 ところでボルトン氏が「責任をとれ」とツィートした「政府高官」とは誰なのか。

 大統領南北朝鮮の軍事境界線を越えて金正恩朝鮮労働党委員長と握手し、その後、韓国側で会談した際に同席していた「政府高官」は3人いた。

 1人は、ビーガン北朝鮮問題特別代表、そして他の2人はジャレンカ夫妻だ。

 保守系メディアによると、もう1人、軍事境界線を越えた人物がいる。

 今やトランプ大統領の「事実上のアドバイザー」とされるフォックス・ニュースのアンカーマン、タッカー・カールソン記者(50)*1だった。

(同記者は大統領同行記者団のプール取材という名目で同行したようである)

*1=カールソン氏は、2016年からフォックス・ニュースの看板番組「タッカー・カールソン・トゥナイト」のアンカーマンを務めている。大統領は毎晩、この番組を欠かさず見ており、最近ではイラン攻撃を踏みとどまらさせたのはカールソン記者だと言われている。今回も「世界でも一番の独裁者金正恩とちゃらちゃらするのはけしからん」という批判に「世界中には独裁者はたくさんいる。外交とはそういう人間とも交渉することにある」と弁護している。トリニティ大学卒。保守系「ウィークリー・スタンダード」、CNNMSNBCを経てフォックス・ニュース入りしている。

https://www.nytimes.com/2019/07/01/opinion/john-bolton-trump.html

オフレコ懇談の約束破った
ニューヨーク・タイムズ記者

 ところで、「北朝鮮の核凍結」案がトランプ政権内部で検討されているという事実をニューヨークタイムズウォールストリート・ジャーナルに漏らした「政府高官」とは誰か。

 真っ先に疑いをかけられたビーガン氏は、ニューヨークタイムズに対し「完璧な推測だ」と反論した。

 ニューヨークタイムズは「報道に誤りはない。訂正などしない」と一歩も引かぬ構えだ。

 記事を書いたのは、ホワイトハウス詰めのベテラン記者、マイケルクローリー氏と元東京支局長でもある外交記者のデイビッド・サンガー氏だ。

 そう簡単に訂正などするはずもない。翌日7月1日には、さらにこう報じた。

「トランプ政権の一部の政府高官は対北朝鮮で漸進的アプローチ(Incremental approach)について協議してきた」

「漸進的アプロ―チとは、核施設を閉鎖して核物質をこれ以上生産させないという事実上の凍結を意味する。ただし現在北朝鮮が保有している核兵器は放置するということだ」

ボルトン氏とマイク・ポンペオ国務長官は、これまで大統領に対して『グランド・ディール』(Grand deal)を助言してきた。ところがポンペオ長官は漸進的アプローチに傾いているように見える」

 そうしたなか、ニュースサイト「Axios」(アクシオス)が「漏洩犯はビーガン特別代表だった」と報じた。

ビーガン北朝鮮問題特別代表が一部米メディアに米政権内で北朝鮮に核・ミサイル開発を凍結させる案を検討していると示唆した」

ビーガン氏は6月30日、韓国から米国へ帰国中の機内でオフレコを条件に一部の同行記者に述べたというのだ」

「同氏はさらに『凍結後は非核化実現に向けたロードマップについて北朝鮮と協議するだろう』と語った」

 これまで官職についたこともなく、外交音痴のビーガン氏のオフレコ懇談が見事に破られた格好だった。これで一件落着するかに見えた。

 しかし、米メディア界にはビーガン漏洩説を疑う者が少なくない。第一、本人はあれほど全面否定している。

 それに漏洩は単独犯ではなく、複数いるのではないかという疑問もくすぶっている。

 ずばり、ジャレンカ夫妻に嫌疑の目を向ける向きがある。

 ホワイトハウス詰め記者(今回の訪韓には同行取材しなかった)の一人はこう筆者に語ってくれた。

「何か裏があるような気がする。トランプ大統領が再選されるための重要な要因は外交面で一般大衆でも分かるような成果だ」

「その一つが北朝鮮の非核化の実現だ。細かい中身はどうでもいい。とにかく金正恩委員長が折れて、核兵器、核施設のリストを公表し、査察を受け入れるといったような譲歩をしてくれれば、トランプ政権にとっては御の字だ」

ボルトン補佐官のように杓子定規な強硬論をぶっていたのでは先に進まないし、大統領選までに間に合わない」

「そこで『核凍結』案をイバンカ氏かジャレット氏が意図的にニューヨークタイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルに漏洩した。そう見ると、つじつまが合ってくる」

ボルトン解任は時間の問題

 今回「蚊帳の外」に置かれたボルトン氏はこれからどうするのか。

「独立記念日」を迎えたワシントンには「ボルトン解任は時間の問題だ」といった憶測が広がっている。

 高級誌「ジ・アトランティック」のグレアム・ウッド記者は長年ボルトン氏の政治歴を見てきた一人。同記者はこう指摘している。

 記事の見出しは「How long can John Bolton take this?」(ジョン・ボルトンはいつまで補佐官でいられるか?)。

「過去20年にわたりボルトン氏ほど終始一貫して北朝鮮を敵視してきた外交専門家はいない。トランプ政権でもトランプ大統領の知恵袋として対北朝鮮政策を助言してきた」

「その人物が今回の首脳会談に立ち会わなかった背景には何かがある」

ボルトン氏が長いこと共和党歴代政権で要職についてきた理由の一つは、うまくいかなかった政策について、一切の責任をとらないできたからだ」

「今回北朝鮮との交渉が暗礁に乗り上げていた時でも責任をポンペオ長官に擦りつけた」

「過去においてもイラク侵攻後、情勢が泥沼化した際にもボルトン氏(当時軍事管理・国際安保担当国務次官)は私に『幸いだったのは、コリン・パウエル国務長官(当時)もコンドリーザ・ライス大統領国家安全保障問題担当補佐官(当時)も立案段階から私を外してくれたことだ、とぬけぬけと言っていた」

https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2019/07/john-boltons-long-game/593134/

 となると、大統領選まであと1年半、トランプ大統領に外交国防面で策を授ける国家安全保障担当補佐官は誰になるのか、だ。

 政権当初はマイケルフリン、H・R・マクマスターと続いた軍人からボルトンというネオコン(新保守主義者)を従えてきたトランプ大統領だが、帯に短し襷に長しで、なかなかお気に召さなかった。

 大統領は側にいる者よりも毎晩見るフォックス・ニュースのキャスターやコメンテイターの意見がお好きなようなのだ。

 前述のウッド記者は独断と偏見で次期補佐官の名を挙げている。

トランプ大統領の陰の国家安全保障担当補佐官はタッカー・カールソンだ。夜の番組を通じて大統領非公式な補佐官を演じてきている」

「両者の憎しみ合いは本物だ。ボルトン氏はカールソン氏について『外交(報道)で長い経験がある』と皮肉っぽく言っているのに対し、『確かにあんたよりも成績はいいね』とやり返している」

 板門店での「歴史的イベント」にカールソン氏がボルトン氏に代わって「臨場」していたのは単なる偶然ではないのかもしれない。

 前述のホワイトハウス詰め記者が大胆な予想をする。

「カールソン氏がどうやら第一候補のようだが、イバンカ氏の国家安全保障担当補佐官指名だってありうる」

「父親であるトランプ大統領自身、『イバンカは今でもすぐ世界銀行総裁の職を全うできる』と言っているくらいだから。板門店行きに同伴したのはその予行演習かもしれない」

https://www.politico.com/story/2019/04/12/ivanka-trump-world-bank-1272068

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