(赤石晋一郎:ジャーナリスト

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 ドナルド・トランプ大統領6月30日、南北軍事境界線がある板門店(パンムンジョム)で、北朝鮮金正恩キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長と約50分間会談した。

 トランプ氏によるツイッターでの呼びかけから幕を開けた劇場型外交ショーは、現職の米大統領として初めて北朝鮮側に越境するなど異例ずくめの展開となった。

 なぜ、緊急米朝会談が実現したのか。その内幕と、米朝二国のそれぞれの思惑について検証していきたい。

「体制崩壊」の悪夢に怯える金正恩の焦り

「今回、米朝会談が実現したことで、いちばんホッとしているのは金正恩朝鮮労働党委員長だったはずです。北朝鮮はそれだけ追い詰められた状況にあったのです」(北朝鮮ウォッチャー)

 2017年に決議された(対北朝鮮制裁に関する)国連安保理決議案は、北朝鮮経済に深刻なダメージを与えた。経済制裁により北朝鮮の命綱である中国向け輸出は昨年、前年比で87%も減少しており、「北朝鮮の国内経済は破綻寸前になっていると言われている」(同前)という。

 経済危機はその指導体制基盤も揺るがしている。守旧派とされてきた朝鮮人民軍幹部たちが力を取り戻すなど、その国内パワーバランスが変化し始めているとされているのだ。

 金正恩を悩ませているのは内政だけではない。脱北者団体である「自由朝鮮」の予測不能な活動も頭痛の種となっている。

 脱北者らによって組織され、「金正恩政権打倒」を掲げ活動を行っている自由朝鮮は、今年2月にはスペインの首都マドリード北朝鮮大使館襲撃事件を起こしたとされている。

「事件は朝鮮語を話すアジア系の複数の人物が北朝鮮大使館に侵入し、館内のコンピューター携帯電話を奪い逃走したもの。犯行声明を出した自由朝鮮は北朝鮮による制裁逃れや欧州での密輸活動に関するデータを盗み出したとされています。その後、容疑者が米当局により逮捕されていますが、自由朝鮮は盗み出した情報をFBIに提供していたとも噂されているのです」(外交ジャーナリスト

 北朝鮮がこうした活動を憂いている理由は、自由朝鮮の裏に米当局の影がチラついているからだ。今年の3月、韓国大手メディア東亜日報が情報消息筋の話として、マレーシアで暗殺された金正男氏の息子キム・ハンソル氏が米CIAの手引きで米国に入ったと報道した。当初、自由朝鮮と行動を共にしていたとされるハンソル氏は、現在はFBIの保護のもとニューヨーク郊外で生活していると伝えられたのだ。

 ハンソル氏は金正日の孫にあたり、北の後継者となる資格がある人物。米当局はポスト金正恩を見越して、ハンソル氏を保護したのではないかという観測が広がった。

金正恩は米国が北朝鮮に対して軍事攻撃に踏み切ることはないと読んでいますが、一方で米当局の工作によって体制転覆を謀られるのではないかという疑念を常に感じていると言われています。金正男の暗殺も、国内の粛正も、そうした考えに基づいて行われたと見られているのです。内憂外患状態にある金正恩は、なんとか身の安全を確保するためにもトランプと再び握手する必要性があったのです」(北朝鮮ウォッチャー)

「会談を持ちかけたのは北朝鮮」との見方

 韓国内では板門店での米朝会談を持ちかけたのは北朝鮮サイドだったという見方が強まっている。6月11日金正恩トランプに親書を送っている。親書の内容は明らかにされていないが、米メディアなどでは14日に誕生日を迎えたトランプへの誕生メッセージではないかなどと伝えられた。

 この親書が重要な役割を果たしたと指摘するのは、北朝鮮事情に詳しい韓国人ジャーナリストだ。

トランプはその後、金正恩に親書への返信を送った。それを受けて北朝鮮の国営TV・朝鮮中央TVは23日に、『(金正恩委員長は)トランプ大統領の政治的判断能力と並外れた勇気に敬意を表するとし、興味深い内容を慎重に考えてみると述べた』と報じました。この報道から分析すると、親書、もしくは親書の中に北朝鮮労働党幹部による付帯文書を同封するなどの方法で、北朝鮮側から板門店での米朝会談の提案があったのではないかと見られています」

 追い詰められていた北朝鮮側の発案で、第三回米朝会談はスタートした可能性が高いのだ。

トランプの打算

 では、なぜトランプ金正恩の提案に乗ったのか。大統領再選を見越した外交パフォーマンスというのも確かに一要因であろう。

 だが、彼の行動則を見ていると浮かび上がってくる、ある“不安”がある。そこに金正恩と三度目の握手をした理由もある可能性が高い。

 2018年シンガポールで開かれた米朝会談。そのときに、金正恩が妹の金与正(キム・ヨジョン)氏を引き連れて有名ホテルマリーナベイ・サンズ」を訪れたシーンを記憶している方も多いだろう。

 会談では非核化プロセスなどについて話し合われ、歴史的な会談として世界中に報道された。

 一方でトランプらしさも十二分に発揮していた。大柄の身体を傾け、トランプはこう金正恩に囁きかけたという。

「平壌にマリーナベイ・サンズオープンさせましょう――」

 マリーナベイ・サンズを運営する「ラスベガスサンズ」のシェルドン・アデルソン会長は、トランプ氏の大口献金者として知られる人物だ。かつて米国の報道サイトで、トランプが「ラスベガスサンズ」について日本参入を認めるように安倍首相に迫った(安倍首相は国会で否定)と報じられたこともあるほど、その関係は深い。

 外交消息筋の間では米朝会談の「裏の議題」が“北朝鮮ビジネス”である可能性は常に囁かれている。

トランプは米朝会談を進めるなかで、信頼を寄せるクシュナ大統領上級顧問に北朝鮮投資計画を指示した、とも言われています。トランプとクシュナーは北朝鮮の鉱山開発などに強い関心を持っているようなのです。実際にクシュナーは北朝鮮問題のキーマンとなっており、今回の板門店で行われた米朝会談にも同行しています」(前出・外交ジャーナリスト

トランプはビジネスディールにこそ強い関心

 今年2月、ハノイでの第二回米朝会談の際には、側近から「北朝鮮は非核化するつもりがない」と強く釘を刺されながらも、トランプは交渉の席についている。

「今回のDMZ訪問、板門店行きもホワイトハウスは反対していました。大統領の安全確保が十分に確保できないことが第一の理由でした。さらに2017年には米国人青年が北朝鮮に1年半拘束され解放後に死亡するという事件が起きたばかりで、米世論の北朝鮮に対する印象は悪い。そのような非人道的な国の独裁者と、核保有問題を解決しないまま同じテーブルにつくこと自体が問題だという指摘もあったようです。しかし、トランプホワイトハウス内の反対意見には一切耳を貸さなかった」(米紙記者)

 こうした行動からトランプには北朝鮮の非核化プロセスとか、東アジアの安全保障体制を維持するという発想自体が薄いのではないか、との疑念すら浮かぶ。ホワイトハウス内からも「板門店の米朝会談は、北朝鮮核保有国として認める行為だ」という批判の声も出ているという。

 先行きが見えないままトランプが米朝会談を続けるのはなぜなのか。トランプは、今も昔もビジネスマンであり、ビジネスディールにこそ強い関心を持つ人物だ。メリットさえあれば金正恩との取引も辞さないだろう。もし会談の主題が”ビジネス”に移りつつあるのだとしたら、それは東アジアの安全保障を大きく揺るがす問題となる。

 果たして米朝の裏側で何が動いているのか、日本政府はその背景を慎重に分析していく必要があるだろう。

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2019年4月6日、米国ネバダ州ラスベガスで開かれた共和党ユダヤ人連合の会合で、トランプ大統領の演説に耳を傾けるラスベガス・サンズのシェルドン・アデルソン会長とミリアム夫人(写真:ロイター/アフロ)