トランプ大統領を「無能」だと批判した公電が漏洩して、イギリスのダロック駐米大使が辞任したが、世界一の大国の指導者として、大統領の言動は単に型破りであるだけでなく、米中摩擦、イランとの緊張激化、北朝鮮外交など、世界中で不安定要因を増やしている。

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 しかし、この大統領に対して、市民、議会、裁判所などが異議申し立てを行っており、そこにアメリカの草の根民主主義の力強さと契約によって新国家を創造した歴史を感じる。これに対して、伝統社会日本では、民主主義の原理原則ではなく、村八分、「強いものには巻かれろ」、「空気の支配」というような風潮が息苦しい社会を生んでいる。

 最近のアメリカのいくつかの事例を取り上げて、そのことを考えてみたい。

「大統領から招待されてもホワイトハウスに行きたくない」

 第一は、日本が早々と敗退したサッカー女子W杯で、オランダを2−0で破り、4度目の優勝を果たした米チームである。最優秀選手に選ばれたミーガン・ラピノーは、トランプの差別発言を批判して、以前から「大統領から招待されてもホワイトハウスに行きたくない」と明言していた。

 トランプは、これに対して、「勝ってから言え!」と噛みついていたが、実際に勝ってしまった。今のところ、大統領からの招待状は届いていないという。ナショナルチームの選手が堂々と大統領の言動を批判できる自由、そして、7月10日ニューヨークでの優勝凱旋パレードも盛大に行われる寛大さこそ、アメリカ民主主義の強さであり、アメリカという国の活力である。

 もし、日本の女子サッカーチームの選手が同様の行動を起こしたらどうなるか、想像するだけでも嫌になる。「税金を使っているのに政府批判とは何事か」「他の選手の迷惑も考えろ」「パレードなど、もってのほかだ」と袋叩きにあうだろう。そもそも、村八分状態になることは容易に想像できるので、誰一人、このような行動はとらないだろう。

 スポーツ選手のみならず、芸能人も全く同様である。アメリカの俳優は、アカデミー賞授賞式の場でも、政権批判を堂々と行うし、主催者もメディアも国民も、それを阻止しない。これが言論の自由ということであり、自ら勝ち取って憲法に記したアメリカ国民と、アメリカ占領軍によって基本的人権擁護を謳った憲法を「押しつけられた」日本国民との違いである。

「ツイッターブロック違憲判決」が示したアメリカ民主主義の強靭さ

 第二は、トランプ大統領が、自分のツイッターアカウントに批判的な人がコメントを書き込むのをブロックしていることについて、アメリカの連邦控訴裁判所は、7月9日、憲法違反だとする原告側の訴えを認めたことである。原告のコロンビア大学の研究所は、1月に連邦地方裁判所に対して、表現の自由の侵害だとして、ブロック機能の解除を求め勝訴しており、今回の控訴裁(高裁)もその判決を支持したのである。

 判決の根拠は米憲法修正第1条であるが、その条文は次のようになっている。

「連邦議会は、国教を樹立し、または宗教上の自由な行為を禁止する法律を制定してはならない。また、言論もしくは出版の自由を制限する法律、または人民が平穏に集会し、もしくは苦痛の救済を政府に請願する権利を制限する法律を制定してはならない」

 トランプによるツイッター批判ブロックは、「言論もしくは出版の自由を制限する」ことになるから憲法違反だ、という判決である。トランプツイッターを利用して政府の仕事をしているので、それを読んだり、反応を寄せたりすることから国民を排除することはできない、つまり彼のツイッターは「公務同然」であり、批判的な意見を表明する機会を失わせてはならないと、3人の裁判官が一致してその理由を説明している。

 今回の判決は、アメリカにおける民主主義が制度的にいかに担保されているかをよく示している。権力者が権力を乱用しないように牽制するメカニズムとしては、三権分立と連邦主義がある。

 三権分立は、モンテスキューの思想として周知の通りであるが、行政、立法、司法の三つの権力が、「抑制と均衡(Check and Balance)」を機能させる仕組みである。ツイッター批判ブロックの違憲判決は、司法が行政権とは独立して憲法が期待する仕事をしていることの証左である。

 もう一つの連邦主義(federalism)は、建国の父、マディソンの考え方で、中央(連邦)政府が巨大になりすぎないように、各州に権力を分散する仕組みである。トランプ地球温暖化対策を定めたパリ協定から離脱したとき、カリフォルニア州ニューヨーク州などが反旗を翻して、自ら温暖化対策を講じたのが、その好例である。

 建国当初の憲法草案では個人の権利を保障する条項がなかったが、1789年の第一回連邦会議で個人の権利に関する10箇条の修正条項を採択した(1791年に確定)。これが、権利の章典と呼ばれるもので、先に引用したのがその修正第1条である。条文が「連邦議会は・・・法律の制定をしてはならない」とあるように、これは各州が連邦政府の特定の行為を禁止するための条項なのである。つまり、各州の自由を連邦政府が弾圧する法律を連邦議会が制定しないようにすることが、修正条項の目的だったのである。

 こうして、トランプのような暴君が出現しても、一方では議会や裁判所が、他方では各州が牽制できるようなシステムができあがったと言えよう。イギリスからの独立戦争を戦ったアメリカ国民が、命をかけて確立した連邦主義なのである。

サウジ皇太子と握手して批判を浴びるトランプ、誰からも批判されない安倍首相

 第三に、行政権に対する監視については、議会もまた、裁判所や州に負けてはいない。上院のジム・リッシュ外交委員長は10日、アメリカサウジアラビアの関係を見直す法案(Saudi Arabia Diplomatic Review Act)を提出した。これは、サウジ記者の殺害事件などの人権問題を念頭に、サウジの人権問題が改善されないかぎり、王室メンバーの入国制限(ビザ発給制限)などを図る内容である。

 トランプ与党の共和党議員から、このような法案が提出されるところに、三権分立に基づくアメリカ民主主義の底力がある。上院は、先月もサウジなどへの武器(80億ドル相当)を売却することを阻止する法案を可決させている。この法案は大統領の拒否権に遭い、武器売却は阻止できなかったが、共和党が多数を占める上院での議決である。まさに、モンテスキュー思想が体現されているのである。

 サウジ記者殺害事件を調査した国連のカラマール特別報告者は、9日にロンドンで行われた事件に関するシンポジウムの場で、大阪でのG20首脳会議でトランプ大統領がサウジのムハンマド皇太子と握手を交わしたことに不快感を示し、各国が真相究明を行うように求めた。

 安倍首相もまたサウジの皇太子と握手しているが、日本では政治家も、マスコミも識者も国民も、誰も問題にすらしない。与党議員が議会でこの問題を取り上げるアメリカのほうが、沈黙の日本よりも、民主主義、そして基本的人権の擁護という点で遙かに健全である。

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G20大阪サミットで、握手を交わすトランプ大統領とサウジアラビアのムハンマド皇太子(提供:Bandar Algaloud/Courtesy of Saudi Royal Court/ロイター/アフロ)