キャシディは、どこにでもいる普通の女の子で、いじめの対象になる理由は特に見当たりません。でも、中学一年生の時に同じ学校の女の子からのいじめの対象になってしまいました。毎日いじめられる恐怖で、とても苦しい毎日を送っていました。

「ちょっとした悪口から始まって、それから顔を数回叩かれたんです」とキャシディの母リンダは話してくれました。それでは満足いかず、いじめはどんどんエスカレートしていきます。町で会ったときにいじめられたり、SMSでも悪口を書かれたり、また家を壊されたりもしました。

 

当時13歳だったキャシディは、学校でカウンセリングを受け、学期の始まりには再び自信を持って学校に通えるようになりました。いじめっ子も態度を改めてくれました。そして仲良くなり、音楽フェスティバルにも招待してくれたのです。

キャシディは、今までの悪夢がやっと終わったと思いました。しかし、実際はこれが悪夢の始まりだったのです。

キャシディが音楽フェスティバルの会場に到着すると、なんと音楽フェスティバルは開催されていなかったのです。つまり、罠だったのです。そこには、いじめっ子の女の子と3人の男の子がいて、男の子たちはキャシディを押し倒しレイプしたのでした。「顔も知らない年上の男の子たちだったようです。2人の女の子は終わるまでずっと待っていて、2人の男の子が交代でキャシディをレイプしたんです。一人の男の子は見張り係だったんです」とリンダ

さらに最悪なことに、この行為は誰にも咎められることもなく、女の子はそれからもずっとキャシディをいじめ続けました。警察はキャシディから情報を得ようとしましたが、あまりのショックに何も話せませんでした。

リンダは「おそらく報復を恐れて警察に何も言えなかったんだと思います。もっと早くいじめた女の子を拘束してもらえばよかったんです。レイプ事件の後もキャシディに暴行を加え、キャシディと話をさせてと私の携帯に電話をかけてきたんです」と話してくれました。

遂にキャシディは、朝も起きられなくなり、いじめっ子に会うことを思うと家の外に出られなくなりました。事件を思い出し、怖い夢に魘され、不眠症、分離不安障害、パニック障害になってしまったのです。

母親は、できることは何でもしました。キャシディを励まし、これかのあなたの未来は明るいはずだと話して聞かせました。でも、全てが無駄に終わりました。レイプから1年10か月後、キャシディは自ら命を絶ったのです。

絶望の淵に立たされた母親は「私の大切な宝物を失ったことを受け入れることができません。専門家の助けも力にならず、キャシディを守れませんでした。」と話してくれました。

キャシディの死後、リンダはキャシディの書いた手記を見つけました。それには、他の生徒や保護者たちに向けて、自分に何が起きたかの詳細と、同じ思いをする子がいなくなってほしいという願いが書かれたものでした。この手記は新聞に掲載されました。

「私はレイプされました。私と同じ思いをしている人がいたら、負けずに戦ってほしい!戦って戦い抜いて!私を信じて。私のようになったら後悔した人生を歩むことになると思うから。あなたならきっとできる。」

リンダはその後、警察に事件を再捜査するよう求めている。

大紀元ウェブ編集部)

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