大阪で開催されたG20サミットはつつがなく終了し、すでに話題は日韓輸出規制問題や、参議院選挙に移っている。しかし改めて今回のG20を俯瞰してみれば、その裏で中国がアメリカに代わり世界の覇権国となる野心を露わにしていたことが見えてきた。

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 その野心は習近平総書記によるG20での演説に如実に表れているが、その中身を知る日本人にはほとんどいない。その演説は実に衝撃的なものだった。

習近平が世界に示した「野心」

「われわれは時代とともに前進することを堅持し、グローバルガバナンスを整備しなければならない。現在、経済のグローバル化には若干の曲折が出現し、いかにしてグローバルガバナンスを整備するかという時代の命題を我々には突きつけられている」

G20は引き続きリーダーシップを発揮し、世界経済の開放的、包括的で、バランスの取れた、恩恵を広く享受できる発展を確保しなければならない」

 中国はいま、関税交渉こそ落ち着き取り戻したとはいえ、ITはじめ知財分野でアメリカとの激しい貿易戦争が繰り広げている。ソ連崩壊以降の30年余り、世界の「G1」をほしいままにしてきたアメリカを全く無視する形で、堂々と「正論」を展開したのである。

 思い出してほしい。こうした「正論」を発信して、世界の秩序を守ると宣言していたのは、バラク・オバマ大統領までのアメリカだった。その役割はいまや完全に中国が果たそうとしている。中国・習近平総書記は、アメリカに変わって覇権を握ったのは、中国であることを内外に示そうとしているのだ。

世界経済のリーダーとして相応しい発言をしたのはトランプではなく習近平

 実はこうした傾向は、2017年7月にドイツハンブルクで開かれたG20から続いている。しかし日本ではこの現実への論考があまりなく、絶えず報道されるのはドナルド・トランプ大統領の動静ばかりだ。そのため日本人の多くは、この現実を見過ごしてしまっているのである。

 かたや米国のトランプ大統領は、多国間協議の場であるはずのG20でも、自国の国民へ向けたアピールに余念がなかった。

「米国は我が国民すべてを力づけるデジタル貿易の未来を得るように努力する」

 いつもの「アメリカ・ファースト」の主張に終始したトランプ大統領と「正論」を堂々と述べる習近平総書記。比べるまでもなく、世界経済をけん引する大国のリーダーとして相応しい発言をしたのは習近平総書記のほうだった。

「われわれは多角的貿易体制を強化し、世界貿易機関WTO)に対して必要な改革を行わなければならない」

 こう発言した習近平総書記は、さらにこう踏み込んでみせた。

「自発的な輸入を拡大させる。我々はさらに、課税率の水準を自発的に引き下げ、非関税貿易障壁の解消に努め、輸入プロセスの制度的な取引コストを大幅に削減する」

 関税引き上げで、自国内に引きこもろうとするトランプ大統領とは対照的に、自由貿易を推し進める姿勢を示して見せる。20年前のアメリカのエコノミストたちがこの習近平の発言を耳にすれば、アメリカ大統領の発言と信じ込んでしまうだろう。そして「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領の発言を聞いて、腰を抜かすことだろう。

 習近平総書記が自由貿易の担い手を宣言するのは、いまが世界経済におけるリーダーシップを握る絶好のチャンスととらえているからに他ならない。むしろその好機を中国に与えているのは「俺はタリフ(関税)・マンだ」と自負するトランプ大統領だということに気が付いているのだろう。

 関税を課すことは「米国の経済力を最大限に利用する最善のやり方だ」として、「今、何億ドルもの関税を取っている。アメリカを再びリッチにする」(18年12月5日ツイート)と述べるトランプ大統領は、それと引き換えに米国の世界経済におけるリーダーシップを中国に献上しようとしているわけだ。

カナダではアメリカへの「不支持率」が79%に

 これは何もG20での米中首脳の発言の印象論ではない。

 世界のリーダーとしての評価は、米国よりも中国のほうが高まっていることは、米国の世論調査会社ギャラップがすでに明らかにしている。

 同社は世界133カ国・地域で行った調査によると、米国のリーダーシップに対する支持率の中央値は、オバマ氏が大統領であった09年~16年まで平均して約46%であったのが、トランプ氏が大統領に就任した17年に30%まで急降下し、31%の中国に逆転されてしまったのである。

 トランプ政権2年目の17年には米国のリーダーシップに対する支持率はなんとか1ポイント回復し31%となったが、それに対して中国のリーダーシップに対する支持率は34%と3ポイントも上昇し、米中の支持率の差は拡大した。

 地域別にみてみよう。特に深刻なのは不支持率のほうだ。米国がかろうじて中国より支持率を獲得している中南米でさえ、その不支持率は米国53%で中国の33%を大きく上回る。とりわけ、北米自由貿易協定(NAFTA)をめぐって、トランプ政権から厳しい貿易交渉を迫られたカナダでは、米国のリーダーシップへの不支持率はなんと79%に達している(支持率は過去最低の16%)。

 欧州では支持率は米国24%に対して、中国は28%。不支持率は米国59%で中国44%だ。

 アジアでも同様のことが起きている。アジア全体で見れば支持率は米国32%、中国34%だが、特に中国と対峙している台湾でも支持率は36%に留まり、不支持率は42%と支持率を上回っている。

 こうした傾向は日本でも同じだ。言うまでもないが日本は米国を「唯一の同盟国」として安全保障条約を結んでいる。そんな日本でも米国への支持率は34%しかなく、不支持率39%を5ポイントも下回っているのである。

 こうして、トランプ大統領による「アメリカ・ファースト」外交は、米国のリーダーシップに対する国際社会の支持率を大幅に引き下げ、中国の世界的プレゼンスを高めるのに多大な貢献をしていることになる。トランプ外交は、なんとも皮肉な結果をもたらしているのだ。

 世界を舞台に駆け回るトランプ大統領だが、出たとこ勝負の戦略なしという評価に、大方、異論はないだろう。プロレスまがいで劇場型のトランプ外交は、毎回ニュースのトップで大きく取り上げられ、世界から注目されているが、米国のリーダーシップへの国際的な支持率を貶めたのは、同盟国の首脳でさえ公然と侮辱し罵倒してきたトランプ大統領の発言が大きく影響している。

安倍首相はまるでアジアの「ミニ・トランプ」

 しかしG20大阪サミットで何より衝撃的だったのは、グローバル経済は「こうあるべき」という理念を述べなかった先進国首脳は、トランプ大統領だけではなかったことだ。

 引責辞任の日が迫っている英国テリーザ・メイ首相は仕方ないとしても、いわゆる「西側」の指導者たちは、いずれも自国内での反グローバリズムの高まりに直面し、「多角的な自由貿易体制を維持する」などとは、とても断言できなくなっている。

 G20大阪サミットの議長国の日本はどうだったか。

 安倍晋三首相は議長国記者会見でこう述べている。

グローバル化が進む中で、急速な変化への不安や不満が、国と国の間に対立をも生み出しています」

「戦後の自由貿易体制の揺らぎへの懸念に対し、私たちに必要なことは、これからの世界経済が導く原則をしっかりと打ち立てることであります

 自由貿易体制の後退の懸念を述べて、その対策を訴えた安倍首相だったが、その舌の根も乾かぬうちに、日本政府は半導体製造などに使われる化学製品3品目の韓国向け輸出の事実上の制限に踏み切った。7月21日投開票の参議院選を控え、日本国内で高まる反韓感情を意識した措置なのだろうが、安倍首相G20サミットの議長として訴えた「自由、公正、無差別。開かれた市場、公平な競争条件。こうした自由貿易の基本原則」を、自らあっさりと侵してみせる結果となった。まるでミニ・トランプだ。

 トランプ大統領のゴルフ仲間程度に思われているならまだしも、今回の措置で、貿易を外交の道具とするトランプ大統領と「同じ穴の狢」と世界から見られても仕方ないだろう。

中国を恐れつつ、そのプレゼンス拡大に貢献している日本

 ともあれ、自国内が「分断」された政治状況の下で、「理念」を語り、その模範を行動で示すことができる「西側」の指導者たちは、もはやいなくなってしまった。西側諸国のリーダーたちは、習近平総書記が「世界協調の理念」を高らかに謳い上げ、アメリカ大統領に代わって世界経済のリーダーの座に就こうとしている様を、ただ傍観するだけだった。

 対照的に中国の世界戦略は功を奏している。

 G20サミットの席で、主要各国の首脳、メディアが居並ぶ前で、習近平総書記が「王道」を説き、実際に関税率を引き下げることは、国際社会における中国の支持率をさらに高めていくことだろう。米国を「唯一の同盟国」とする日本が、米国にならって韓国たたきに貿易を利用することもまた、中国の「王道」ぶりを際立たせていくことになる。

 中国を脅威と考える日本人は多いが、「本当の脅威」とは何かをしっかりと考えてみよう。「中国の脅威」を招いているのは、世界的な趨勢に鈍感な日本人の方なのかもしれないのだ。

トランプ追随」を強め、中国の世界的プレゼンスを拡大させることに一役買っている、そんな日本の現状をみるにつけ、中国を利しているのは、むしろ日本のほうではないかと、思わずにはいられないのである。

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G20大阪サミットに出席したトランプ大統領と習近平総書記(写真:The New York Times/Redux/アフロ)