最近の米ドナルド・トランプ大統領の「自国の船舶は自分で守るべきだ」「日米安全保障条約は不公平なので見直しが必要だ」などの発言が大きな波紋を呼んでいる。

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 さらに、「大統領が最近、日米安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らした」とする報道は、政府関係者を狼狽させた。

 日米安全保障体制(日米安全保障条約を基軸とする日本と米国の同盟関係)が永遠に継続し、日本の平和を米国が守ってくれると思っていた日本人にとっては、これらの報道は、驚天動地の出来事であったであろう。

 筆者は、トランプ大統領のこれらの発言、つまり「現状のような不公平な日米安全保障条約では、破棄することもありうる」という発言は、思いつきやブラフでなく、トランプ大統領の本音ではないかと見ている。

 そのように筆者が考える根拠は、著名な国際政治学者であるグレアム・アリソン氏の発言にある。

 同氏はその著書『米中戦争前夜』の中で、米中戦争を回避するヒントの一つとして、「同盟はリスクをもたらす。従って、米国の政策当局者たちは、アジアの同盟国と結ぶ約束の範囲を慎重に見直す必要がある」と述べている。

 なぜなら、尖閣諸島をめぐる日中間の軍事的衝突が引き金となり、米中どちらも望まぬ戦争に突入する可能性があるからである。

 アリソン氏の主張がどれだけトランプ大統領の政策に影響するかは分からないが、少なくともトランプ政権の政策立案者には少なからず影響を及ぼすであろう。

 本稿は、トランプ大統領のこれらの発言を奇貨として、ポスト日米安全保障条約について考察したものである。自由に私見を述べるが、大方のご批判をたまわりたい。

1.新・旧日米安全保障条約の特殊性

 1952年の「日本国との平和条約(サンフランシスコ条約)」締結と同じ日に締結された旧日米安全保障条約は、そもそも米側の義務が規定されていない点で、極めて異例の条約であった。

 前文で「日本に独自の防衛力が充分に構築されていないことを認識し、また国連憲章が各国に自衛権を認めていることを認識し、その上で防衛用の暫定措置として、日本はアメリカ軍日本国内に駐留することを希望している」とされている。

 ポツダム宣言に基づき武装解除され自国を守る軍事力を全く保有していなかった日本は、米国に対して米軍の駐留を希望したのである。

 そして、第1条で「日本は国内へのアメリカ軍駐留の権利を与える」と規定した。ちなみに、自衛隊が創設されたのは1954年7月である。

 1960年に成立した新日米安全保障条約(以下、新旧の但し書きのない場合は新日米安全保障条約を意味する)は、米国と日本は、それぞれ「対日防衛義務」と「施設・区域の提供義務」を負い、その意味で双務的になっている。

 しかし、「命を懸ける義務」と「命を懸けない義務」の交換であるので不均衡または不公平な条約であるともいえる。

 このような条約になったのは、すでに成立していた日本国憲法9条の規定が関係している。米国はこれを受入れ、その結果、極めて特殊な条約が成立したのである。

 米国は日本を防衛することを約束する一方で、その基地を日本防衛だけでなく、極東の平和と安全のために使用することが許されている。

 要するに、米国にとって、日米安全保障条約がもたらす大きな利益は、第6条に基づき日本の基地を日本防衛以外に使用する権利を獲得したことである。

 さらに、日本が国土防衛だけを目的とする防衛力を保有することを約束したことで、米国は真珠湾攻撃の再来を心配する必要がなくなった。俗に言われる「ビンの蓋」論である。

 他方、日本は、防衛費を低く抑えることができ、諸資源を経済発展に振り向けることができた。

 すなわち、当時の政府は、日本の防衛を米国に依存することで、軽武装を維持しながら、経済の復興・発展を最優先させたのである。

2.日米安全保障体制を取り巻く環境の変化

 日米安全保障条約締結当初、アジア地域の紛争として想定されていたのは、朝鮮半島問題や台湾海峡の偶発事件であった。

 だが今日、尖閣諸島における日中軍事衝突や南シナ海での偶発的米中軍事衝突についても想定せざるを得なくなった。その背景には米中の覇権争いがある。

 中国は、2010年に世界第2位の経済大国になり、2013年には、アジアインフラ投資銀行AIIB)を提唱し、2014年には一帯一路構想を提唱するなど影響力をグローバルに拡大する姿勢を明確にした。

 また、中国の核戦力の強化や宇宙・サイバー分野などへの軍事力の拡張は、米国の軍事的優位性を急速に侵食し始めた。

 このような中国の急速な台頭に対して、米国は脅威を覚え警戒を始めた。そして歴史の法則に従い、「覇権国米国と新興国中国の間で覇権争い」が勃発したのである。

 前出のグレアム・アリソン氏は、「新興国が覇権国に取って代わろうとするとき、新旧二国間に危険な緊張が生じる。現代の中国と米国の間にも、同じような緊張が存在する。それぞれが困難かつ痛みを伴う行動を起こさなければ、両国の衝突、すなわち戦争は避けられないだろう」と述べている。

 ここ十数年、日本周辺の安全保障環境の厳しさが増し、かつ国際社会全体の安全保障環境が変化している。

 そうしたなか、日本政府は南シナ海や東シナ海における米中の軍事的衝突の可能性を見越して、米国の軍事作戦を支援できるよう集団的自衛権の行使を容認する「集団的自衛権行使容認の閣議決定」を行った。

 同時に「平和安全法制」を成立させて平時に米軍の艦艇・爆撃機の護衛や北朝鮮弾道ミサイル発射を警戒している米海軍イージス艦に対する燃料給油などができるようにした。

 このように、日本は、現行憲法の下で、できる限りの努力をしてきたにもかかわらず、米国側から日米安全保障条約の見直し・破棄に関する発言が出てきたのである。

 同盟には「見捨てられる恐怖と戦争に巻き込まれる恐怖」のジレンマがあると言われる。

 日米安全保障条約を対等な条約にしない限り、日本は常に同盟におけるジレンマに悩まされ続けなければならないであろう。

3.日米安全保障条約に代わる日本の選択肢

 日米安全保障条約の見直しの場合と日米安全保障条約を破棄した場合に分けて考察する。

(1)日米安全保障条約の見直しの場合

 この場合、現行日米安全保障条約を相互防衛条約へ改定するという選択肢が考えられる。「集団的自衛権行使容認の閣議決定」と「平和安全法制」の成立により相互防衛条約へ改定する道が開かれたのである。

 相互防衛条約とは、一般に安全保障のために2か国以上の独立した国家が相互に軍事力を含む援助することを条約により約束することである。相互防衛条約の根拠は集団的自衛権である。

 初めに集団的自衛権について述べる。

 集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利である」とされる。

 集団的自衛権の行使は国連憲章で認められている。だが、集団的自衛権の濫用を防止するため、国際法では①攻撃を受けた国による攻撃事実の宣言と②攻撃を受けた国による他国に対する援助要請の2つの要件が定められている。

 さらに、日本には憲法上の制約がある。

 これまでの政府見解は、「集団的自衛権は保有しているが行使できない」とするものであったが、政府は2014年7月1日に、「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」を行った。

 そして、「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容される」とする新たな政府見解が示された。

 次に、相互防衛条約が必ずしも参戦義務を約束するものでないことを強調したい。

 例えば、北大西洋条約第5条には「各締約国が、・・北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む)を個別的に及び他の締約国と共同して直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助することに同意する」と規定されている。

 すなわち、締約国は軍事力によらない援助を行うことができる。事実、軍隊を保有していないアイスランドが北大西洋条約に加盟している。

 次に、重要なことは、同盟は対等な独立国同士の提携であるので、相互防衛義務に基づく援助の内容については、各締約国が独自に決定することになっていることである。

 例えば、ANZUS(AustraliaNew ZealandUnited States)安全保障条約第4条には「自国の憲法上の手続に従って共通の危険に対処する」と規定されている。この表現は、日米安全保障条約と同じである。

 ANZUS条約と日米安全保障条約は同時代に米国が締結した条約であるので同じ表現となっているのであろう。

 従って、相互援助条約に改定しても「日本の憲法上の規定及び手続に従って行動する」ことができるのである。

 現実的に考えても、世界の超大国の米国が日本に対して、米本土に援軍を要請するとは考えられない。援軍要請は、せいぜいグアムまでであろう。

 次に、相互援助義務が適用される地理的範囲について述べる。

 相互防衛条約を締結する際に、条文に相互援助義務が課される地域を定める場合と、定めない場合がある。

 現行の日米安全保障や北大西洋条約、米比相互防衛条約は前者であり、中朝友好協力相互援助条約や集団安全保障条約(CSTO)は後者である。

 かつて、日英同盟においては相互援助義務が課される地域が制限されていなかったため、日本は艦艇を地中海に派遣した。

 以上の考察から、筆者が提言する日米相互防衛条約の案は、第5条を「各締約国は、日本又は北アメリカもしくは太平洋におけるいずれかの締約国に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と改定するものである。

 付言するが、日本が「対米防衛義務」を負うならば、当然、「施設・区域の提供義務」を解除することができる。

 しかし、在日米軍の存在が第三国への抑止力となっている事実を忘れてはならない。米軍基地の返還を要求することだけが「対米自立」の道ではない。

(2)日米安全保障条約の破棄の場合

 日米安全保障条約を破棄した場合には単独防衛と米国以外の国との同盟が考えられる。

ア.単独防衛

 単独防衛の場合は、核の傘がなくなるので、自前の核兵器を開発して独自路線を模索する「日本核武装」が現実味を帯びてくる。

 しかし、日本は唯一の被爆国として、核兵器の保有には強い拒否感がある。従って、「核武装」を選択することは考えられない。

 日本は、高性能の核兵器を速やかに製造・配備するだけの技術力をほぼ確実に保有していると諸外国から見られているので、それを潜在的核抑止力として使うべきである。

 また、核兵器を保有しない単独防衛の場合は、近隣諸国からの核の恫喝に耐えなければならないことおよび現在の数倍の防衛費がかかることを覚悟しなければならないであろう。

イ.米国以外の国との同盟

 中国またはロシアを選ぶしか選択肢がないであろう。

 中国を選んだ場合には、条約締結交渉において、尖閣諸島領有権問題や東シナ海のガス田開発問題などの懸案事項において大幅な譲歩が迫られるであろう。

 ロシアを選んだ場合には、日ロの最大の懸案事項である平和条約問題は、北方領土の主権が返還されないまま2島(歯舞・色丹)返還で解決する可能性が大きい。

 一方、サハリンや北極圏でのエネルギー開発などの経済協力が進展する可能性がある。

 しかし、ロシアは、歴史上常に日本の敵であり、脅威であったことを忘れてはならない。また、中国またはロシアのいずれを選んでも米国との関係が悪化するであろう。

 上記の考察から、日米安全保障条約に代わる日本の選択肢は、現行日米安全保障条約の相互防衛条約への改定しかないと筆者は考える。

 第2次世界大戦後、独立を回復するにあたって、自由と人権を尊重し、民主主義を基調とする自由主義諸国の一員としての道を選び、日米安全保障条約を締結して米国との提携を選択した。

 今後とも同じ価値観を共有する米国との提携を継続すべきである。

おわりに

 国際社会は、第2次世界大戦を防ぐことができなかった国際連盟の反省を踏まえ、国際連合を設立し、国連軍による集団安全保障制度を導入し、安全保障理事会における意思決定を重視した。

 そのため、安全保障理事会に大きな責任と権限を付与した。

 しかし、常任理事国に拒否権を付与したことが仇となり、常任理事国同士の対立により国連は機能不全に陥っている。

 さらに、米国は「世界の警察官」の役割を放棄した。

 現在、世界は無秩序状態にある。つまり国家を取り締まる権威をもった組織が存在しないのである。

 そして、各国が勝手気ままに自国の利益だけを追求している。

 著名なフランス経済学者ジャックアタリ氏は、現在の状況は「第1次世界大戦前夜」と似ていると警鐘を鳴らしている。

 国際秩序が混迷の度を深めつつある今、必要なのは信頼できる仲間、すなわち同盟国である。日米同盟が日本の外交・安全保障の基軸であることは予見しうる将来にわたって変わらないであろう。

 付言するが、同盟に最も重要なものは相互の信頼関係である。

 同盟の信頼性・実効性を高めるには様々な方法がある。

 これを段階的に言えば、第1段階は、日米同盟のように条約を締結すること、すなわち紙の上での約束である。

 第2段階は、米韓同盟のように連合軍司令部を設置し指揮系統を一元化することである。

 最も実効性のある第3段階は、北大西洋同盟(NATO)のように、平時から軍団以上の司令部と部隊を多国籍軍編成とし、一部部隊を多国籍の常設軍(地中海常設海軍部隊、AWACS部隊など)とすることである。

 近い将来、日米相互防衛条約が締結されれば、日米混成部隊が乗艦・搭乗する艦艇・AWACSが日本周辺の海・空を常時警戒監視することがあるかもしれない。

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