世界的に破壊的イノベーションの創出をめぐる国際競争が激化する中で、異なる組織や人が有する知識や技術、経営資源を組み合わせて新しい価値の創出を図るオープンイノベーションの重要性がますます高まっている。こうした状況を受けて、政府はが創設した「日本オープンイノベーション大賞」を創設、今年3月に第1回の表彰式を実施した。実施の背景や狙い、第1回の反響などについて、長年にわたりスタートアップ支援やイノベーション創出支援に携わってきた、内閣府の石井芳明氏に、実施の背景や狙い、反響などについて話を伺った。

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政府が表彰することでロールモデルをつくる

 日本オープンイノベーション大賞は、国内のオープンイノベーションを推進するために、今後のロールモデルとなるような優れた取り組みを表彰する制度だ。2019年3月5日には第1回の表彰式が行われ、内閣総理大臣賞をはじめとする12の賞が、14の取り組みに授与された。

「企業で新規事業開発に取り組む人を除けば、日本ではまだオープンイノベーションの考え方が十分に浸透しているとはいえません。大学も『研究が本分』と垣根をつくり、民間と組むのをためらってしまうケースが見受けられます。日本オープンイノベーション大賞は、ロールモデルと成り得るオープンイノベーションの取り組みをたたえることで、そうした取り組みを行っている人々が活躍しやすいよう環境を整えることが目的です」

 新規事業開発やイノベーション施策を担う部署は、組織で肩身の狭い思いをすることも多い。目に見える成果を挙げるまでに時間がかかることや、取り組まないことに対するリスクの大きさを上司が理解していないケースも少なくないからだ。政府や各分野の有識者のお墨付きがあれば状況は変わっていき、挑戦しやすい環境が整っていくことが期待できる。

 表彰式当日は立ち見が出るほどの大盛況で、受賞を理由に役員を伴って参加する企業や団体も見られたというから、狙い通り、オープンイノベーションを促進する表彰制度として機能したといえる。

 そもそも日本オープンイノベーション大賞は、産学官の連携活動において大きな成果を収めた取り組みを表彰する「産学官連携功労者表彰」制度をリニューアルしたものだ。リニューアルに際して大々的なPR活動は行っていないが、2018年10月に第1回の募集を開始したところ、約250件の事例が集まった。大学からの応募者が多かった理由について、石井氏は次のように推測する。

「前身の『産学官連携功労者表彰』の名残が大きいのではないでしょうか。もともと大学からの応募が例年100件弱あったところへ、今回のリニューアルでスタートアップや大企業からの応募が上乗せされている印象です」

 また、スタートアップに関してはBtoB企業からの応募が目立ち、その中には有望な事例も多く見られたという。

「今回表彰には至らなかったものの『選考委員会選定優良事例』に選ばれたリンカーズのように、『つながって新しいものをつくる』基盤となり、社会を変えていく可能性を秘めたスタートアップも出てきています」

 政府としては、突出した技術やアイデアを持つ特定のスタートアップを応援していくという政策に加え、エコシステムの形成を支援していく政策、特に拠点づくりを強化するという。その理由として石井氏は、海外のユニコーン企業の大半は都市の集積の中から生まれていること、つまり人と人とがリアルに顔を合わせる中で生まれていることを挙げ、対する日本では「場をつくる」という観点での都市づくりや、コミュニティー形成、つながりづくりの意識がやや不足しているのではないかと指摘する。

 つまり、日本においては、各地に点在する優れた技術やアイデア、そして人材を「つなぐための仕組み」がまだまだ不十分な状況にあるということだ。第2回以降も、こうした取り組みが高く評価されていくことが予測される。

先導的な取り組みや大きな成果を収めた産学官連携の優れた成功事例に対して、2003年度から内閣府を中心に内閣総理大臣賞などの授与が行われてきた

受賞事例から見えてくる今後の評価ポイント

 次に、受賞した取り組みの中でも特に印象的だった事例や、高く評価された事例について石井氏に伺った。

「実は、選考委員会では、経済産業大臣賞の選定に、かなり時間がかかりました。候補として各企業よりすぐりのスタートアップ連携プログラムが多数挙がってきたからです。経済産業大臣賞を受賞したJR東日本は、似た取り組みを行う企業の中でも比較的後発といえます。しかし、『出島』形式で機動的に施策を進めている点や、いろいろなプロジェクトを同時に思い切りよく動かしている点が、他のスタートアップ連携プログラムに比べて頭一つ出ている印象を、複数の選考委員が持たれたのだと思います。『会社としての覚悟が感じられる』というコメントも出ていました」

 また、科学技術政策担当大臣賞を受賞した「ミツバチプロダクツ」の取り組みや意義については「大企業の中で生かせずにいる技術や人材という資源を外に出して、外部資源とつなげつつ、機動的に事業化するという視点は、これからの日本産業にとって非常に重要な意味を持っています。また、この取り組みは、大企業が自社から切り出したものをコントロールしようとするのではなく、ある程度手放しても機能するような枠組みをつくった点が高く評価されています。市場規模が小さい、本業から遠いといった理由で、大企業の中では企画書段階で『没』になってしまうようなものを事業化していく仕組みとして、再現性があるのではないでしょうか」と高評価の背景を分析する。

 さらに、選考委員会特別賞を受賞したローンディールの「レンタル移籍」に関する取り組みについて、「アイデア自体は複雑なものではないが、実現するには非常に手間がかかる仕組み」を、粘り強く運用にこぎ着けた点が高く評価されたという。

 自らも自治体への出向経験がある石井氏も、所属する組織の外に出ていくことについて「出向する人はもちろん、受け入れる側も大変だが、出向者はキャリアパスの鍵となるような非常に良い経験ができるし、受け入れ側にもメリットがある」と評価する。しかし、いくら貴重な経験が積めるといっても、わざわざ安定した大企業からスタートアップへ転職する人材は多くないだろう。こうした状況を真正面から受け止めて、大企業とベンチャーの間で人材流動性を高め、互いに好循環を生み出すレンタル移籍の仕組みを生み出すローンディールの取り組みが高く評価されたのは、納得のいくところだ。

再チャレンジも歓迎、第2回に寄せる大きな期待

「日本オープンイノベーション大賞」は、第2回の開催がすでに決定している。第1回で集まった取り組みについて、事務担当として応募用紙全てに目を通したという石井氏は、「全体を通してクオリティーの高いものが多かった」と振り返る。また、受賞に至らなかった理由を事務局へ問い合わせる熱心な企業・団体も少なくなかったという。第2回に前回以上の盛り上がりを期待する。

 前回受賞を逃した取り組みでも、第2回で再評価される可能性は十分にあるという。第1回の受賞事例を分析し、ビジネスモデルをブラッシュアップして再挑戦する価値はあるだろう。

 加えて先に触れた通り、この表彰制度には「企業の新規事業担当者以外にもオープンイノベーションの意義や役割を浸透させる」という狙いがある。現在進行形で何らかのオープンイノベーション施策に取り組んでいるものの、社内で評価されていないと感じているのなら、応募しない手はない。

「賞の拡充も視野に入れ、より盛り上げていきたいと考えています。『どうやったら賞を取れるんですか?』という問い合わせをいただくこともありますが、全ての『一歩前に踏み出す』取り組みが、オープンイノベーションを後押しすると考えています。まずはどんどん応募していただきたい」と背中を押す。

 日本を変革へとドライブする日本オープンイノベーション大賞。賞に対する認知拡大と応募増によって、オープンイノベーションの気運は確実に高まっていく。

≪第2回 日本オープンイノベーション大賞≫
応募締切 2019年10月7日(月)18時

《第1回 受賞者一覧》
内閣総理大臣
超多項目健康ビッグデータで「寿命改革」を実現する健康未来イノベーションプロジェクト

●科学技術政策担当大臣賞
大企業発のスタートアップ 「ミツバチプロダクツ(株)」の挑戦

●総務大臣賞
リアルタイム津波浸水被害予測システムの開発と運用

●文部科学大臣賞
基礎研究段階からの産学共創~組織対組織の連携~

●厚生労働大臣賞
医療のIoT化を実現するスマート治療室SCOTの開発

●農林水産大臣賞
宮崎県における産学官連携による公設試験場発ベンチャー企業「一般社団法人食の安全分析センター」の設立と残留農薬分析技術の社会実装

●経済産業大臣賞
JR東日本スタートアッププログラム」を通じたイノベーションの社会実装チャレンジ

●国土交通大臣賞
東北インフラ・マネジメント・プラットフォームの構築と展開

●環境大臣賞
定期旅客便を利用した温室効果ガスのグローバル観測(CONTRAILプロジェクト)

日本経済団体連合会会長賞
大企業若手有志プラットフォーム「ONE JAPAN」

日本学術会議会長賞
再生医療等臨床研究を支援する再生医療ナショナルコンソーシアムの実現

●日本オープンイノベーション大賞選考委員会特別賞
・「レンタル移籍」による人材育成とイノベーションのエコシステム構築
・遺伝子組換えカイコによる新産業創出プラットフォームの構築
・骨置換型人工骨「サイトランス グランニュール」の開発と実用化

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