(篠原 信:農業研究者)

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 AI(人工知能)が仕事を奪い、失業者で溢れかえる時代がやって来る、創造性のない人間にはろくな仕事が見つからず、低賃金に甘んじなければならなくなる、と言われている。

 しかし筆者には、違和感がある。もしかしたら、AIをスケープゴートにしているだけなのではないか。雇用を奪い、多くの人々から収入を奪うものの正体は、実は別のものではないか。そしてその「正体」は、過去にもわれわれの前に姿を現したものなのかもしれない。

かつて、犯人は「機械」ではなく「資本」だった

 18世紀後半から19世紀にかけて起こった産業革命では、機械が発達、大量生産が可能になり、安い商品が大量に出回り、手工業で生きてきた人たちの生活を破壊した。仕事を奪った機械を憎み、打ち壊すラッダイト運動というのが起きたが、事態は改善しなかった。5、6才の子供が14時間労働を強いられ、労働者の平均寿命は非常に低かった。人々は生きるか死ぬかのギリギリの生活を強いられていた。

 そんな中、マルクスが、人間から雇用と収入を奪ったのは機械ではなく、「資本」だと指摘した。資本家は、多額の資金によって大型の機械を購入し、その機械で製品を大量生産。大量の商品が安く出回り、従来の手工業を破壊。仕事を失った人たちを資本家は低賃金で雇用。こうしたコスト圧縮で増えた利益は資本家が総取り。この構造が可視化された。

 犯人は機械ではなく資本だと気づいた労働者は、一斉に働かないことにより資本家の利益を破壊する「スト」という手法を開発、資本家を困らせることに成功。資本家はロビー活動により、ストを違法とし、重罪にすることで取り締まろうとしたが、労働者の反乱は治まらなかった。

 やがてロシアに革命が起き、ソ連が生まれると、資本家は恐怖した。共産主義国では、全財産を没収されてしまう。ソ連成立で勢いがついた共産主義は、各国で革命を起こし、次々に共産主義化した。第二次大戦後の「ドミノ理論」では、この状況を放置すれば、やがて世界中が共産主義化するだろう、と予測されていたほど。

 資本主義国の雄、アメリカでも共産主義運動は盛んで、取締りに苦慮していた。共産主義化をなんとか食い止めなければ、資本家は事実上、抹殺されてしまう。資本主義を守りながら、労働者の不満を和らげ、共産主義を抑えられる、新たな社会デザインが求められていた。

 そのモデルになったのが、ロバート・オウエン、ヘンリーフォードケインズの三人。この三人は、弱肉強食が当たり前の資本主義の中で、労働者に十分な報酬を分配しながらも事業を成功させた、独特な提案をした人物たちだった。共産主義化を食い止め、資本主義を維持するのに格好のモデルとなった。

共産主義の脅威を食い止めた「修正資本主義」

 オウエンは、労働者を搾取し、長時間働かせるのが当然の産業革命において、給与を十分に高くし、労働時間を短くし、生協の起源となる、高品質で手ごろな価格の生活必需品を従業員に販売するなど、労働環境を大幅改善。それでいながら世界一高品質の糸を紡ぐことで経営的にも大成功を収めた。

 ヘンリーフォードは、従業員に破格の高い給料を支払い、8時間労働、週休2日制と、現代につながる労働環境を整備。それにより、高品質の自動車を生産、自社の従業員が自動車を購入して乗り回すという、金持ちにしかできないと思われていたことを「大衆化」する「魔法」を実現した。労働者は、経済を好転させる「消費者」でもある、と明確に位置づけた。

 オウエンもフォードも、当時としてはかなりの「変わり者」であり、労働者を搾取し、自分たちの利益を最大化することに熱心な資本家たちから、必ずしも受けいれられていたわけではない。事実、世界一豊かであったアメリカでさえ、『怒りの葡萄』(スタインベック著)に描かれるように、庶民はまだまだ低賃金にあえいでいた。

 オウエンやフォードなどの、「変わり者」の振る舞いに、理論的補強をしたのがケインズ。「穴を掘って埋める」だけの、何の役にも立たない仕事であっても、労働者にしっかり報酬を支払えば、その人たちが消費をすることでお金が社会を巡り、経済がよくなるということを理論的に示した。

 オウエン、フォードケインズの三人の提示したモデルなら、資本主義の中でも、労働者は十分な報酬を得て満足できる社会が作れる。共産主義でなくとも、労働者が幸せに生きていける社会が実現できる、と考えられた。共産主義になって全財産を失うくらいなら、と資本家もこの社会モデルに賛成した。

 第二次大戦後の資本主義社会は、オウエン、フォードケインズの流れを汲む、「労働者に十分な収入と、無理のない労働環境」を実現することを選択した。この選択は大成功をおさめた。数十年経って、ソ連は貧しさの中で崩壊。他方、「修正資本主義」を選択した先進諸国は、かつての王侯貴族でさえ味わえないほどの豊かさを全国民的に享受させるという「奇跡」を見事に実現した。

 ところがソ連崩壊前後から、妙なことが起きる。

 イギリス、アメリカ、そして日本で、所得税相続税法人税の見直しが進んだ。これらはいずれも、資本家(お金持ち)に有利な制度変更。高所得者への税率が引き下げられ、相続税が引き下げられ、法人税が引き下げられて株主(多くが金持ち)への配当を手厚くする形が進められた。

 これらの税制改革は、「お金持ちが資金を他国に移したら資金不足に陥って大変」と不安を煽られて実現した。お金持ち優遇をしないと国として成り立たない、というのがその理由。

 ただ、筆者には、もう1つの側面があるように思われる。「共産主義への恐怖」が消えたためではないか、と。

共産主義の崩壊を機に修正資本主義も後退

 ソ連を初めとする共産主義国の連鎖崩壊は、あまりにみっともない形だったので、共産主義への失望が世界に広がった。また、修正資本主義により、労働者は資本家と戦う理由もなくなり、労働運動は低迷するようになっていた。資本家は、共産主義を恐がらなくなった。全財産を没収される心配がなくなったのだから。

 共産主義への恐怖がなくなり、資産を奪われる不安から解放されてみると、「なんで労働者にこんなに高い給料払わなきゃいけないんだよ」という不満が湧いてきても不思議ではない。「俺は大株主でこの会社の支配者。なのになんでこんなに税金を払わなきゃいけないんだよ」。

 そうした資本家の不満が、所得税相続税法人税の見直しにつながったと考えると、いろいろつじつまが合う。労働者に不利な環境整備が進むのも、共産主義が怖くなくなったら、資本家は、労働者に利益を配分するのが惜しくなってきた、と考えると分かりやすい。

共産主義への恐怖」がなく、資本家が「全財産を没収されることはない」とタカをくくっている以上、オウエン、フォードケインズらが形成した「修正資本主義」に戻ろうとする力も弱い。なぜなら資本家は、「修正資本主義」に戻っても自分たちには利益はない、と考えるだろうからだ。

 課題は、「修正資本主義」自体が老朽化し、綻びが見えていたこと。公共工事で道路を作っても、景気が以前のようには回復しなくなっていた。ほしいものはほとんど手に入れた豊かな社会では、報酬は消費に必ずしも結びつかず、ケインズのいう乗数効果(消費が消費を呼んで景気がよくなる)も表れにくかった。

 だから、現代の日本が抱える問題は2つ。大きな政治力をもつお金持ち(資本家)は、「共産主義への恐怖」がよみがえるのでもない限り、「修正資本主義」に戻そうとしないだろう、ということ。もし「修正資本主義」に戻したとしても、昔のままの形態ではうまく機能しないだろうということ、だ。

 いかにして、裕福な人たちに、「利益を独り占めしようとするな、多くの人に分配せよ」と説得することができるのか。「修正資本主義」でありながら、地球環境に配慮し、浪費型生活を改めつつ、それなりに楽しく暮らせる社会は実現できるのか。この2つの課題を解決することが求められているように思う。

「AIが仕事を奪う」は資本家を守るカモフラージュか

 このように考えていくと、「AIが人間から仕事を奪い、路頭に迷わせる」という主張は、AIをスケープゴートにし、攻撃の矢を資本家たちからそらすための、カモフラージュ論だと捉えたほうが的確かもしれない。

 事実、戦後は戦前より機械化が発達したはずなのに、雇用は増え、労働者の給料は増えた。なぜ戦前は、労働者が低賃金に苦しみ、戦後は豊かな生活を謳歌できたのか。それは、資本主義国が、資本家に利益を独占させない社会に変わったから。利益を労働者になるべく手厚く分配する社会システムを選択したからだ。

 ならば、未来のAI時代にも、同じ選択をすればよいはずだ。

 雇用を奪うのは、機械でもAIでもない。金持ちに手厚く配分し、庶民に利益を分配しようとしない社会システムに原因がある。

共産主義への恐怖」がない時代に、新しいスタイルの「修正資本主義」を構築できるのか。これは、我々の世代の責務だといえる。

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