7月18日午前10時過ぎ、京都市伏見区で発生した「京都アニメーション」第一スタジオへの放火事件、本稿を急遽記している段階で33人の死者という、あり得ない犠牲が報道されています。

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 放火犯の疑いで身柄を拘束されている41歳の男(埼玉県在住?)は、自身も重い火傷を負っており、容態急変の可能性も考えられるとのこと。

 現場はJR奈良線と京阪宇治線に挟まれたエリアで、京阪六地蔵駅からほど近い山科川に沿った静かな住宅街にあります。

 付近には明治天皇の桃山御陵、つまりかつての伏見城、江戸幕府の伏見奉行所が所在し、長い歴史をもつ地域であるとともに、戦災を受けなかったため、迷路のように細かな路地が入り組んでいます。

 すでにほとんど鎮火していますが、夜中まで火がくすぶっており、地元消防は徹夜で監視体制とのこと。今回の火災で消火作業に手間取ることがなかったか、改めて案じられました。

 なぜそのようなことを記すかというと、後半に記す通り、建物の構造や立地が、今回の放火事件を考えるうえで、非常に重要なポイントであると思われるからにほかなりません。

 すでに報道されている通り、今回の放火はバケツのようなもので「ガソリン」が撒かれ、それに火がつけられて瞬時に燃え広がったと考えられます。

「爆燃」と呼ばれる現象で、瞬時に驚くほどの速さで火が燃え広がり、避難する時間的余裕などはなかったのではないか、との専門家の観測も報じられています。

 私が一番懸念するのは、いまつぶさに報道されたメカニズムから、同様の犯罪がいとも簡単に再現されかねない「模倣犯」の発生です。

 ここ数日、おかしな事件の報道が続きました。自宅で深夜、就寝していた少年が「通り魔」に襲撃されたり、いきなり街中を通行している人が「傘」でこめかみを刺されて失明したり、といった事件が連続して発生。

 明らかにおかしな事件の報道が相次ぐと思っていた矢先、絶対にあってはならない放火事件の報道がもたらされました。

模倣犯防止の絶対的要請」という観点から、以下考えてみたいと思います。

ガソリンの携行缶販売?

 NHK報道によると、火事の30分ほど前、現場からおよそ500メートル離れた場所にあるガソリンスタンドで、22リットル入りのガソリン携行缶2つを手押し車に乗せた男が、ガソリン40リットルを購入していたとのこと。

 男は「発電機に使う」と説明して、ガソリンを購入、手押し車に載せて去っていったとのことで、警察は、このガソリンと火災との関連を調べているとの報道があります。

 私がこの報道を見て最初に思ったのは「ガソリンの携行缶購入は禁止されているのではなかったか?」という先入観でした。

 実際、調べてみると、車の給油タンク以外へのガソリンの購入はセルフスタンドでは禁止されており、有人のスタンドでのみ可能、かつ、法で定められた金属製の携行缶を用い、容器は22リットル以下でなければならない、と定められていました。

 逆に言えば、法で定められた金属容器を用いて有人スタンドで給油する限り、誰でもガソリンを携行缶で購入できてしまうことになる。

 おかしな通り魔事件が続くなか、今回の放火の詳細な報道が、むしろ模倣犯の発生を後押ししたりしないかというのが、最も懸念されるポイントにほかなりません。

 報道の中に「犠牲者の冥福をお祈りするとともに、全容が解明されることを願う」という論調を目にしたのですが、私は「全容の解明」が第2に来るべきだとは正直思いませんでした。

 一番大切なのは「再発の防止」ではないのか。そして、その観点からすれば事件の「全容の解明」は必要なことではありますが、犯行の詳細や、それが甚大な被害を生み出してしまったメカニズムの解説は、むしろ模倣犯の発生を助長しかねないのではないかという強い疑問を抱かざるを得ません。

 さらに気になったのは、現場から500メートルほどの距離にあるガソリンスタンドとして、セルフのスタンドが確認できることです。

 仮に容疑者が、このセルフのスタンドで20リットル入り携行缶2つにガソリンを詰め、手押し車で移動した場合、京阪宇治線に沿って移動し、六地蔵駅前を通って曲がりくねった一本道を進み、一番奥に所在している京都アニメーションまで、衆人環視の朝の駅前通りをガソリンを押して移動していたことになります。

 ガソリンは「第1石油類」に分類される、最も引火性の高い物質の一つです。

 第1石油類は引火点が摂氏21度以下のものが相当しますが、自動車ガソリンは沸点が40~220度、引火点はマイナス40度と極めて低いので、真冬のシベリアや北極南極など極寒の地でも車のエンジンが働きます。

 逆に言えば、そのような物質を分留して「自動車ガソリン」として製品化しているわけで、極めて危険な物質ですので、オレンジ色に着色され、間違ってもおかしな扱いを受けないよう、十分な注意が義務づけられています。

 今回の放火事件があり得ないのと、ことによると同じくらいに、午前中の駅前、線路沿いの道路を、直後に放火犯になる人物が40リットルガソリン手押し車で持ち運んでいたという事実はあり得ない。

 法で定められた容器に入れられているとはいえ、すぐに汲み出すことができる状態、付近でたばこなど吸う人がおり、手押し車が小石に躓くなどして転倒、蓋の締めかたが不十分といった理由で大量のガソリンがこぼれるといった事態も、決して考えられないわけではないように思います。

 何よりも、もしこれがセルフのスタンドでの購入であったなら、明らかに法で禁じられた行為であったことになります。

 容易に模倣犯が真似できる、こうした情報が「全容解明」の過程でメディアに流れることのリスクを、思わざるを得ません。

煙突と化した階段

 もう一つ、非常に問題だと思ったのは、火災の広がり方と犠牲者の分布に関する報道です。

 放火犯は、3階建てのビルの1階入り口付近で、バケツのようなものを使って液体を撒き、それに火をつけたと報道されています。

 南北に長い長方形の建物にはエレベーター、3階まで続く螺旋階段と、屋上まで続く階段の3つの上下方向の導線があったと報道されています。この建物には、屋外に非常階段などは取りつけられていなかったらしい。

 となると、この建物の1階で火災が起きると、建物の中にある階段を下りて屋外に出るか、階段を上がって屋上に出るか、2つの避難路しかないことになってしまう。

 そのことに、放火犯は意識的であった可能性があるのではないかと思われます。

 戦災を免れ迷路のような一本道が続く桃山の地形以上に、建物自身が避難路を持たず、入り口に放火されてしまうと、逃げ道がなくなる構造になっていたこと。

 さらに、階下で一度、ガソリンの爆燃が発生してしまうと、上の階にいた人は、何が起きたかわけが分からないまま、階下から黒煙が立ち上ってきてしまいますから、唯一の避難路であるはずの階段が、有毒物質や一酸化炭素を大量に含んだガスの煙突になってしまいます。

 吹き抜けになっていた螺旋階段は、勢いよくガソリンと炎が立ち上る、煙の熱気の通り道になったに違いありません。

 報道によれば、犠牲者は1階で2人、2階で11人、3階の階段付近で20人もの遺体が発見されたとのこと。

 この階段付近で多くの犠牲が発生したのは、建物ならびに放火位置の2つの条件から、ほとんど必然的な、しかし絶対にあってはならないリスクが現実化したと考えられます。

 容疑者も重体で、現在は麻酔によって意識不明と伝えられますが、真相解明と並行して、あるいはむしろ先立って、徹底した再発防止の取り組みがなされる必要があると言わねばなりません。

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