苦味が特徴的な「ゴーヤー」に光を当てている。前篇では、ゴーヤーが地方野菜から全国野菜になった経緯を伝えた。沖縄での害虫根絶や育種の取り組みと、全国での健康ブームなどが相まって、1990年代、この野菜は日本中に広まった。

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 後篇では、ゴーヤーを対象とする研究を伝えたい。苦味をもたらす成分が個体内でどのようにつくられているかの解明が進んでいるのだ。苦味成分の合成過程のほとんどが葉で進んでいることも分かった。ゴーヤーをめぐる遺伝情報が網羅的に解析され、それが人とゴーヤーの新たな関係性をもたらそうとしている。

苦味に関与する酵素の遺伝子を探していく

 ゴーヤーの苦味はどうつくられるか。これまでの研究で、苦味成分は「ククルビタシン類」とよばれる化合物群であることが分かっている。だが、どうやってゴーヤーの個体内でこれらの苦味成分がつくられるのかについては未解明な部分が多い。それが解明されれば、苦味を制御したゴーヤーを開発したり、機能性のある化合物だけを抽出して利用したりといった応用にもつながる。

 苦味成分の生合成経路を解明しようとしているのが、かずさDNA研究所(千葉県)の鈴木秀幸氏らと、明治大学の久城哲夫氏らの共同研究グループだ。研究所がデータ解析をし、大学が重要な遺伝子や化合物を突きとめる。両氏ともククルビタシン類を含む化合物や、それらの生合成経路に興味を持っていた中、2010年に共同研究が始まった。

 研究での具体的な目標を、久城氏はこう話す。

ククルビタシン類がつくられる過程ではたらく酵素の遺伝子を、ひとつでも多く探し出すことです」

 ククルビタシン類がゴーヤーの個体内でつくられるまでには、化合物が次々と構造を変えていくステップを踏む。その各ステップを前進させるのが各種の酵素だ。酵素の“設計図”である遺伝子を突きとめて単離できれば、その遺伝情報からいつでもククルビタシン類の合成ができる。そうなれば、そのステップの生合成経路は解明されたことになる。

 しかし、ゴーヤーには万単位の遺伝子がある。1つずつの遺伝子を闇雲に調べていけば、いつかは酵素の遺伝子を見つけられるだろうが、膨大な時間がかかってしまう。そこで大いに活用しているのが、かずさDNA研究所の遺伝子探索技術だ。鈴木氏は言う。

ビッグデータからいかに効率よく“当たり”の遺伝子だけをとるか。つまり、遺伝子マイニングを、かずさDNA研究所は得意技としてきました」

苦味成分になるまでの最初のステップを解明

 研究グループは、まず、ククルビタシン類の生合成経路の初期段階にある「2,3-オキシドスクアレンククルビタジエノール」というステップに焦点を絞った。このステップに関与する酵素は何か。化学構造上の特徴から「ククルビタジエノール合成酵素(McCBS)」が関与していると予測できた。

 そこで鈴木氏らは、ゴーヤーで発現しているメッセンジャーRNA(mRNA)を次世代シークエンサーとよばれる装置で解析した。mRNAを解析すれば、酵素の機能の解明とともに、酵素の遺伝子の特定ができる。久城氏のもとで研究していた高瀬翔平氏(現・東京薬科大学研究員)らの貢献もあり、研究グループはMcCBSの遺伝子単離に成功した。

 さらに、2,3-オキシドスクアレンからククルビタジエノール以外の3種類の化合物をつくる酵素の遺伝子も単離できた。つまり、このステップでは、McCBSなど4種類の酵素が4つの遺伝子により発現し、ククルビタジエノールをはじめとする4種類の化合物(トリテルペンという)をつくっていることになる。

苦味成分の合成過程は、果実よりも葉で進んでいた!

 ここで、研究グループはある発見をする。McCBSのmRNA発現レベルを、果実、葉、茎、根などの器官ごとに見てみると、果実よりも葉のほうで高かったのだ。苦味成分のククルビタシン類がつくられるまでのステップのほとんどは葉で進行し、最後の最後に果実の中で苦味成分となることが、その後の研究で分かってきた。

「びっくりしました」と久城氏は驚く。「光合成が葉でされるので、エネルギーに近いところで苦味成分がつくられていくと考えたらよいのか・・・」。

 鈴木氏も「おもしろい結果です」と言う。「ジャガイモのデンプンは葉でできてから糖に分解されて根に移りますが、ゴーヤーでは苦味をもたらす成分の移動が起きていることになります」。

 この発見により、「苦味をつくる成分を葉から果実に移動させる輸送体の正体は何か」という新たな謎が生じた。研究では、この解明も目指そうとしている。

「金平糖解析」で2万7127から一気に19の遺伝子に絞り込む

 苦味成分がつくられるまでの最初のステップはこうして解明された。だが、最終的にククルビタシン類にたどりつくまでには、さらにいくつもの化合物の構造変化のステップがある。その各ステップごとに、また別の酵素がはたらいているはずだ。

 それらの酵素の遺伝子を解明すべく、研究グループは“キラーツール”をより一層、駆使している。それは、鈴木氏らかずさDNA研究所が開発した「金平糖解析」という手法だ。大容量の遺伝子発現データから効率よく遺伝子群を抽出し、それらの関係性を可視化する。

 一例を示そう。ゴーヤーのRNA解析によって得た各遺伝子の発現データと、各器官における成分試料のデータを記したエクセルの表データを用意する。そしてこの表データを「金平糖解析」にかけると、すでに得られている遺伝子発現パターンなどを参考にしながら、コンピュータが類似性の高い遺伝子を順番に示していくのだ。上位に示された遺伝子は、探している酵素の遺伝子である可能性が高い。これにより、特定・単離すべき遺伝子の目星がつく。

 実際、研究グループは「金平糖解析」を実行し、2万7127の遺伝子から一挙に19の候補遺伝子まで絞り込むことができた。さらに、そのうちの「シトクロムP450」という酵素群の各遺伝子が、いずれもククルビタシン類の生合成経路に関与していることが分かった。これで、ククルビタシン類にたどりつくまでのステップ全体のうち「4分の3ぐらいはすでに明らかにできたと思います」と久城氏は言う。「残りの部分の解明とともに、輸送のしくみや、熟して甘くなるしくみなどの解明などが今後の課題といえます」。

苦味の制御や、保健・医療分野への応用も

金平糖解析」などで遺伝情報を網羅的に解析していけば、“ゴーヤーのゴーヤーらしさ”がどうつくられるかが見えてくる。それにより、苦味を抑えたり増やしたりといったゴーヤーの風味の制御も可能となろう。また、ククルビタシン類には抗糖尿病などの健康にプラスとなる作用があることも研究で解明されている。この成分を微生物につくらせるなどして、健康食品や医療に応用するといったことも期待できる。

「遺伝子の機能を見つけることを久城先生をはじめ大学の研究者がしてくれるので、われわれ研究機関は、実用化に向けての橋渡しとなるような基盤研究で期待に応えていきたい」(鈴木氏)

 長い視点で見ると、ゴーヤーは約300年にわたり地域野菜でありつづけ、その後30年ほどで全国化した。いまそこに、科学研究の力が注がれている。こうして、日本のゴーヤーは21世紀の前半、もうひとつ大きな変化を遂げようとしているのだ。

* 記事初出時のジャガイモについての記述に、より説明の必要な箇所がありました。記事では修正済みです。(2019年7月21日

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  沖縄から全国へ広まった苦瓜、なぜ「ゴーヤー」?

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