7月18日午前10時半ころ、京都府アニメ制作会社京都アニメーション」で放火によるものと思われる火災が発生しました。この火災によって30名以上の方々が亡くなられています。警察によって身柄を確保されている男も火傷を負っているということで治療を受けています。犯行の動機などはまだわかっていません。

この火災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。そして、負傷された方々の一日も早い回復を深くお祈りいたします。

18日午後11時の時点でまだ逮捕手続きもしていないようですが、治療が済み次第放火犯人とされている男は逮捕されるはずです。その後起訴され裁判という流れになるわけですが、放火という罪に対する刑罰は非常に重たいものです。

「放火したのが人が住んでいる建物なのか誰も住んでいない建物なのか」

「建造物なのか建造物以外なのか」

「火災が故意に起こしたものなのかそうでないか」

などによって罪名も変わってくるのですが、今回の京都アニメーションの場合は「現住建造物等放火罪」で起訴されるはずです。

現住建造物等放火罪の法定刑は「死刑又は無期、もしくは5年以上の懲役」です。これは殺人罪の法定刑と同じです。

いずれの罪でもごく稀に情状酌量が認められて執行猶予付きの判決がくだされることがありますが、今回の京都アニメーションの火災の被害結果の大きさを考えるとそういうことはまず間違いなくあり得ません。

男が逮捕され裁判になれば、いまだにこの国に死刑制度がある以上、死刑判決が出てしまう可能性が非常に高いです。

判決に関してはあくまで予想です。男に関してまだ確たる情報は何もありません。犯行に至った動機も犯行前の生活状況も何もわかっていません。

火災から間がない段階でネット上に流れている情報は信憑性にかなり疑問符がつくものも多いです。大手マスコミの報道についても全てが正しいわけではありません。事件報道の内容が間違えていることはよくあることです。

まだ誰にも今回の火災の全容はわからないのです。それにもかかわらず作家の百田尚樹さんは、

京都の事件はひどすぎるやろ。あんまりや。犯人は死刑じゃ足りない。

この放火殺人の鬼畜を死刑にしろ! というのは、私の怒りの言葉だ。

ツイートしていました。

真相が何もわかっていない現段階でなぜ一人の人間を死刑にしろと主張できるのでしょうか。なぜ人の生死をそんな感情的に軽々しく扱えるのでしょうか。

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例として影響力の大きい百田尚樹さんを取り上げましたが、SNS上には同じような発信をしている人は大勢いました。ここぞとばかりに精神疾患への偏見を剥き出しにしている人がいるのも確認しました。

痛ましい出来事を知って、今私たちができることは何でしょうか。過激な言葉で憎しみや怒りを煽ることではないはずです。

被害結果を見れば死刑以外の判決はないと思われます。しかし裁判所は被害結果だけで判決を決めるようなことはしていません。裁判の役割は真相を明らかにすることです。それが出来なければ判決を決めることなど出来ません。一人の人間を裁くということ、しかも今回は生死に関わる判断を迫られます。それは決して軽いものではないのです。

犯人とされている男の負傷状況はかなり深刻だという報道もあります。とにかく1日も早く治療を終えてもらって、その後に彼が何を語るのかに注目したいと思います。(文◎鈴木孔明 / 裁判傍聴人)

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