これぞ神宮劇場。微笑ましきヤクルト劇団。
とても温かく、素晴らしい空間だった。

7月11日に行われたヤクルト球団設立50周記念イベント、OBによるスペシャルマッチ「Swallows DREAM GAME」での出来事。興行的な要素が強かったためにスポーツニュースでは扱わなかった番組もあったが、スポーツ新聞各紙はかなり重厚な記事を展開。「代打・野村克也」の場面を捉えた写真はネットニュースでも拡散されていたので見た人は多いのではないか。


名誉会員1号・出川哲朗と、名誉会員第3号・さだまさし
最近は車椅子生活を送っているという野村克也元監督がバッターボックスに立った瞬間、その周りで心配しながら、でも実に楽しそうに見守る古田敦也をはじめとした教え子たち=ヤクルト黄金期の面々の写真を見ると、ヤクルトファンではない筆者も「この球団、いいなぁ」としみじみ感じ入った次第だ。

そんな家族的一体感が生まれた「Swallows DREAM GAME」の盛りあげを担った2人の有名人がいる。スワローズ公式ファンクラブ「スワローズ クルー」名誉会員1号で、今回始球式を担当した出川哲朗。そして、国歌独唱を担当した名誉会員第3号のさだまさしだ。

彼らの出演に関して、ヤクルトファンなら当たり前のためか各報道では少し説明が少ないように感じた。だが、この点にこそヤクルトらしさ、スワローズ的温かみが感じられると思うのだ。そこで今回、彼ら名誉会員たちの「球団愛」「ファンになったきっかけ」などを通して、改めてヤクルト球団について振り返ってみたい。

出川「この変なおじさん面白いなって、ヤクルト戦を見るように……」
まず、出川哲朗始球式について。今回、ズボンがずりさがってパンツが丸見えになる、という出川らしい演出が披露されたわけだが、注目すべきは演出よりも出川がつけていた背番号「22」と、出川にボールを手渡した人物だと思っている。

サンケイスポーツ記事では《憧れの左腕・安田猛の『22』のユニホーム姿で、その安田に白球を手渡してもらい大感激》と記されていたが、出川にとって安田は「憧れの存在以上」といっても大げさではない人物だ。運命の出会いは中学2年のとき。テレビで巨人の王貞治を打ち取る安田猛に感動したことがファンになったきっかけだった。

《体形が今の俺みたいにずんぐりむっくりで、球もヘロヘロで、マウンドでもニヤニヤしているような感じなのに、なんで王選手が打てないのかなと思ったんです。この変なおじさん面白いなって、ヤクルト戦を見るようになったら野球がどんどん面白くなってはまっちゃったのが始まりですね》(スポーツニッポン 2018年7月10日より)

カッコ良くもない変なおじさんが面白い……それこそまさに、今の出川哲朗のことではないか。そして、「ペンギン投法」という愛くるしい名で呼ばれた選手がレジェンドとなり、彼を愛するファンが「名誉会員1号」になってマウンドで邂逅する……ヤクルト球団がずっと持ち続ける愛らしさの象徴的なシーンだった。


さだ「弱いチームを応援しだすとクセになりますよ~」
続いて、名誉会員第3号のさだまさしについて。
さだまさしスワローズファンになったのは1987年のこと。それまでは巨人ファンだった。

《もともと長嶋茂雄ファンだったんですけど、1980年に長嶋さんが監督をクビになった瞬間、ぼくも巨人を去りました。それで、長嶋監督時代にヘッドコーチだった関根潤三さんがヤクルトの監督になった1987年からはヤクルトファンになりました。弱いチームを応援しだすとクセになりますよ~。若松(勉)さんの優勝は泣けたね、泣けた、泣けたな~》(NEWSポストセブン2015年7月25日

さだは今回、国歌斉唱を務めたわけだが、実は今季の神宮開幕戦でも国歌独唱を担当している。1シーズンに2度も大役を務めるところに、ファン、そして球団からの信頼を感じる。

そして、このヤクルト愛ゆえに、球団から求められてもいないのに勝手に作ってしまった応援歌がある。2017年発表の『つばめよつばめ』。今回の始球式で「へー、さだまさしってスワローズファンなんだ」と知った人にこそ一度は聞いてもらいたい。

だって、これほど「負け」という単語が入っている応援歌なんて他には存在しないのではないか? 『つばめよつばめ』が生まれた2017年といえば、スワローズが年間96敗という記録的大敗を喫したシーズンだ。それでも熱量落とさず声を送り続けるファンのために応援歌を作るさだまさし。さすがは「野球も人生も1勝2敗でいい」を信条としてヤクルト監督を全うした関根潤三を愛した男。「半分くらいだったら勝てるんじゃない?」という歌詞が許容されることこそがスワローズの良さなのではないだろうか。

村上「人生は勝つことより、負けることの方が数多いのだ」
そしてもうひとり。さだまさし同様、「負け」目線でスワローズについて語っている人物がいる。1号3号に挟まれた名誉会員第2号にして、サンケイ・アトムズ時代からの球団ファンとして有名な村上春樹だ。小説家として売れる前から神宮に通い詰めていたことは有名で、通いやすよう神宮周辺に居を構え続けてきたという村上春樹。時代を経てもスワローズ熱は衰えることなく、球団公式サイトでは毎月のようにヤクルトにまつわるエッセイを発表し続けている。

今回の「Swallows DREAM GAME」で出番はなかったが、きっと客席にはいたのではないか。そして、まさに50周年を祝うかのようなタイミングで、今月発売の『文學界』2019年8月号で「ヤクルトスワローズ詩集」を発表した。

《僕は実に膨大な、(気持ちからすれば)ほとんど天文学的な数の負け試合を目撃し続けてきた。言い換えれば、「きょうもまた負けた」という世界のあり方に、自分の身体を徐々になわしていったわけだ。(中略)人生は勝つことより、負けることの方が数多いのだ。そして人生の本当の知恵は「どのように相手に勝つか」よりはむしろ、「どのようにうまく負けるか」というところから育っていく》(『文學界』「ヤクルトスワローズ詩集」より)

今シーズンも、両リーグ最速で50敗を喫するなど負けが混んでいる東京ヤクルトスワローズ。「きょうもまた負けた」という世界のあり方に名誉会員3人は何を思うのか? ちなみにさだは「Swallows DREAM GAME」でこう答えている。

「2回ぐらい8連勝すれば、追いつきます。楽なもんだと思いますよ」
オグマナオト)