既報のとおり、日本を代表するアニメーション制作会社である「京都アニメーション」で18日、火災が発生。放火によるものとされており、18日24時時点で33名の尊い命が奪われたことがわかっている。

平成以降に起きた放火による事件で最大の死者数を記録した今回の出来事。その点において、すでにこの事件が重大なのは言うまでもなく、また一般企業を狙った無差別殺人と言える点でも重大だが……

同社のファンの中には「自分が大好きだったものを、一瞬で、あっけなく否定された」「未来を奪われた」ように感じる出来事であったという点でも、心に深い傷を負った人も少なくないのではないだろうか?

少なくとも、これを書いている記者はそうだ。

 

■「心の支え」が簡単に壊される絶望

ある人にとって「心の支え」であり、「胸の中でずっと大切にしてきたもの」が、他のある人にとっては「取るに足りないもの」でしかない……というのはある意味当然でもあり、他者に「自分と同じくらい、自分が大切に思っているものを大切にしろ」と求めるのは良くないだろう。

だが、だからといって、理不尽に心の支えが、大切なものが簡単に破壊されてしまう筋合いはないはずだ。

ドラマ『最高の離婚』(フジテレビ系)では、灯里(真木よう子)の父が亡くなった際、JUDY AND MARYの『クラシック』に救われたことを知らず、光生(瑛太)がこの曲を聴いて「何このくだらない歌、安っぽい花柄の便座カバーみたいな音楽だ」と言うシーンがある。

「他者にとって心の拠り所になっているものを簡単に否定することの愚かさ」を端的に描いた、秀逸な表現であり、思わずドキッとして、自分自身に「そういうことしてないか?」と問いかけた人は少なくないと思われる(もちろん、悪意の有無という点において、今回の事件とは単純に比較できないのは言うまでもないことだが)。

 

■血の滲む努力は何のために

創作物を愛する人や、少しでもクリエイティブに関わったことのある人であれば、クリエイターたちがいかに毎日努力を積み重ね、試行錯誤し、己の技量・完成、そして己自身と向き合って生きているかが想像できるはず。

……いや、創作物にまったく興味のない人でも、生きていてなにかに努力していれば、他者が地道に積み重ねたものを容易に壊したりはできないはずなのだ。

日本のアニメ制作の現場は、そうやって自分の人生をかけて努力している人々によって作られてる。だからこそ素晴らしい作品が生み出され、そしてファンも自分の心を預ける。

京アニが長きにわたって行なってきたのは、そういう尊い営みなのだと、記者は考えている。

■今こそ作品の素晴らしさを噛みしめる

前置きが長くなってしまったが、そんな誰かにとっては取るに足りない、簡単に壊して良いものだったであろう作品の中から、記者がとくに感銘を受けた一作を紹介したい。

タイトルは『映画 聲の形』(以下、『聲の形』)。2時間の映画なので土日の鑑賞にもぴったりだ。

(なぜこのタイミングでこんな紹介をするかと言うと、闇雲に不安を煽るような記事を出すより、ただただ京アニ作品の素晴らしさを書き綴った記事のほうが、今、京アニのファンは求めている……と記すのは少々自意識過剰かもしれないが、そういう記事もあってもいいのではないかと考えたからである。

もっとも、今は作品名を目にするだけで辛い人がいるのも当然であり、それを否定するつもりは記者には一切ないことを付け加えておきたい)

 

■傑作映画『聲の形』を紹介

同作は2016年に公開された劇場版アニメーション作品だ。『けいおん!』『たまこまーけっと』などを手がけた山田尚子監督による作品で、内容の深さ、丁寧かつ心に染みる映像表現が高い評価を受け、第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞など多くの賞を受賞した。

ストーリーはいたってシンプル。小学生の頃、転校生で先天性の聴覚障害を持つ女の子・西宮硝子をいじめてしまった主人公・石田将也が、高校3年生になって硝子に会いに行き、友達になって関係を深めていく物語だ。

硝子がいじめが原因で転校したあと、将也は学級裁判で犯人とされ、自分がいじめられる側になってしまっていた。

しかし、会いに行くと硝子の彼氏を名乗る、結絃が邪魔をしてきて、なかなか話ができない。そんな中、永束友宏というひょうきんなクラスメートと親しくなった主人公は、彼のアシストにより硝子とふたたび交流を持つように。

その後、小学校時代の同級生数人を交え、幼かった頃に築けなかった関係性を築き始めるが……。

■「他者と理解しあうことの難しさ」

この作品では全編を通して、「他者と理解しあうことの難しさ」が描かれている。とくに秀逸なのが、いじめ被害者である硝子にも、責任の一端があると訴える登場人物が登場するところ。

被害者である硝子が責められる様子を観るのは正直かなり辛いが、綺麗事ではなく、あくまで登場人物がリアルであり、それぞれの主張を持っていることが優先されているのだ。

いじめは決して許されるものではないが、人間それぞれ違った弱さを持っており、ボタンの掛け違いからディスコミュニケーションが生まれ、相手を傷つけることもある……大人にとっても簡単には答えられない問いかけを、この作品は小学生および高校生たちを通じて、繊細に描いている。

アニメに対して、「大したことがない」という気持ちを持っている人には、ぜひ一度観て、確かめてほしい深さなのだ。

 

■無駄のない洗練された映像と音楽

この作品は観る者の感情を揺さぶるストーリーだけでなく、音楽(音とも言える)や映像表現においても非常に秀逸だ。

たとえば映像に関して言えば、開始2分頃から始まるオープニングの映像は、非常に完成度が高い。イギリスのロックバンドTHE WHOの楽曲「MY GENERATION」をバックに、小学生時代の将也の万能感にあふれた、悪ガキ感が無駄なく描かれていく。

映像と音楽のマッチ感が非常によく、このオープニングの間、セリフは一切ないにも関わらず、視聴者は将也のキャラクターを理解させられてしまう。

また、繰り返し作中で池や川、水溜りなどに飛び込むシーンが描かれる。美しい作画を堪能できるのはもちろんのこと、知らず知らずのうちに作品終盤の盛り上がりに繋がっていく。

余談だが、音楽好きで知られる山田監督は、前作にあたる『たまこまーけっと』『たまこラブストーリー』において、劇中歌の作詞にも携わるなどしている。またこの作品には「星とピエロ」という名のレコード屋が登場しており、ストーリーが展開する際に、音楽が重要な役割を果たすのもポイント。

アニメーションと音楽が高次元で混ざりあった、ひとつの極致が山田尚子監督作品なのだ。

 

■あなたにとって「心の支え」は?

あまりに完成度の高い作品の裏には、想像を越えた時間と努力の積み重ねがあったはず。しかし、それに対して一切なにも感じず、理不尽に破壊してしまう人がこの世にいる……繰り返すが、あまりに理不尽な現実だ。

今回、記者は『聲の形』を取り上げたが、当然ながら、『響け! ユーフォニアム』等、思い入れのあ京アニの他作品は多い。読者の皆さんにとって、心の支えになっているのはどんな作品だろうか?

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(文/しらべぇ編集部・倉本薫子

京アニ火災で知る「心の支え」が簡単に壊される絶望 『聲の形』解説とともに