陸上自衛隊の車両、たとえば1/2tトラックのベース車両は三菱「パジェロ」ですが、民生用(市販車)にはないセンサーのような装備がフロントグリルに見られます。その正体は夜間の車両走行に大きく関係していました。

陸自車列、灯火もつけないまま暗闇を走り抜けるナゼ

2019年4月、陸上自衛隊の普通科部隊が参加する訓練に同行した筆者(矢作真弓/武若雅哉:軍事フォトライター)は、東富士演習場にいました。遠くには街明かりが見えるものの、鼻をつままれてもわからないような漆黒の闇の中で取材をしていると、道路の奥からかすかに車列のエンジン音が聞こえてきました。

この車列はエンジン音と、時折、踏みつける石の音だけを響かせてこちらに向かってきます。向かってくるクルマは草や偽装網を車体に取り付けた状態でいたため、周囲と完全に溶け込んでいました。しかし、車体前面にうっすらと、小さな光がふたつ浮かんで見えてきました。

これが、今回お話しする「管制灯火」の明かりです。

自衛隊は昼夜問わず行動することが前提で、日々の訓練に臨んでいます。特に陸上自衛隊では多くの車両を使うため、大規模な訓練となると、一度に十数両もの車両が一度に移動する、まるで大名行列のような車列ができる場合もあります。

こうした車両行進の際には、日中であれば先行する車両の後方を追従していけば良いのですが、これが夜間の演習場内、すなわち夜間訓練中となると、まったく勝手が違います。というのもそうした場合、基本的にはヘッドランプを使わずに走行するからです。

仮にこれが街中であれば、無灯火でもそれなりに周囲を見通すことはでき、車両を走らせることはある程度可能でしょう。むろん、自衛隊車両であっても、平時の夜間に無灯火で公道を走ることは禁じられていますので、あくまで仮のお話です。

演習場は、おおむね人里離れた場所にあるため、月のない夜ともなると本当に漆黒の闇に包まれます。そうしたなか、かすかな明かりだけを頼りに車両を走らせるのは、もちろん危険がともなう行為です。ではなぜ、訓練中とはいえわざわざそうした危険なことをするのでしょうか。ひとつは「敵に発見されやすいから」という単純なものですが、理由はそれだけではありません。

夜間の灯火を控えるふたつの理由

夜間、無灯火で車列を走らせる理由は大きくふたつあります。ひとつ目は前述のように、「夜間はヘッドランプの明かりが遠くからでも明瞭に見えて、敵から発見されやすくなるから」という理由です。

陸上自衛隊は昼夜問わず行動し、場合によっては夜間行動した方が良い戦術もあります。そのなかで車両行進をする際、ヘッドランプを点灯してしまっては、遠くにいる敵や、上空から偵察している敵に自らの居場所を暴露してしまうことになります。そのため、ヘッドランプは使用せずに運転します。

ふたつ目は、「暗い場所に慣れて『暗順応』した視力を一時的に奪ってしまう」という理由からです。

たとえば日中、クルマなどを運転していて暗いトンネルに入ると、一時的に周囲が見づらくなりますが、やがてその暗さに慣れて徐々に見えなかったものが見えてきます。こうした、可視光量の多い場所から暗い場所へ移動した際に、時間が経過することで徐々に視力が回復していく現象のことを「暗順応」といいます。

目が暗順応するにはある程度の時間が必要です。せっかく暗順応した目が強い光を受けると、視界は再び真っ暗になってしまいます。

こうした暗闇への対応をするために、自衛隊車両に取り付けられている装置が「管制灯火」と呼ばれるランプなのです。

「管制灯火」での走行、その実際のところ

「管制灯火」での運転や操縦は、当然のことながら通常のヘッドランプを使用した場合とは比較にならないほど危険をともなうため、実施する隊員はしっかりと訓練を受けています。「暗視眼鏡(ナイトビジョンゴーグル)」が併用されることもありますが、場合によっては暗順応した裸眼で漆黒の闇のなかを運転、操縦することもあります。

この管制灯火には、クルマの位置を知らせる車幅ランプと、運転席側の足元を若干照らしてくれるランプとがあります。そのうち足元を照らすほうのランプは、どうしても前が見えない場合や霧が深い場合などに使用されますが、一方でこのランプを使用すると、照らされたその部分だけはよく見えるものの、目の暗順応からは逆行してしまい、周辺はまったくの闇になってしまいます。そのため多くの場合は、車幅灯の小さなランプだけを点灯して走行する場合が多いです。

一見すると「無灯火」走行に見えてしまうのですが、これは演習場内のみでの走行テクニックで、平時の夜間に公道を走行する場合には前述のようにしっかりとヘッドランプを点灯しますので、街中で「管制灯火」で走行する姿を見ることは、平和なうちはまずありません。

【写真】「メガクルーザー」には確かになかった、「高機動車」フロントの管制灯火

1/2tトラック(通称「パジェロ」)フロントグリル(網の部分)の管制灯火ランプ。スイッチを入れると横長の黒い部分の中心付近がぼんやりと光る(武若雅哉撮影)。