「大人気映画に出演の○○が離婚の危機!」

 そうやって大々的に報じられるのは最初だけ。数年もの長きにわたり、何十回も協議を重ねてようやく話がまとまっても、「離婚成立!」の報はひっそりとしたもの。だから、私たちは「離婚の危機!」という第1報の時点で「離婚した」と勘違いするのです。そして、離婚成立の記事が出たら「まだ離婚してなかったの?!」と言うのは毎度のこと。

「もう離婚しかない!」

 そんなふうに覚悟を決めたら、一分一秒でも早く離婚の同意を得て、離婚の条件を詰め、離婚届の空欄に書かせたいところ。初動をしくじると悲惨な展開を辿りますが、これは芸能人でも一般人でも同じことです。なぜでしょうか。

 いかんせん、二人は新婚ではなく離婚直前の夫婦。「夫婦げんかは犬も食わない」というほど醜い罵詈(ばり)雑言が飛び交うのですが、離婚協議はなおさらです。お互い嫌悪感にさいなまれ、不信感の塊で相手の存在は苦痛以外の何者でもありません。

 どちらも最初のうちは「離婚の話をまとめること」を目指していたはずです。しかし、離婚を切り出した方も切り出された方も多大なストレスがかかり、話し合いが長引けば長引くほどストレスは積み重なっていきます。なぜなら、離婚はすでに決定的なのに、まだ籍が入ったままという中途半端な状態を強いられるのだから。

 そして、相手への憎しみが限界値に達するとどうなるでしょうか。突然、相手を困らせよう、傷つけよう、困らせようとし始めるのです。例えば、一度交わした約束をほごにしたり、一度は決めた予定をすっぽかしたり、一度は認めた責任を失念したり…こんな身勝手な態度を繰り返したら離婚は遠のくはずなのに「憎きあいつをやっつけたい!」という気持ちを抑えられない場合です。

 このように相手が突然豹変(ひょうへん)し、別の人格が顔を出すことを「モンスター化」といいます。話し合いが長期化すればするほど、相手がモンスター化するリスクは高まります。

 こうして、前向きで建設的な協議から後ろ向きで批判的な復讐(ふくしゅう)へと歯車が狂い始めます。そして泥沼化の様相を呈し、先が見えなくなるのですが、モンスター化した夫に悩まされている今回の相談者・大室千秋さんの失敗例を元に解説しましょう。

<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在)>
夫:大室圭太(36歳)→会社員(年収450万円)
妻:大室千秋(34歳)→専業主婦 ※今回の相談者
娘:大室愛奈(4歳)→幼稚園生

娘を連れて実家に戻っていた妻

「ホントふざけるなって感じです! このままじゃ、一生離婚できませんよ!!」

 筆者の右耳がキーンとするほど大きな声で怒鳴り散らす千秋さん。電話の受話器から、生唾が飛んできそうなほど怒り心頭だったのです。千秋さんいわく、娘さんを連れて実家に戻ったのは1年前。千秋さんは何度となく夫のLINEへメッセージを送ったそう。「もう無理だから別れてほしい」「養育費は月7万円でいい」「学資保険だけは継続して」と。

 しかし、夫は話をはぐらかすばかり。即答があったのは「(娘の誕生日を)どうする」という返事だけで、妻子に対して生活費を渡そうそもしなかったのです。結局、別居から1年間、面と向かって話し合うこともできず、千秋さんはじだんだを踏み続けたのです。

「もう、頭にきちゃいますよ! だって旦那の方から持ちかけてきたんですよ。『そろそろ、ちゃんと話をしようか』って」

 千秋さんは翌週日曜の夕方4時から2時間、駅前の貸し会議室を借り、夫がやってくるのを待っていたのです。それなのに、待てど暮らせど夫は姿を現さず。もちろん、夫の携帯に何十回と電話しましたが、「おかけになった番号は電波の届かないところにあるか…」のメッセージが流れるばかり。

「わざと電源を切ってるのはバレバレ! この期に及んでドタキャンなんて、もう絶対に許せない!」

 2時間以上、1人で意味もなく待たされたわけですから、そんなふうに千秋さんが不満をぶちまけるのも無理はありません。ようやく離婚できると信じ、のこのこと現れた千秋さんをあざ笑うかのように夫は約束をすっぽかしたのですが、見方を変えれば、千秋さんはかわいい娘さんを連れて出て行き、娘さんを人質に取り、一方的に離婚を突きつけてきた妻です。

 夫は約365日間、千秋さんを恨み、嫌い、呪い続けてきたのだから、「待ちぼうけ」は当然の報いだと思っているのかもしれません。筆者は夫がすでにモンスターと化しているのではないかと危惧したのです。

 ところで、千秋さん夫婦は何がきっかけで夫婦生活が破綻し、千秋さんが結婚生活に絶望し、実家へ逃げ帰ったのでしょうか。千秋さんは間髪入れずに答えます。

「元はといえば、旦那が100%悪いんです。会社の女の子の気を引くために、うちの金を湯水のようにつぎ込んだんだから!」

 30万円の請求書が届いたり、娘さんの学資保険を勝手に取り崩したり、無断で生活費を減らしたり…千秋さんが何度、口酸っぱく注意しても全く直らなかったので、娘さんの七五三の費用も千秋さんが親に泣きついて出してもらったそう。夫は悪びれることもなく、「俺が稼いだ金なんだから、何に使おうが勝手だろう」と逆ギレするので、千秋さんは「もう呆れてものも言えませんよ!」と大きくため息をつきます。

 千秋さんの夫はまるで、アニメ「ドラえもん」のジャイアンのようでした。「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」と、口先だけではなく、心の底からそう思っているようです。

「1000万円で離婚してやる」

 千秋さんは、家を出る前にも夫に離婚を突きつけたのですが、それが事件に発展したのです。千秋さんは、どこで息継ぎをしているのか分からないほどの猛スピードで話を続けます。

「次の日のことですが、旦那が突然、行方不明に。私が目を離した隙に家を飛び出して、夜中の12時を回っても帰ってこないんです。こんなアホのために電話したり、LINEしたり、留守電を入れたり、ホントいい迷惑ですよ!」

 確かに、その日の夫は何か変だったそう。昨日、あれだけキレまくっていたのに、一転して貝のように黙りこんでしまい、千秋さんが何を聞いても黙ったまま無視するばかり。結局、家出から3日後、夫の母親から千秋さんに電話がかかってきたそうです。「息子も反省しているみたいだから、家に入れてあげて」と。

 夫の現実逃避癖について、千秋さんは語気を強めて振り返ります。「はあ? ホントばかばかしいですよ。まるで私が追い出したみたいじゃないですか。勝手に出て行ったのに、ママに尻拭いをさせるなんて! もう『いい大人』なのに」

 さて、話は戻りますが、貸し会議室ですっぽかしを食らった千秋さんですが、最終的にどうなったのでしょうか。

「もうこのままじゃ、私は頭がおかしくなりそう。旦那は完全に愉快犯です。私をわざと困らせて、ニタニタと喜んでいるのが見え見え!」

 千秋さんいわく、夫は約束通りに現れなかったことを棚に上げて「1000万円くれたら、離婚してやる」と言い出したそうです。どこから1000万円という桁違いの数字が出てくるのでしょうか。千秋さんが「そんなのおかしいでしょ!」と食ってかかっても、夫はどこ吹く風で「払えないなら、何も話さない」と開き直る始末。

 千秋さんは「こんな頭のおかしい奴と別れるなんて、はじめから無理だったんですね」と言い、夫と離婚することを断念せざるを得なかったのです。言葉や態度を駆使し、人を苦しめ、心を傷つけ、気持ちを不安定にさせる。それがモンスターたるゆえんですが、もしかすると直接、殴られたり、蹴られたりするよりもダメージは大きいかもしれません。千秋さんはこれ以上、離婚の話を続けるのは精神的に無理でした。

 これは、テレビゲームドラゴンクエスト」の世界と同じです。最初のうち、主人公は武器もなく、盾も持たず、魔法も覚えていない「レベル1」の状態です。倒すことができるのは最弱のスライムくらい。もし、最強のボストロールが登場したら全く歯が立たず、ケチョンケチョンにされるでしょう。

 千秋さんは過去に離婚歴がない初心者。そして、離婚の修羅場も初体験。前もって作戦会議(離婚の本を読む、専門家に相談する、自分の考えをまとめる…)をする余裕はありませんでした。最初のうち、夫はスライムだったかもしれませんが、モンスター化すればボストロールです。レベル1の千秋さんがかなうはずもありません。

「別居中は月0円」が命取りに…

 千秋さんのように、夫がモンスター化してから何とかしようと思っても手遅れです。どちらが先に相手を困らせ、惑わせ、苦しめ、そしてノックアウトするかという消耗戦では、できることは限られています。やはり、モンスター化する前に決着をつけたいところ。

 例えば、千秋さんが本格的に離婚手続きに取り組んだのは別居後でした。しかし、いったん家を出ると、夫が隣にいないので安心してしまいます。ほとんど連絡を取らず、子どもにも会わせず、接点を失って離婚の話を進めるのが面倒になり、長期化することになりかねません。やはり、最短距離で離婚したいなら同居中に話をまとめることです。

 そして、千秋さんが請求していた養育費は毎月7万円ですが、家庭裁判所が公表している養育費算定表に照らすと今回の場合、毎月5万円が相場です。千秋さんは最初、高めの金額を提示し、少しずつ下げるという作戦だったようですが、このやり方は何度もやり取りが必要で時間がかかるのがネックです。

 さらに、千秋さんは「どうせ離婚するんだから」と別居中の生活費を請求しなかったのですが、「別居中は月0円」「離婚後は月7万円」という選択肢が目の前にあった場合、夫が前者を選ぶのは自明です。別居当初から生活費を請求していれば、結果は変わっていたかもしれません。第二の千秋さんが現れないことを願うばかりです。

露木行政書士事務所代表 露木幸彦

夫がモンスター化して離婚を断念(写真はイメージ)