‘18年大晦日に「紅白歌合戦」出場を果たし「紅白に出て、親孝行」という念願が成就。この世の春を謳歌していた、ムード歌謡グループ・純烈。しかしそのわずか9日後に発覚したメンバー不祥事で事態は暗転、グループ存続の危機に立たされた。

 純烈を結成、リーダーそしてプロデューサーとして苦労の日々を重ねてきた酒井一圭は、元々子役として芸能界にデビューし、戦隊ヒーロードラマなどで名を刻んだものの、その後鳴かず飛ばずとなった過去を持つ。後にプロレスと出会い、実際にリングに上がることで、その表現方法を純烈に昇華させている。その類まれな“人間力”はどこから生まれたものなのか。酒井本人やメンバーの現在と過去を行き来しながら、純烈の裏側を紐解くノンフィクション新連載―――酒井とともに「マッスル」に浸かってきたプロレスライター鈴木健.txtが緻密な筆致で迫る。

◆「白と黒とハッピー~純烈物語」<第2回>

ムード歌謡と言葉によるジャズセッション
CDでは味わえぬトークというコンテンツ


 酒井一圭が「ここで発表事があります」と口にしたのは、ライブの終盤に差しかかったあたりだった。改まった言い回しをされるとファンはドキッとするもの。ましてや5か月前にメンバーの脱退があったばかりとなると一瞬、身構えてしまう。

 そうはさせないよう、酒井はすぐにくだけた口調へとチェンジし3人のメンバーに言葉をトスしていく。ほどよく純烈らしい雰囲気が戻ったところで、その発表はおこなわれた。

「本日より純烈のファンの皆さんをこう呼びたいと思います。女性は『純子』、男性は『烈男』です!」

 自分たちのファンを特定の名称で呼ぶアーティストは多い。ももいろクローバーZは「モノノフ」、ゴールデンボンバーなら「金爆ギャ」、嵐は「ARASHIC(アラシック)」。TM NETOWORKが「FUNKPUNK+FANS=FANKSファンクス)」とつけたのは、言葉遊び的にもカッコいいと思ったものだった。

 こうした通称はアーティストサイドよりも支持する側が求める傾向にある。その方が一体感を得られるし、いわゆるファンとはまた違った特別な距離感でいられる。

 そうした中、12年も活動を続けながら決まった呼び方がなかった事実こそ、むしろ不思議に思える。じっさい、酒井が必要以上のドヤ顔で(つまりは意図的に)宣言した瞬間、おおむね客席の反応は「ええっ、このタイミングで!?」というもので、すぐさまメンバーからも突っ込みが入った。

「2、3日前に思いつきました。氣志團ゴールデンボンバーももクロと共演する機会が増えて、氣志團の服を着ている『キッシーズ』の皆さんも撮影に来てくれるわけです。そういう時に『純烈のファンって、なんて呼んでいるんですか?』とよく聞かれて。僕はずっと、そういうのは邪魔くさい!って思っていたんですよ。ほかの人がやっているし……というのもあった。

 でも、言われるうちにやった方がラクだなと思うようになって。たとえばフェスの場合はTシャツに運動靴で来てくれよと説明するよりも、こちらから気運を提供してあげた方が合理的でしょ。ツィッターを見ると、純烈に来るようなおばちゃんたちも“モノノフ”とかをちゃんと把握しているんです。それなら純烈でも成り立つなと」(酒井)

 なんでもセルフプロデュースする性分の酒井が他者の流れに乗っかるケースは珍しい。だが、純子・烈男と呼ばれることでメンバーとのつながりがより強まるとあれば、ファンは喜んで受け入れる。

 中でも本名がジュンコ、レツオの人はいても立ってもいられまい。などと思っていたら、本当に客席の一角から悲鳴のような声があがった。

◆計算じみた色気はファンに見透かされる

「これからは呼ばれるたびに恥ずかしくなると思うんですけど、嬉しいです。純烈は1年半ぐらい見続けていますが、まさかこんな瞬間に立ち会えるとは……一生忘れられないです。純烈の魅力? 私は白川(裕二郎)さんが好きなんですけど、ほかにはいないようなダンスと声と色気にハマりました。色気あると思いません? 男の色気にグッときます」

 五十代前後と思われるその女性は順子でも潤子でも淳子でもなく、ガッチリと純子さんだった。450人のオーディエンスの中へ、しっかりとその名があったこと自体、なかなかのドラマである。

 ここでも純烈の“色気”について熱弁された。こういうのは自発的に出そうと思って出せるものではない。

 計算じみた色気はファンに見透かされる。自然とにじみ出るものこそ、人の心に染みるのだ。トークは二の線だし、現在の音楽シーンにおいてマジョリティーとは言い難いムード歌謡を掲げているとあって、世間的なイメージはそこまで結びついていないと思われる。

 でも、じっさい現場の声を拾うとここまでの共通ワードとして聞かれる。いったい、その色気の根源がどこにあるのかは、この連載の中で探っていく。

 5・25大江戸昼夜決戦を終え、そのあとの仕事もこなした酒井は22時50分にツィート。そこには純子と烈男に加え、もう一つの通称があった。

<全世界の純烈ファンの皆様、本日より純烈ファンの通称を女性は「純子」男性は「烈男」とし、どちらでもない中性の方を「レア烈」とします。宜しく!>

 このあたりの回し方にも、ステージにおけるMCのスタイルが踏襲されていた。話に何かしらのオチであったり、引っかかりをつけたりするのが手クセのようになっている。

 もっとも、ライブではそれを4人で回す必要がある。酒井、白川と小田井涼平の3人はもともと役者をやっていたが、トークは台本のセリフを憶えるのと違う。

 ましてやそこには、オーディエンスという顔が見える受け手もいるから、別モノととらえた方がいい。それでも常に満足度の高いトークを提供し、CDでは味わえぬコンテンツを求めてチケット争奪戦が繰り広げられるほどのクオリティーを誇る。

 驚くことに、MCに関しては事前に楽屋で「今日はこの話題について話そう」といった打ち合わせは、一切していないのだという。それは「そんなことを聞いてきたメンバーはクビにする」と酒井がいうほどで、すべてアドリブリーダーが舵を取り、3人が絶妙な呼吸でボールをキャッチし、また投げ返しているのだ。

「結成間もない頃は、自分がトークの台本を書いていました。理由は小田井さんと後上(翔太)が15歳の年齢差があるから、共通の話題がまったくない。僕を共通の知り合いとして集まって、はじめましてという感じだったから楽屋でも2人の間に会話がないんです。そうなると、フリートークをしてもどちらかと会話すると一方が入ってこられない。

 MCの台本を使ってディナーショーをやっていたんですけど、当然ぎこちない。僕もお客さんとの距離感がつかめなくてうまくいかなかったんですけど、重ねていくうちに後上も入ってこられるようになって。試行錯誤をしていく中で台本通り話すよりも、アドリブの方がいいってなってきました」

 まだメンバー同士の間合いがつかめずにいた頃は、ラジオに出演すると全員が同時にしゃべるため誰が誰なの分からぬ音声で伝わってしまっていた。それが今では、ステージ上の会話に進行上の影響を及ぼすほどの被りはほとんどなくなった。

 つまり純烈は、言葉によってジャズセッションを奏でている。じっさいに歌うはしっとりとしたムード歌謡だが、その合間合間に違ったグルーヴ感がはさまれるような構成だから、一本のライブが間延びしない。

「駆け出しの頃、キャバレーで歌わせていただい時から、トーク重視の宿命にあったと言いますか。キャバレーのお姉ちゃんよりも面白かったら、おっさんたちもこっちを向いてくれるんです。それで『お姉ちゃんがいるんやから、こっち見なくてもいいやろ? それでも……日本一ヘタな“ラブユー東京”を歌わせてもらいます」と言って聴かせると『なかなかうまいやないか。ええぞ、兄ちゃんたち!』って返してくれる。

 共感をとっていくというか、働いても給料が上がんないんだよみたいなこっちの言い分をシンクロさせていくんです。その頃からお客と勝負している感覚ですよね。興味を持っていない人の前に出てトークをして敗北したことはない。むしろアウェイの方が楽。そこはパブリックイメージをいくらでも利用できますから」

◆酒を食らう年配男性の前で唄っていて気づいたこと

 常連になるほど新鮮味が薄れていくのは何に対しても言えること。だから酒井は、ずっと見続けている人との関係性の中で、勝負を仕かける。「この変化に気づくか?」といった、より一歩突っ込んだ持ち球を投げるのだ。

 酒井が自身の肥満をネタにし「豚」と言い切るのも、初期に目の前へ広がっていた情景からつながっている。若いオーディエンスが皆無の中、酒を食らう年配男性の前で歌ってきた。その会話に耳をそばだてると、みな自虐話をホステスに振っていた。

「年を取っている人たちが一番自虐しているんですよ。老いていくとか、病気になるとか、そういうことしか話していない。だったら、みんなが考えていることを僕らが口にすることで共感してもらえるだろうと。そういう意味では、お客さんに教わっていることがたくさんありますよね。

 見ているだけじゃお客さんが何を考えているかなんて、本当のところはわからないはず。スーパーを切り盛りする店長が、買い物しているお客を見て家族構成とかを想定して、どれをサービス品にするかを考えるのと同じ」

 加えて、子役の頃から業界を経験しモテるシチュエーションが当たり前だった酒井は、そちらで勝負したところでもっとモテて評価される俳優がいくらでもいる現実を、早くから理解していた。そして逆転の発想から「芸人枠以外でブサイクをちゃんとプロデュースして売っているプロダクションがゼロ」であることに気づく。

 自身を豚呼ばわりすることで、酒井は純烈としてその枠を手に入れる。もともとムード歌謡グループとしたのも、現代の音楽シーンで比較的空き家となっていたのが大きかった。

 こうして酒井は、オーディエンスそれぞれが欲しがる球質で言葉を投げまくる。だからメンバーとしゃべっていても、気持ち的には「ボールを壁当てしているようなもの」となる。

 そうした繰り返しの中で築かれてきた作品だけに、自然と4人の立ち位置が確立されている。もっとも若い後上を酒井がいじり、女性人気の高い白川は艶のあるボールを投げる。

 そして全体を見ているのが最年長の小田井で、話が進む間にもそれとは違う世界を意識し、よきタイミングで「ところでさあ」という感じに次へとつなぐ。4人体制になって5か月で、このフォーメーションを自然体のものとなるまでに磨き上げた。

 それは、12年間の中で音楽と同等に言葉とも向かい合ってきたから。純烈を地味な唄を地味に歌うだけのグループと決めつけていたら、この現象の“本性”は見えてこない――。

(つづく)※この連載は毎週土曜日に更新予定です

撮影/ヤナガワゴーッ!

鈴木健.txt
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボールマガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」