何気なく通り過ぎる街なかの、あるいはお寺や神社、山道での1本の木。ほとんどの人が関心を持たないからこそ、1本の木は現代の秘境だと思えます。その秘境に分け入り、子細に観察し、ふと周囲を見渡すと、人と自然のかかわりや歴史、文化が見えてきます。今回ご紹介するのは横浜山手にある山手公園。そこに、日本で最も古い大きなヒマラヤ杉があるというのです。

横浜の特別な場所 山手
TABIZINE還暦特派員の阿部真人です。

山手公園に行くルートはいくつかありますが、今回はJR石川町駅南口で降りました。この駅は以前にも来た覚えがあります。周辺は元町とは違って、いまも下町の雰囲気が残るところです。


山手公園へは石川駅を右に出て、さらに右折し坂を上っていくらしいのです。


ちょうど案内地図があったので覗いてみると、ずっと上り坂のようです。


大丸谷坂。この坂道はその昔、大丸坂と呼ばれ、1884年(明治17年)に山手居留地に新設された26か町のひとつだったそうです。関東大震災の際には高台に逃げる人たちが殺到し、炎にまかれて27人が亡くなるという悲劇もあったといいます。


山手本通りで左折し、しばらく歩くとカトリック山手教会が見えてきました。後でわかったのですが、この山手本通りは台地の東西にのびる尾根筋の道で、この道を中心に明治のころ外国人居留区がありました。


カトリック山手教会の手前を右に入ると、フェリス女学院大学の門が見えてきました。こちらは裏門かもしれません。


左手フェリスの門を見ながら通り過ぎると、深い森に覆われたように山手公園がありました。


テニス発祥の地 山手公園
 
入口には「日本庭球発祥之地」という記念碑があります。碑文にはこう書かれていました。「山手公園は1870年(明治3年)横浜居留地外国人のレクリエーションの場としてつくられた。1878年(明治11)年レディースローテニスアンドクロッケークラブ、現在の横浜インターナショナルテニスクラブがこの地に5面のテニスコートを建設した」と。


もう少し説明しますと、ここは横浜に居留する外国人の手によってつくられた、日本初の洋式公園でした。社交場になり、憩いの場にもなる、外国人のための公園です。そして日本で初めてテニスが披露された場所でもあり、2004年に国の名勝に指定され、2009年には近代化産業遺産に認定されています。


そのテニスコートの上を見上げると、そこには鬱蒼と茂る、大きなヒマラヤ杉が何本も並び立っていました。これがヒマラヤ杉です。日本で初めて植えられたというヒマラヤ杉なのです。


ヒマラヤ杉の情報を求めて、園内の通路にある、瀟洒な白い洋館・テニス発祥記念館を訪ねました。


19世紀の女性たちの優雅なテニスウェアやラケットボールの変遷など、テニスの歴史を展示しています。


記念館のスタッフの方に公園の歴史とヒマラヤ杉について教えて頂きました。テニスクラブハウスの裏にある1本が最も古く、いまから140年前の1879年(明治12年)に最初に植えられたものだといいます。


なぜヒマラヤ杉だったのでしょう
 
じつは、ヒマラヤ杉は杉ではありません。松の木の仲間なのです。ヒマラヤ山脈西部の1500mから3000mほどのところが原産地といいます。ちなみに学名はCedrus deodaraといい、deodaraはサンスクリット語に由来し「神の木」という意味なのだそうです。葉は松葉のようにとがっています。


もうひとつ、松の木だという証拠に枝のところどころに松ぼっくりがあるのが分かります




クリスマスリース材料として人気の「シダーローズ」。バラの花のように見えることから名付けられたのですが、じつはこのシダーローズはヒマラヤ杉の松ぼっくりなのです。


テニスクラブの方に許可を頂いて、クラブハウスの裏に回り、ヒマラヤ杉の根元に近づきました。どっしりとした大木ですが、でこぼこはしていません。スーッとシンプルに真っすぐに立っています。


根元から途中まではシンプルに直立した大きな幹ですが、上の部分ではたくさんの枝葉を四方八方に伸ばし、濃密な樹冠を作り、日差しをさえぎります。


かつて多くのヒマラヤ杉がこの周辺には並んで立っていたそうです。大風で倒れたり、邪魔で切り倒されたりと、その数も少なくなって、そうしてようやく近年、ヒマラヤ杉の歴史的な価値が見直され、いまでは大切に守られているといいます。


ヒマラヤ杉が山手の景観を作った
 
このヒマラヤ杉は、じつは山手を代表するシンボル的な景観を作っています。こちらはさきほど通り過ぎたカトリック山手教会ですが、気をつけてみると道路側にヒマラヤ杉があります。

なぜヒマラヤ杉かといいますと、かつてイギリスインド植民地にしていたことに関係があります。


こちらは横浜雙葉学園の校門に立つヒマラヤ杉。

イギリスでは教会や学校、公園で日陰を作ってくれる、もっともポピュラーな樹木はイチイの木だったようです。大きな常緑樹です。イギリス人は植民地となったインドでヒマラヤ杉を知りました。早く成長して1本でも鬱蒼とした木陰を提供してくれる上に、見栄えも美しい樹木でした。


日本でのヒマラヤ杉は、スリランカに住んだこともあり、インドに何度も旅行をしていたイギリス人のヘンリーブルック(日本初の外国新聞編集者、後に社主)がインド・カルカッタから種を輸入し、外国人居留区の山手公園に植えたのが始まりだと言われています。日本の松や桜では十分な木陰は作れません。

こちらはイギリス人貿易商ベリックの邸宅、ベーリックホール。手前に大きなヒマラヤ杉があります。


こちらはイギリス国教会の流れをくむ横浜山手聖公会。ここにもヒマラヤ杉がありました。いたるところにヒマラヤ杉が育っているのです。つまり山手公園に始まったヒマラヤ杉の植樹は、一気に山手の高台一帯に広まっていたのです。


ブルックの眠る外国人墓地
 
そのブルックイギリスに生まれ、苦学して新聞記者となり、オーストラリアに渡って政治家となりますが、政争で挫折してスリランカに行き、晩年は日本に移り住んだ人物です。最後は横浜で亡くなり、山手の外国人墓地に埋葬されました。


外国人墓地は土日に特別公開しています。ひょっとしたらブルックのお墓を見ることができるかもしれないと思い、訪ねてみました。しかし、ブルックのお墓は公開されておらず、立ち入り禁止の地域にあるようでした。


しかし、その時目にしたのはひときわ大きなヒマラヤ杉でした。ブルックのお墓は1本のヒマラヤ杉に守られているといいます。きっと、この大きなヒマラヤ杉の木の下でブルックは安らかな眠りについていることでしょう。



横浜山手をヒマラヤ杉を捜しながら散策してみてはいかがでしょう。洋館とともに、ヒマラヤ杉を通してもかつての外国人居留区の面影を感じとることができるはずです。
 
山手公園
住所:横浜市中区山手町230
電話:045-641-1971(山手公園管理センター)
HPhttp://www.hama-midorinokyokai.or.jp/park/yamate/

アクセス方法
●電車の場合
・JR「石川町」駅南口から徒歩12分
みなとみらい線元町・中華街駅」元町口から徒歩15分
●バスの場合
・JR「桜木町」駅から市営バス105106系統(本牧車庫前行)、21系統、99・101系統「麦田町」下車徒歩1分
・JR「桜木町」駅から、神奈川中央交通バス11系統(保土ケ谷駅東口行)「山手町」下車徒歩1分
・JR「横浜」駅から、市営バス105系統「麦田町」下車徒歩1分

 

1本の木に会いに行くシリーズ、1〜5もぜひご一読ください。
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