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自分の頭がバグったのかと思った。7月14日放送の『霜降り明星・粗品が今一番やりたい企画TV 〜R-1ぐらんぷり2019優勝者特番〜』(フジテレビ系列)のことだ。

番組は粗品とカンテレ谷元アナの「粗品のツッコミ辞典を作ろう〜!」というタイトルコールで始まる。谷元アナの手元には50音表のフリップ。これから商店街を街ブラしながらツッコミを繰り出し、その頭文字50音を埋めた辞典を作ろうという企画だ。

最初に訪れたのは肉屋「コロッケたなか」。店のおばちゃんの「事務所のゴリ押しで優勝した人やねぇ」に「早速失礼!」と「さ」を獲得する粗品。店の奥の従業員に「いつ賄い食うとんのや!」、小さすぎるコロッケに「シルバニアファミリーのサイズ!」と順調にツッコんでいく。

その後、魚屋、音楽教室、靴屋、整骨院と巡るが、街の様子がどうもおかしい。魚屋には「全日本魚屋グランプリ2018 二回戦敗退」という看板が掲げてあるし、音楽教室の講師はギターで猫踏んじゃったを弾くし、整骨院の待合室にはおどろおどろしいBGMが流れている。

これは普通の街ブラじゃないぞ、完全に全部仕込まれとるな……と、疑い始めたころ。粗品が「あちらのベッドにどうぞ」と整体師に誘導され、ベッドに横たわる。カメラは粗品の視点に切り替わり、目の前にピンクの布がかぶされる。そのとき……。

……ここから先はどうしてもネタバレになってしまう。もし見逃した人はTVerの見逃し配信7月21日23:59まで)をぜひ見てほしい。

街ブラに見せかけた巧妙な「仕掛け」
いやびっくりするじゃないですか。ピンクの布がかぶされた直後、また最初からロケが始まっちゃうんだもの。

繰り返したことに何も説明もなく、最初と全く同じタイトルコールをして、全く同じルール説明をして、全く同じ箇所を巡り、全く同じツッコミが出る。肉屋から整骨院まで約9分間のデジャブ。最後、整骨院で布がかぶされる直前に「なんか、どっかで見たことあるな」と粗品がつぶやく。再び始まるロケ(3回目)

ルール説明の最中、目が泳ぐ粗品。進行を止め「この企画、前にやったことありましたっけ?」と確認するも「今日が初めてですよ」と否定されてしまう。肉屋で再び「事務所のゴリ押しで優勝した人やねぇ」とボケられるが、ここで「人気者になった証拠!」とツッコミを変えた。

以降「同じツッコミじゃダメな気がする」と、全てのツッコミフレーズを変えてみるが、整骨院で布をかけられるとまた最初に戻ってしまう(4回目)。「ループしてますよ!」と谷元アナに訴えるが、全く聞いてもらえない。さらに全てのツッコミフレーズを変える。整骨院で布をかけられる。また最初に戻る(5回目)。

1時間の放送枠で5回も同じロケを繰り返したのち、粗品はループから抜けた。ツッコミで50音が埋まったのだ。しかも全てのツッコミの頭文字をつなげると、文章になっていた。

さいしょからそこあるきなおせ(1,2回目)
にゆうねんにみきわめてぬけろ(3回目)
むりやりすべてのもじをつかえ(4回目)
ぷちぼけはひぼんにたとえまくれ(5回目)

最初からそこ歩き直せ
入念に見極めて抜けろ
無理矢理全ての文字を使え
プチボケには非凡に例えまくれ

5回目の「プチボケ」は、ロケ中に出た谷元アナの小さなボケのこと。「彼女10人はくらい?」「収入は月1億?」に、最初は「適当言うな!」と短くツッコんでいたが、5回目は「ボケかた師匠のネタ書いてない方!」 と全力でツッコむことにした。

ループごとに変えていたのはツッコミだけではない。魚屋での買い物や、通行人へのツッコミなど、繰り返すごとに微妙に変わっている。さらに、音楽教室で演奏した「小さな黒人」「猫踏んじゃった」は同じフレーズをループする曲だし、ナレーターの最上もがは「もがみもが」と繰り返す名前。商店街のロゴも「桃(もも)」だ。

何気ない商店街ロケに見せかけた「仕込み」に、番組終了後にネットでは盛んに考察が行われ(霜降り明星の粗品が企画したTV番組が、粗品らしい斬新な企画なのでまとめ読まずにまず見てほしい #粗品tv - Togetter)た。粗品本人も自身のTwitterで「まだまだ解読されてなくて少し寂しいです」とコメントしている。

考察のなかで、元ネタとして名前が挙がっているのが、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の「エンドレスエイト」だ。8月が延々とループするという展開を、粗品は自身のR-1挑戦に重ね合わせていた。2011年に初出場で準決勝まで進んだR-1。しかし、決勝までの道は遠かった。

これ「エンドレスツー」と僕は呼んでいて。『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメで「エンドレスエイト」っていうのがあるんですよ。8月がループするんです。同じことを繰り返していて、でも何かのきっかけで抜けられる。僕はそれと一緒だと思っていて、この2月の予選をずっとループしていたんですけど、今回突破できました。
『R-1ぐらんぷり2019』ファイナリスト・リレーインタビュー(6) 霜降り明星 粗品、R-1に特別な思い入れ「お笑いを始めるきっかけ」より)

肉屋のおばちゃんは店を始めてから「10年になるわ」と言っていた。10年近く続いた予選落ちを、「ループもの」という作品で表現し、自らのツッコミの力で終止符を打つ。こんなに美しい「優勝特番」の形があったろうか。

ここで思い出す。その「10年」を振り返っていた番組が、最近他の局で放送されていたことを。

6月20日7月4日放送の『霜降りバラエティ』(テレビ朝日)。霜降り明星の2人が東京タワーの階段を登りながら、それぞれの人生を振り返っていた。

東京タワーの階段を登りながら
夜の東京タワーに集まった2人。高さ150mのメインデッキまで続く外階段(約600段)に足をかける。100段ごとに「小〜中学生時代」「高校時代」「大学〜芸人デビュー」などトークテーマがあり、狭い階段をグルグルと登りながらお互いの過去を振り返る。

高校3年生のとき、2人は別々のコンビで出場したお笑いコンテストで出会った。大学進学後、粗品は中退しピン芸人になるが、せいやはお笑いを続ける気がなかったという。粗品はせいやとコンビが組みたいと説得を続け、ようやく2人で漫才をすることになった。そんな粗品のピン芸人最後の仕事が生放送の「オールザッツ漫才」。番組内のネタバトルで、粗品は最年少優勝してしまう。

せいや「それをテレビで見てて。めっちゃ焦って、どうなんねん、話なくなるんちゃうかって」
粗品「僕はせいやが見てるやろなと思って。優勝インタビューで『漫才やりたいと思ってるんですよ』って言ったんです。めちゃくちゃ変な空気になって(笑)」
せいや「めっちゃ嬉しかったですよ」

階段は300段に到達。「霜降り明星」としてスタートした2人は、いきなり暗黒期に入る。ピンの才能を認められた粗品に対し、せいやは「誰?」な状態。芸人からも客からも邪魔者扱いされ、「辞めろ」「解散しろ」と言われ続ける。ボケとツッコミを入れ替えるなど迷走を続けた。

400段目。ようやく2人に光がさす。ABCお笑いグランプリ2017優勝に「初めてコンビとして認められた」と号泣した2人。それから2年間で8タイトルを獲得。500段目。東京進出前夜、大阪の仲間たちに涙で見送られた映像を2人で見る。600段を登り切った2人の前に広がったのは、東京タワーから見える夜景だった。

赤い鉄骨で覆われた東京タワーの外階段は、ループしながら高さ150mまで続く。GPSで見れば、同じ場所をただただ回っているだけかもしれない。でも確実に、一歩一歩、上へ上へと続いている。

繰り返す日々に逆らい、何かを変えようともがき、年月をかけて高みまで登り詰める。霜降り明星に、ループを断ち切るのは己の手足だと教えてもらった。

(井上マサキ タイトルデザイン/まつもとりえこ)
『芸人芸人芸人』(コスミック出版)