2016年名古屋市北区のマンションで小学6年の長男(当時12歳)を包丁で刺殺したとして、殺人罪に問われた父親に懲役13年の実刑判決が19日名古屋地裁で言い渡されました。


 父親は、自身が通った名古屋トップの難関私立中への進学を目指して勉強させようと長男を「暴力や脅しなど恐怖で支配した」ことが公判を通じて明らかになりました。



写真はイメージです(以下同じ)



 このような事件を「学歴社会のゆがみ」や「偏差値偏重主義」と、“特異な事件”あつかいしてしまうことへの疑問を呈しているのが、育児・教育ジャーナリストのおおたとしまささんです。


 新著『ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』(ディスカヴァートゥエンティワン)の中で、おおたさんは「『教育虐待』とは、『あなたのため』という大義名分のもとに親が子に行ういきすぎた『しつけ』や『教育』のことである」として、「何かがちょっとだけ違えば、自分も追いつめられる子どもになっていたかもしれないし、自分が追いつめる親になっていたかもしれない」と警鐘を鳴らしています。



「ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち」の著者・おおたとしまささん



 追いつめる毒親と苦しむ子どもたちの凄絶な事例の描写と、彼らがそういった状況に陥(おちい)ってしまう原因である社会や教育文化への構造分析がなされたこの本を、自身も「教育虐待」を受けたと感じている古川諭香さんが読み解きます。(以下、古川諭香さんの寄稿)


◆「あなたのため」で“理想どおりの娘”にしようとした母の執念
「あなたのために言ってるの」――遠い学生時代、母からむけられたこの言葉に強い嫌悪感を抱いた自分がいました。自らの願望を「子どものため」という綺麗ごとで包み込み、“理想どおりの娘”にしようとしていたあの頃の母の執念を指して、それとは言えなかった息苦しさを、筆者は生涯忘れることはないでしょう。


ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』(おおたとしまさ/ディスカヴァートゥエンティワン)を手に取ると、そんな古い記憶が心に蘇(よみがえ)り、同じような生きづらさを抱いてきた人たちがいることに胸が熱くなります。



おおたとしまさ「ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち」 (ディスカヴァー携書)



 虐待というと、暴力のような目に見えやすいものや精神的・性的虐待、ネグレクトのような明るみになりにくいものを想像する方も多いはず。しかし、それとは別に「あなたのため」という親心がエスカレートし、スパルタ教育や厳しすぎるしつけによる「教育虐待」が引き起こされてしまうこともあります。


◆27歳で自殺した娘の葬儀の場で母は「会社のせいだ」
 マスメディアは、教育虐待の果てに起きた家族間の事件を興味本位で報じますが、その背景にまでは詳しく目を向けません。だからこそ、本書内で告白されている教育虐待の実態は貴重。どの体験談にも、被害者が抱えてきた苦しみがあふれています。


 中でも、広告会社で働く武井恭輔さん(仮名)が語る、27歳で自殺した従姉妹・凛さん(仮名)の話に衝撃を受けました。凛さんの母・たえ子さん(仮名)は「自分は常に正しく、他人や社会が間違っている」という考えの持ち主で、凛さんが思い通りにならないとヒステリックになっていました。



写真はイメージです(以下同)



 その一方で、「それがあなたのためなのよ」を口癖のように囁き、凛さんへ手編みのセーターを作ることもあったそう。決して娘への愛情がないわけではなく、むしろ過保護で過干渉になってしまう…。それこそが教育虐待の恐ろしさです。教育虐待は虐待の痕跡がないため発見されにくく、被害を受けている子どもSOSサインを出しにくいという特徴があります。


 凛さんはその後、就職を機に家を出ましたが、うつ病を発症。自力で生活することが苦しくなったためか親元に戻りました。そんな娘に対し、たえ子さんは叱咤激励。凛さんは唯一の心の拠り所だった祖母が亡くなった半年後、自ら命を絶ちました。


 ところが、たえ子さんは娘の自死の原因が自分にあるとは思っておらず、葬儀の場で参列者に対し、凛さんの死は会社や社会のせいだと話したそう。このように教育虐待は被害者側と加害者側に大きな意識のズレがあります。


◆大人になってもどこかで「母に認められたい」と思ってしまう
 教育虐待は新しいタイプの虐待であるかのように思えるかもしれませんが、英才教育が当たり前なエリート一家やスポーツ界などで昔から行われていたかもしれません。過剰なしつけやスパルタ教育を受けても被害者が乗り越え、栄光をつかめば、そのエピソードは美談としてもてはやされます。しかし、心身共にボロボロになり、自分を見失ってしまう人も少なくありません。



 筆者も幼い頃に教育虐待を受け、自分らしい生き方が分からなくなったひとり。今でこそ、ライターという職業に就いていますが、幼い頃は読書感想文が大嫌いでした。「あなたは運動以外のことで1番になりなさい。」この言葉は持病を持っている筆者に対する母の口癖。家の中や病室で読書をしながら過ごすことが多かったためか、筆者は幼稚園ですでに物語が書けていました。それが母の教育魂に火をつけたのです。


 毎年、夏休みの宿題として出される読書感想文。賞に入るよう、母は筆者が書いた読書感想文を吟味しながら読み、ダメな箇所を容赦なく消しゴムで消しました。他の子とは違った表現法をしなければ終わらない、夏の課題。自分の本当の感想がいとも簡単に消されていく哀しみは今でも忘れられません。


 けれど、情けないことに筆者はいまだにどこかで「母に認められたい」と思いながら文をしたためてしまいます。「こういう月並みな表現や分かりにくい言葉は母に喜ばれないだろう」と悩みながら、ライター業をしているのです。


◆親自身も被害者であることが…
 親から向けられる「あなたのために」という呪いは、被害者の人格や一生を左右するほどの力を持っています。しかし、親は自分の行動や想いが子どもを苦しめていることに気づいていません。


 先ほどのたえ子さんも、葬儀の場で凛さんの弟・弘さん(仮名)から初めて立てつかれ、非難されたことにより、自分が行ってきたことの重大さに気づき、うつ病を発症。人前に出られなくなるほどショックを受けたそうです。



 たえ子さんが娘の凛さんの教育に依存的になってしまったのは、たえ子さん自身がネグレクトを受けて育ったアダルトチルドレンであったことも理由のひとつ。教育虐待が起こる背景には悲しき虐待の連鎖が関係している場合も少なくないため、解決するには時間と根気が必要になります。


「我が子に幸せになってほしい」――それは、親が抱く祈りにも似た願い。けれど、それが呪いとなってはいないだろうか。…そう振り返り、自分の胸に問いかけてみることが教育虐待を防ぐ1番の近道になります。


 あなたの子どもは、今日も自分らしく笑えているでしょうか。


<文/古川諭香>


【古川諭香】愛玩動物飼養管理士・キャットアスペシャリスト。3匹の愛猫と生活中の猫バカライター。共著『バズにゃん』、Twitter@yunc24291