共働きの親にとって大きな悩みは、育児にかける時間が限られてしまうことではないでしょうか。そこで、子どもと向き合う時間を増やす目的で、育児にITを活用する「子育Tech(こそだてっく)」という取り組みが始まっていますが、日本では「手間暇をかけて育児を行うことこそ愛情」との価値観も根強くあり、親世代と祖父母世代の間にギャップがあるようです。

 ITを活用した育児は、世代を超えて理解され、日本に浸透していくでしょうか。一般社団法人子育てデザイナーズ協会(東京都江東区)代表理事で、「日本子育てアドバイザー協会」認定子育てアドバイザーの井上誠也さんに聞きました。

IT活用にはさまざまなメリット

Q.共働きの親が、子どもと向き合う時間を増やす目的で育児にITを用いることをどのように思われますか。

井上さん「大賛成です。積極的に活用すべきだと思います。ITの活用で子どもと向き合う時間が増え、さまざまなポジティブな効果が見込めるからです。

現在の子育て世代は、親の負担が重く、子どもと向き合う時間や子どものことを考える時間、子どもと関わるために必要な親自身の休息時間などが圧倒的に不足しています。都市部では特にそうです。効率化で、それらの時間を捻出できるなら積極的に活用すべきです。

ただし、何でもかんでもIT化すればよいとは思いません。メリットやデメリット、リスクを勘案して、総合的に判断することは必要です。例えば、育児記録やスケジュール管理は、これといったリスクやデメリットはなく、効率化や機能的な優位性を見込めるので、積極的に利用してよいと思います。

一方で、子どもと公園に行ったときに、ひたすらスマホやPCで作業しているというのは、けがなどのリスクが高いと思いますし、子どもとの信頼関係醸成などの点であまりお勧めできません」

Q.日本では、年齢層が高い人ほど「育児は手間暇をかけてこそ愛情」という価値観があるそうです。手間暇をかけないと、子どもに愛情は伝わらないものでしょうか。

井上さん「『手間をかけること=愛情を注ぐこと』ではないと思います。軸に置くのは『子どもにとって何がよいのか』ということです。『自己犠牲や、親にとってつらいこと、大変なこと=子どもにとってよいこと』とは限りません。

愛情には、『手間暇をかけないと伝わらない愛情』もあるでしょうし、『手間暇をかけなくても伝わる愛情』もあると思います。例えば、休みの日に近くの公園へピクニックに行って、好きなものだけが詰まった手作り弁当を開けたとき、子どもはきっと愛情を感じますよね。

一方、お昼ご飯は近所のスーパーで買ったお弁当かもしれないけど、以前から遊園地に行きたいと言っていたのを親が覚えていて連れて行ってもらったときも、子どもはきっと愛情を感じますよね。手間暇をかけるポイントが違うだけです。

授乳記録の手段がアプリだろうが手書きだろうが、授乳を記録し、子どもの健康を気にかけて管理すること自体が大事なのであって、子どもが大きくなってそれを見たときに、自分が大切に育てられたことを感じられればよいと思います」

Q.祖父母世代は、手間暇かけて育児をしてきたという経験則があるため、ITの活用に否定的なのでしょうか。

井上さん「そういう部分は大いにあると思います。自分の成功体験と異なり、未経験の部分なので、本当は『否定』ではなく、『よく分からない、だから反対』というのが実態ではないかと思います。『自分も苦労したからあなたも頑張りなさい』という発想もあるかもしれません。

これは、子育てだけではなく、一般社会やビジネスの世界でも同じことが起きているのではないでしょうか。若いうちは、新しいことを吸収したり、理解したりすることに労力をいとわない傾向がありますが、年齢が上がるにつれて、自分の経験の中から物事を判断してくる傾向が強くなると思います」

誰のために子育てをしているか

Q.日本も米国のように、ITを活用した育児が普通になる時代が来るのでしょうか。

井上さん「来ると思います。子育ても生活の一部であり、世の中が変わりライフスタイルが変われば、おのずと変わってくるものだからです。

例えば、紙オムツが開発された時、やはり紙オムツに否定的な人は多くいたわけですが、今や一般化しています。市販の離乳食が発売されたときも、やはり否定的な人が多くいましたが、今や市販の離乳食も普通になっています。

また、現代の子どもたちは、生まれたときからITがあるため、そもそも拒否反応がない環境になっていくと思います」

Q.育児に活用できるアプリを使って、祖父母世代である自分の親に否定的なことを言われた場合、どのようにして理解を得たらよいのでしょうか。

井上さん「一つは、育児にITを用いるメリットを分かりやすい形で見せることです。例えば、育児記録系のアプリには、入力したデータをアウトプットする機能が備わっているものが多く、表やグラフといったビジュアル的に分かりやすいものを見せると、祖父母世代も『お~! すごい』となるケースが多いように思います。

他には、祖父母世代の拒否反応がなくなるまで使い続けること、祖父母世代にアプリなどを実際に使ってもらうこと、新聞・雑誌記事や書籍、テレビ番組などで、有識者が推奨しているものがあれば見てもらうことでしょうか。

ただ、一番強調したいのは『最終的には理解してもらえなくても気にしない』ということです。親は自分の子育てが正しいのか、間違っているのか、常に迷いながら子育てをしていると思いますが、答えは子どもが持っています。

子どもが笑顔で健全に育っていれば、手段は何だってよいのではないでしょうか。注意すべきは、手間暇や愛情をかけているつもりになり、『自分の育児は正しい』と思い込み、子どもの笑顔がなくなっていることに気づかなくなってしまうことです。

少し酷なようですが、『自分の親(祖父母世代)の望む子育てをすること』と『自分の子どもの幸せ』のどちらかを選ばなければならない局面はたくさんあると思います。もちろん、相互理解できた方がよいのですが、祖父母世代は、今まで積み上げてきた人生や経験が根底にあるので、それもなかなか難しいのが実情かと思います。

そのため、祖父母世代である自分の親に理解してもらうことは、ある程度諦め、誰のために子育てをしているのかという原点を大切にしていけばよいと思います」

オトナンサー編集部

ITを活用した育児は浸透する?