今年5月、ノルウェー人女性が滞在先のフィリピンで子犬にかまれ、数日後に狂犬病で亡くなったというニュースが話題になりました。報道によると、女性は帰国後に体調を崩したとのことで、狂犬病の予防ワクチンも接種していませんでした。ネット上では「怖い」「どう気を付けたらいいの」など、さまざまな声が上がっています。

 狂犬病については、日本では「犬だけが感染する病気」というイメージを持つ人が多く、その症状やヒトへの感染リスクについて知らない人も多いようです。海外旅行シーズン前に知っておきたい「狂犬病の怖さとリスク」について、獣医師の増田国充さんに聞きました。

海外では年間5万人が死亡

Q.そもそも「狂犬病」とは、どのような病気でしょうか。

増田さん「『狂犬病』という名前から、犬に関連した病気であることが想像できますが、実際は人間を含めた哺乳類が感染・発症する可能性のある、ウイルスが原因の感染症です。世界の多くの国では、この狂犬病が普通に存在し、現在でも多くの人が亡くなっている現状があります。

野生動物がウイルスを保有し、犬にかみついた際に感染するのが一般的といわれます。感染後、2週間から2カ月程度の潜伏期を経て発症、興奮状態や不安状態、錯乱、水を怖がるなどの脳炎症状を呈し、最終的には昏睡から呼吸停止を起こして死亡します。

確立された治療方法がなく、発症してしまうと100%死に至ります。また、血液検査などの生前診断方法もないため、最終的には死後解剖によって、神経細胞からウイルスが検出されることで診断に至ります」

Q.狂犬病がヒトに感染するリスクや原因、感染源となる動物について教えてください。

増田さん「狂犬病ウイルスを持つ犬にかまれることによって感染するケースが多いです。狂犬病ウイルスは、感染した動物の唾液に多く含まれているため、かまれることで最もリスクを生じます。犬以外の動物では、コウモリをはじめとした野生動物にかまれた傷や、引っかかれたことによる感染が多いといわれています。

多くの哺乳類狂犬病にかかるリスクがあるので、むやみに動物を触らないことが重要です。なお、ヒトを含む動物全般が傷を介して感染するので、傷のない部分に唾液が付着しても感染するリスクはまずないと考えられます」

Q.ヒトが狂犬病を発症するとどうなりますか。

増田さん「発症初期は風邪と似た症状が現れます。犬の場合と同様、進行していくと、不安感や、水を見ると首の辺りがけいれんする兆候がみられる『恐水症』の他、少々の刺激にも過敏に反応するようになります。その後、全身のまひがみられるようになり、最終的に呼吸障害を起こして死亡します。

動物にかまれた後、発症を予防するための『暴露後ワクチン接種』を数回にわたって行います。犬と同様、狂犬病を発症してからの治療方法はありません。いずれにしても、発症するとほぼ100%死に至ります。

ちなみに、ヒトからヒトへの感染は、『患者が他の人にかみつく』ということでなければ生じません。そのため、このケースでの発症は現実的に可能性が低いと考えるのが妥当です」

Q.ヒトが感染しているか確認する方法はありますか。

増田さん「感染を確認する方法は原則『ない』と考えておいた方がよいでしょう。血液検査をしても、ウイルスが検出されるわけではないからです。

かんだ犬が特定されており、その犬の容体が観察できる場合、狂犬病の症状を2週間以上示さなければ、狂犬病に感染した可能性を初めて除外できます。そのため、狂犬病の発生地域で犬にかまれた場合には、『狂犬病に感染している可能性がある』と想定して迅速に『暴露後ワクチン接種』を行う必要があります」

Q.日本国内での狂犬病の発生率や、狂犬病が流行している国・地域を教えてください。

増田さん「日本国内での感染としては、1956年を最後にヒトでの発生はありません。ヒト以外では、猫への発生が1957年に確認され、以降、発生はありません。海外で感染して帰国後に発症した事例としては、2006年に、フィリピン渡航中に狂犬病に感染した男性が亡くなった例があります。

世界保健機関の調査によると、年間5万人強の人が狂犬病によって命を落としています。そのうち、濃厚地帯となっているのはアジア地域で、死者は年間3万人にも上るといわれています」

渡航前のワクチン接種も有効

Q.狂犬病に感染することを防ぐため、海外旅行の際に気を付けるべきことはありますか。

増田さん「狂犬病が存在する地域では、むやみに動物に触らないことが重要です。動物に触れる可能性がある場合や、医療機関を受診することが難しい場合は、渡航前に狂犬病ワクチンの接種を行っておくことが推奨されます。このワクチン接種は、決められた方法で接種を行う必要があるため、事前に、計画的に接種を行う必要があります。

渡航前の狂犬病ワクチンが接種できる機関は、検疫所のホームページで確認できます」

Q.もし、渡航先で犬にかまれた場合、どのように対処すべきでしょうか。

増田さん「まず、せっけんと流水を使って傷口をしっかり洗います。そして、現地の医療機関にかかり、適切な初期対応を行うことが重要です。対応可能であれば、『暴露後ワクチン接種』をします。また、帰国した際にその旨を空港などの検疫所や保健所に報告し、日本国内の医療機関でしかるべき治療を受けましょう。

渡航先で処置がなされなかった場合は、速やかに保健所に相談し、医療機関で適切な処置を受けてください」

Q.犬以外に、狂犬病のリスクに注意すべき身近な動物はいますか。

増田さん「狂犬病の発生国では、犬以外に猫や野生動物が感染源となっています。また、地域によって異なりますが、アライグマスカンクコウモリマングースなども感染源として注意が必要な動物と認識されています。基本的に、哺乳類の広い範囲が感染対象となっているため、いざ流行が発生してしまうと大きな脅威となってしまう可能性があります」

Q.日本国内で犬を飼う場合、飼い主に求められる意識・行動は何でしょうか。

増田さん「『過去24カ月間感染症例が確認されていない』『予防および管理のための規制措置を適正に実施』などの条件を満たした『狂犬病清浄国』は日本をはじめ、ほんのわずかです。日本人の場合、狂犬病になじみが薄いことから、その実態が分かりづらい面があります。

1950年狂犬病予防法が施行されて以降、日本は清浄国に認定されましたが、ヒトや物流の行き来が激しい時代となり、ウイルスが侵入するリスクがないとはいえません。また、犬に予防接種を行う内容の法律ではありますが、本来の主旨は『ヒトの感染症対策』であり、防疫のために重要なものです。

万が一、日本国内に狂犬病が侵入してきた場合、流行を阻止するためには『70%以上の集団接種率が必要』というデータがあります。犬の飼い主さんは現行の法律にのっとり、必要とされる方法を講じることを心掛けてください」

オトナンサー編集部

狂犬病は犬だけの病気ではない?