かつて「世界一即戦力な男」と呼ばれた男、菊池良(31歳)。ベンチャーのweb制作会社から日本有数のIT企業、ヤフーに転職した。

 その後、ヤフーを飛び出したあとは「在野の物書き」として、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社、神田桂一との共著。以下、もしそば)がシリーズ累計17万部のヒットになるなど活躍している。

 フリーランスとして“好きを仕事に”する働き方を聞いた。

フリーになることに「葛藤はない」

――『もしそば』のヒット後も会社員を続けていた菊池さんが、突然会社を辞めたことにかなり驚きました。会社組織で成り上がることを目標にされていましたが、心境の変化があったのでしょうか。

菊池良(以下、菊池):会社組織での「出世」を目標にしていたので、びっくりされた方も多いと思います。高度経済成長期の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代を取り戻したくて……エコノミックアニマルになりたかったんですね、『島耕作』に憧れていたから。

――辞める際に葛藤はありましたか?

菊池:なかったです。「芥川賞を全部読む」のウェブ連載が決まった時点で覚悟はしていました。Yahoo!というプラットフォームで、日本のネット文化が作り出したコンテンツをエンパワーさせたいと思って入社して、「Netflixにどう立ち向かうか」みたいな個人的な問題意識もありました。結局、できたこともできなかったこともあった数年だったなと。

「ネタりか」編集部にいたから、できたことは記事を作ることで、できなかったことはそれ以外(笑)。でも、単発のテレビ番組を作らせてもらえたりして、楽しかったですよ。連載の仕事が来ていなかったら、今も中間管理職を目指して働いていたと思います。

副業は「体を悪くする」

菊池良
副業が忙しいと、会社への「申し訳なさ」を感じる
――副業をすることの難しさってありました?

菊池:体を悪くしますね。副業が忙しくなると睡眠時間が削られますし、本業にも影響してきます。土日も心が落ち着かないんですよ。だから僕はあんまり推奨しないですね、やっぱりパワーが分散されて、効率が悪い感はいなめないです。あんまり眠れなかったから会社で(昼休みに)寝るか、みたいな。

 やっぱり副業が忙しいと、会社への「申し訳なさ」は感じますね。就業時間中に副業の電話がかかってきて、「どうしよう……」みたいで、出るに出られない。

 昔の内職みたいなかたちでの副業、家でのテープ起こしとかだったら良いとは思いますけど、そうじゃない場合って構造的にどんどん忙しくなってくるじゃないですか。だからいずバランスは崩れるはずなんですね、だったらそれを本業に回したほうがいい。労働の基準が8時間くらいに定められている理由がよくわかりました。

副業での人脈は「会社に還元できる」

――メリットとして、会社に還元できることがあげられることも多いですが。

菊池:副業のつながりで仕事をすることもあったので、それはメリットとしてあると思います。人脈は還元できると思いましたし、やりたいことを仕事にできたのも人脈のおかげだと思います。「もしそば」共著者の神田さんとはライター飲み会で出会いましたし、あとはなるべく同業以外の人と接点を持つようにしていました。

――外の人たちとの出会いで得られるものって何でしたか?

菊池:うーん、業界の人以外と会っているとチームが組めるんですよ。ライター同士だとそんなにできないじゃないですか。それと、外の人にとっては文章を書ける存在は自分しかいないので、オンリーワンの存在になれるんですよね。

 自尊心も満たされます。得られたものの具体例をあげると、やっぱりテレビ番組を作ったときにプロデューサーと接点を持っていたことですよね。個人的にメッセージしたところからはじまりましたから。

最近もたまに求人を調べている

菊池良
菊池良芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社
――新刊『芥川賞ぜんぶ読む』の元はウェブ連載ですが、連載自体はいつか終りがきて、一生を保証してくれるものではないですよね。自分だったら辞めることを躊躇してしまったと思います。

菊池:期間限定だからこそ、会社を辞められたのはあると思います。本が仕上がって、その時点で仕事がなければ、会社員に戻ろうと思っていましたし。意識としては完全に文筆業で食べていくというよりも、まだ半分くらいは会社員マインドが残っているんですよ。最近もたまに求人を調べてはいますよ。「TikTok」の会社、求人出してないかなって。文章だけというこだわりもなくて、会社員生活ではいろいろやらせてもらったなかでは、「文章(と企画)が一番得意だった」という感じです。

――文章がスキルとして活かせると思ったのはいつごろでしょう。

菊池:「もしそば」の原型となる「もしも村上春樹カップ焼きそばの作り方を書いたら」のツイートがバズったときです。文章でもいけるのかなと。本がヒットしたのは文章というよりは、企画が良かったから売れたと思っています。

 ただ強調しておきたいのが、今でも島耕作になれなかった悲しみがあるということ……(笑)。文章スキルでいうと、影響を受けたのが堀井憲一郎さんの『いますぐ書け、の文章法』。なかでも「立ちながら書け」は、かなり使えるメソッドです。書きたいことがあったら、座って考える前に、立ったままでいいからとにかく書けという。

――今後のビジョンは現時点である程度固まっていますか?

菊池:仕事がきているうちはフリーランスで働こうと思っています。すでにいくつか進んでいるものがあって、それがポシャったら会社員に戻るかも。会社と平行してはできないようなものが多いので、今までみたいに副業としてやるというのは、あまり現実的じゃないんですよね。

「なるべく楽をしたい」座右の銘みたいな

菊池良
芥川賞」関連の資料は、国会図書館などで取り寄せた
――菊池さんって「世界一即戦力な男」を作って、ある種「受け身」の就活をしているし、こうして話していてもひょうひょうとしているから受け身と思われがちだけど、実際はかなり自分から行動を起こす人ですよね。

菊池:行動をしたのは、そうしないと就職できない状況だったからで、やらざるを得ないからなんですよ。それも、サイトもラフを書いて渡すだけでしたし。自分の中には「なるべく楽をしたい」という座右の銘みたいなものがあるんですね。

 デザインも動画も誰かに任せてしまうし、「もしそば」に続いて『芥川賞全部読む』も石黒(謙吾)さんというフリー編集者とやったんですが、交渉ごとは全部お願いしましたし。営業は神田さんに任せるし(笑)。人にやってもらうということを重視していて、なるべく人にやってもらいたいんです。

 そういえば、神田さんとのコンビが続いているのって奇跡だと思うんですよ。

――というと?

菊池:神田さんと組めるのは僕しか続かないだろうなと思ってるんですね。原稿は遅いですし(笑)、謎に我が強いんだけど、僕はそういうのがどうでも良いと思っているので。「もしそば」も神田さんが「○○出版に持ち込むよ」というメッセージをしてくれて、ぼくは「お願いします」と返しただけ。

 普通の感覚でいうと、「お前もどこか持ち込み先を探してよ」ってなると思うんですけど、神田さんはそうならないから。この絶妙なバランスで保たれているコンビなんですよ(笑)。今も一緒に進めている仕事が3つありますからね、バンドでいうとL’Arc~en~Cielみたいな感じ。

<取材・文/岡本尚之 撮影/詠祐真>

菊池良
ライターWeb編集者。学生時代に公開したWebサイト世界一即戦力な男」がヒットし、書籍化、Webドラマ化される。現在の主な仕事はWebメディアの企画、執筆、編集など。著者に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一との共著、宝島社

【岡本尚之】

編集・文筆業。文学が好きです

ライターの菊池良さん