Point
■米国の研究所が、3Dプリンターで磁性流体を用いた液体の形成実験をしていたところ、偶然液体の磁石を作ることに成功した
■磁性流体も磁石に反応する液体だが、磁界を取り除くと磁性は消えてしまう。しかし今回の液体磁石は磁界がなくても磁性を保持することができる
■この新発見された材料は、今後人工細胞の作製や、標的を定めて薬物を細胞へ届ける伝送技術などへの利用が計画されている
米国バークレーの研究所では、液体の構造を設計して印刷するという特殊な3Dプリンターの研究が進められています。
この液体の形成に、磁石に反応して形状を変化させる磁性流体を用いた方法を試す研究者がいたのですが、この研究過程で磁界を与えた液体が、そのまま永久磁石へ変化してしまうケースが報告されました。
これは液体による磁石の作製に成功したことを意味していて、これまでにない世界初の材料になります。
磁性を帯びた液滴は、外部の磁石の影響で遠隔操作が可能となるほか、磁界の影響でプロペラのようにくるくると回転するなどの動作も見せるため、3Dプリンターで人工細胞を形成する技術や、プロペラ回転を推進力として体内のピンポイントなターゲットへ薬剤を届ける極小ロボットなどへ応用することが可能だといいます。
この研究は米国バークレー研究所の研究者により発表され、科学誌Scienceに7月19日付けで掲載されています。
鉄が磁石になる仕組みって? 磁石のキホン
多くの人にとって子供の頃、興味を持つ科学の話題の1つが磁石でしょう。
身近にありながら、見えない力を発する磁石は、興味深い存在です。
磁石の様な常に磁界を発生させているものや、磁石に強く反応してくっつく鉄のような材料は一般的に強磁性体と呼ばれます。
鉄は普段磁力を帯びてはいませんが、これは鉄の中で磁極がばらばらの方向を向いているため、互いに打ち消し合ってしまっているためです。
そのため、永久磁石を近づけて磁極を揃えてあげると磁石と同じ性質を示すようになります。磁石にくっついた鉄の釘が今度はクリップなどもくっつけてしまうという実験を子供の頃に見たことがあるかもしれませんが、これはそうした鉄の磁化する性質によるものです。
強磁性体は、一度磁化するとしばらく磁性を保つ性質を持ちますが、大抵はあまり長くは続きません。鉄は磁石から離すと、割とすぐに磁性が弱まってしまいます。
永久磁石も、永久という言葉ついていますが、常温では比較的長く磁性を保てるというだけで、本当に永遠に磁性を維持できるわけではありません。特に高温になると原子が活発に動き出す影響で、どの様な物質でも磁性を失ってしまいます。
これが磁石、強磁性体の基本的な性質です。
不思議な液体 磁性流体
液体の磁石というと、磁性流体を思い浮かべる人がいるかもしれません。
これは鉄のように磁石を近づけることで、強く磁界に反応を示す強磁性の液体です。
この液体は強磁性微粒子が液中に混ざっているため、液体なのに磁石のように反応します。トゲトゲの形状になるのは、液体が磁力線の流れに乗って動いていくためです。
磁性流体自体は、すでに珍しい材料ではなく、世間に広く普及しているものです。ただ、この磁性流体は磁界を取り除けば上の動画のようにすぐに磁性を失ってしまします。
液体の磁石
今回発見された材料では、一度磁界に当てると磁界を取り除いた後も磁性を失わず、永久磁石のように振る舞うのです。
もともと、この材料は液体を印刷する特殊な3Dプリンターの研究途上で発見されました。
液体を印刷するとは、なんとも難しい概念ですが、これはナノスケール(10億分の1メートル単位)で、微粒子を3Dプリントする技術ということです。これにより、液体自体を3Dプリンターで生み出すことができるのだといいます。
この技術の研究者たちは、上で触れた磁性流体を利用すれば、液体構造の形成をさらに発展できると考えました。
そして、酸化鉄ナノ粒子を含んだ液滴を3Dプリンターで印刷し磁気コイルで溶液中に配置するという実験を行ったのです。しかし、ここで予期せぬことが起きました。磁界を取り除いた後も、この印刷された酸化鉄ナノ粒子の液滴は、磁性を保ち続けたのです。
つまり液体の永久磁石になったというわけです。
これは、3Dプリントされたこの液滴に、非常に密に酸化物ナノ粒子が詰まっていたことが理由だと考えられます。この磁石の液滴は水の中に油を入れたように、出力した際に、溶液中へ溶けることなく、界面に粒子が包まれた状態になっています。
この詰まった粒子たちは磁化されると、NS極の方向を揃えて整列し直しますが、その際、互いの粒子がさらに接近します。つまりギュッと縮まるわけです。バラバラに遊んでいたのを一箇所に集めて整列させられる体育の授業みたいな状態を想像するといいでしょう。
それにより、自由に動き回るスペースを制限された粒子たちは、磁界が取り除かれた後、元のてんでバラバラの方向を向くことができなくなり、磁性を保った状態になるのです。
研究者たちは、こうした技術がナノスケールのロボットの推進や、遠隔操作、人工細胞などに利用可能だとしています。
液体の磁石と言われても、私たちには容易に利用方法が思い浮かびませんが、コンパスから磁気データ記憶装置、さらには医療現場で使われるMRIなど、現在の世界にはあらゆる場面で個体の磁石が利用されています。ここに液体で作れる磁気装置が加われば、大きな技術的革新となるのは明らかでしょう。
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