VARの最大の問題点は「判定に時間がかかること」 近い将来にAIの出番!?

 体にチップを入れてコンピュータとつなぐ実験が行われているそうだ。SF的な人造人間を連想してしまうが、世界はいずれ本当にそうなるのかもしれない。

 サッカー界において、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)導入の流れは当分止まらないだろう。コパ・アメリカ南米選手権)や女子ワールドカップブンデスリーガなどすでに導入されているリーグもある。そこで今回は、“SF的”な視点でVAR後のサッカー界を考えてみた。

   ◇   ◇   ◇

 現在導入されているVARの最大の問題点は、判定に時間がかかりすぎることだ。主審が映像を確認する場合はもちろん、しなくても、ゴール後には映像確認が行われている。長くて1分程度なのだが、その間に選手は手放しで喜ぶこともできず、観客も一度喜んでから「で、どうなの?」という反応になってしまう。ゴール直後の歓喜や興奮に思いきり水を差していて、無粋なことこのうえない。映像確認と判定は長くても15秒、できれば2秒くらいで終えてほしいものだ。

 2秒だと、もう人間には無理である。映像確認はAI(人工知能)の出番だ。AIなら瞬時にゴールか否かを判定してくれるだろう。これでゴール後のなんとも言えない白けた雰囲気は回避できる。

 だが、ここで新たな疑問が生じてくる。AIがこんなに正確で判定も速いなら、審判は人がしなくてもいいんじゃないか?

 判定精度と速度に関して、人間はAIに太刀打ちできない。やがてフィールドから審判が消えた。フィールドに審判員がいなくなった代わりに、数機の小型ドローンが空中に漂うようになる。ドローンからの映像と従来のカメラ映像を加え、AIがすべての判定を下す。判定結果は空中のドローンが芝生の上に投影する。PKの時は、ペナルティーエリア内に「PK」と客席からも見える大きな文字が浮かぶ。FKの時は直接か間接か、どちらのチームが再開するのか、文字と矢印で示される。FKの壁がどこまで下がらなければいけないかも一目瞭然。選手たちは文句があっても言う相手がいないので、試合は粛々と進行する――と思われた。

科学技術の進歩がもたらした新たな問題 「肉体改造」が横行

 ところがAI判定を導入して数年後、激しいファウルに激高した選手が相手をぶん殴り、双方の選手たちとサポーターまでもが加勢する大乱闘事件が発生してしまう。この事件から、やはりフィールドにレフェリーは必要だという意見が出てきた。

 ちょうどその頃、技術の進歩によって主審はAI搭載のゴーグルを使えるようになっていた。このゴーグルさえ装着しておけば、正しく迅速なAI判定が主審に伝達される。すべてを機械に任せるのではなく、機械が人間を助けるというあるべき姿に戻るわけだ。

 ここでまったく異なる問題が浮上してきた。世界的なスーパースターが負傷する。昔なら再起不能の大怪我だった。だが、科学技術の進歩は素晴らしく、人工の腱と筋肉などを用いた再建手術が成功し、わずか数週間で復帰したのだ。そこまでは良かったのだが、スター選手のパフォーマンスは明らかに負傷前より向上していた。これは一種のドーピングではないかという声も上がったが、スーパースターの復活を喜ぶ声に勝るほどではなく、やがてこの件は忘れられた。

 数年後、別の選手が同様の医療技術を使って肉体改造を行った。やはりパフォーマンスの向上は明白で、さすがにこの時は負傷もしていないのに増強手術を行うのはフェアではないという意見が続出した。

 だが、その選手が所属するビッグクラブが「問題なし」で押し切ってしまった。負傷ならパフォーマンスを向上させられるのに、自分の意思で技術を使ってパフォーマンスを上げることができないのはむしろ奇妙だという理屈だった。この頃は、あらゆる機械や薬剤を使ってのパフォーマンス向上は容認されていたという事情もあった。

 世間一般でも、体内にカプセルを入れて体調管理を行うことが普通になっていて、医療技術を使ってパフォーマンスを向上させることへの嫌悪感は少なくなっていた。そもそも審判はすでに技術の力を借りて判定をしている、なぜ選手だけが技術の恩恵に預かれないのか――そんな意見が、ビッグクラブの総意だった。

もはやサッカーは応援するものではなく、ただ賭けの対象として存在するのみに…

 そしてXXXX年、今や選手の機械化は進み、人造人間どころか機械そのものがサッカーをしている。正確には機械ではなく精巧なホログラムだ。フィールドに投影されるホログラム選手は、詳細なデータによってすべての動作が管理されている。選手が負傷するリスクは限りなくゼロに近くなった。

 もはやサッカーはスタジアムで見るものでもなくなり、劇場や映画館でも見られるようになった。ビッグクラブは全世界同時に試合を開催できるため巨額の利益を上げている。そしてサポーターはいなくなった。サッカーは応援するものではなく、ただ賭けの対象として存在している――。

 とまあ、すっかりディストピアな未来観測になってしまったわけだが、すべてを人間がやるという原則を崩した以上、そしてその推進力がビジネスなら、幸福な未来を描くのはけっこう難しいように思えた。技術の進歩が、こんな未来につながらないことを願っている。(西部謙司 / Kenji Nishibe)

判定に時間がかかりすぎることがVARの最大の問題点だが…【写真:Getty Images】