Point
■現在の宇宙の大きな謎の1つが、銀河を形成するような大質量ブラックホールが初期宇宙では誕生できなかったという問題だ
■ブラックホールの形成については、時間ごとに蓄積可能な質量に限界があり、その理論に従うと現在の宇宙は作れないという矛盾がある
■これに対して、初期宇宙では暗黒物質から成るダークスターが数多く存在しており、それが大質量ブラックホールになったという説が提唱されている
暗き星、ダークスター。
これは闇属性の魔法の名前とかではなく、初期宇宙に存在したと予想されているダークマターを燃料に燃える恒星を指しています。
現在の宇宙が形成されるためには、現状の理論では非常に多くの時間が掛かると考えられています。特に銀河を形成する大質量ブラックホールを作るには、現状の理論では時間が足りないと言われています。
この謎について、初期宇宙でダークスターが大きな役割を果たしたという説が提唱されています。
2021年打ち上げ予定のNASAの新型宇宙望遠鏡『ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡』は、そんなダークスターを発見できる可能性があるのです。
予想がなければ観測で何かを見つけ出すことはできません。
宇宙形成の鍵を握るダークスターとは一体なんなのか? この研究の第一人者であるミシガン大学、キャサリン・フリーズ博士の提唱する説を見ていきましょう。
この研究に関する基本的な議論は、2016年にIOPscienceに掲載されたフリーズ博士の論文に基づいています。
Dark stars: a review
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/0034-4885/79/6/066902
大質量ブラックホールの謎
宇宙はビックバンによって生まれました。初期の宇宙には、元素は水素しかありませんでした。
一体そこから、どうやって今のような星々の輝く宇宙ができたのでしょう?
その秘密が重力にあります。
物質の作る僅かな密度の差が、重力を生み出し、均一に広がっているだけのように見えた水素たちを吸い寄せ、やがてそれは核融合を発生させてより重い元素を生成する原動力になりました。
全て恒星は、こうした核融合で発生した外へ向かうエネルギーと、内側へと潰れていく重力のバランスによって成り立っています。
しかし、恒星は最終的に核融合の力で重力崩壊を止めることができなくなり爆発して死を迎えます。その後、星は中性子星またはブラックホールに成るのです。
ただ、銀河を形成するような大質量ブラックホールは理論上、初期の宇宙では誕生することができませんでした。星が質量を増加させる速度には限界があり、おそらく宇宙誕生から10億年の間は、巨大ブラックホールを形成できるほどの大質量星は生まれなかったのです。
現在宇宙の年齢は138億年程度と考えられていますが、このペースではとても巨大な銀河がいくつも渦巻く現在のような宇宙を作り上げることはできなかっただろうと考えられています。
この矛盾した問題を、どのように解決したら良いのでしょう? その答えが謎に満ちた暗黒物質にあるのです。
宇宙最初の大質量天体
暗黒物質(ダークマター)は未だ特定されてはいませんが、予想はいくつか立っています。
その中で、現在もっとも有力視されているのが、WIMPと呼ばれる粒子です。これは質量を持ち重力相互作用はあるものの、電磁気的な相互作用は一切持たず、電磁波を検出できない仮説上の粒子です。
現在の天体観測は全て、天体の放つ電磁波を捉えることで成り立っています。可視光も電磁波の一種です。電磁波を放たない物質は、例え宇宙に存在しても、我々人類には見つけることができません。
このWIMPについては、いくつかの性質が予言されていて、その1つが反物質のように互いにぶつかると対消滅を起こしガンマ線(高エネルギー)を発生させるというものです。
このWIMPの対消滅は上で示した、核融合の反応と非常に似た振る舞いです。また、WIMPは初期宇宙では現在よりもずっと大量に存在していた可能性があるのです。
そのため、ここから初期宇宙について1つの仮説が生まれるのです。
「初期の宇宙には、WIMP(暗黒物質)から作られた恒星によく似た天体が存在していたのではないだろうか?」
これが、今回の主役となるフリーズ博士の主張なのです。
暗黒物質から作られた星「ダークスター」は、WIMPの対消滅を燃料にした恒星です。
WIMPは、ダークスター全質量の約0.1%存在するだけでも星を何10億年にも渡って維持することが可能だったと考えられています。そのため、ダークスターの構成する物質の殆どは水素です。
核融合を必要としないダークスターは、恒星ほど極端な圧縮を起こす必要が無いため、通常の恒星とは異なり、もやもやとした水素の雲のような天体だったと考えられています。
そのためダークスターはどんどんと膨張していき、最大で約10天文単位の直径に達した可能性があります。天文単位とは地球と太陽の平均距離のことで、1天文単位は約1億5000万キロメートルです。
ダークスターは、核融合を必要とせず、対消滅で重力崩壊を回避できたため、初期の宇宙でも容易に巨大重力の天体へと成長できたと考えられます。そして、この超巨大天体が重力崩壊を起こしたとき、銀河の核となるような大質量ブラックホールを生み出したと考えられるのです。
ダークスターの観測
ダークスターは、直訳すると暗い星となってしまうため、なんだか光らない印象を抱いてしまいますが、それは間違いです。
ダークスターはWIMPの対消滅によるエネルギーで明るく輝く天体です。そのため、十分な精度を持つ望遠鏡を使えば観測することが可能だと考えられています。
ただ、ダークスターの動力源は対消滅のため、暗黒物質が密集していた初期の宇宙でしか成立できません。現在はもう存在しない天体なのです。
そのため、ダークスターを観測するためには初期の宇宙を見る必要があります。
初期の宇宙は、現在の宇宙の辺境にあります。辺境宇宙は地球から約130億光年の距離にあります。それは130億年前に放たれた光を見ることであり、つまりは130億年前の宇宙の様子を見ることができるのです。
現在NASAでは、2021年を目標にジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の打ち上げ計画が進んでいます。これはハッブル宇宙望遠鏡の後継機となるもので、この望遠鏡の精度ならば、130億光年離れたダークスターを観測できるかもしれないのです。
現状の理論では宇宙の形成を上手く説明できないのは事実です。ダークスターの存在は、非常に合理的な宇宙形成シナリオを提供しています。
果たして本当に暗黒物質で作られた恒星は発見できるのでしょうか? 宇宙最大の秘密に近づく瞬間が近づいているのかもしれません。
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