プロローグ
ホルムズ海峡、波高し

 米ドナルド・トランプ大統領の対イラン経済制裁措置強化に伴い、最近「もしホルムズ海峡が閉鎖されたら?」というテーマが話題になっており、マスコミでもよく議論・論評されています。

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 しかし感覚的な議論が多く、世界の石油(原油と石油製品)海上輸送に占めるホルムズ海峡の意義を、数字的な裏づけをもって定量的に語っている論者は少ないように思えます。

 日本の年間原油輸入量の90%前後が中東産原油であり、日本の輸入量の85~90%はホルムズ海峡を通過しています。ゆえに一朝ことあらば、日本経済は大打撃を受けることになります。

 イランの革命防衛隊は7月19日、ホルムズ海峡において英タンカーを拿捕しました。近くに英の軍艦が警護していましたが、拿捕回避は不可能でした。

 拿捕阻止を強行すれば、英軍艦とイラン革命防衛隊の武力衝突になったことでしょう。まさに「ホルムズ海峡、波高し」と言えましょうか。

 本稿では世界の原油生産量に占めるイラン産原油のシェア、ホルムズ海峡を通過する石油輸送量、日本にとってのホルムズ海峡の意義などを定量的に考察してみたいと思います。

米国の原油生産量推移/過去最高を記録

 最近、中東における米国の強硬姿勢が目立つようになりました。なぜでしょうか?

 理由は米国の原油生産量が増加して、輸出量と輸入量がほぼ均衡。今後は純輸出国になるので、強気に出ていると考えられます。

 米国の原油生産量は米EIA(米エネルギー省エネルギー情報局)のグラフ通り過去最高水準に達し、2019年4月の米原油生産量(ガスコンデンセート含む)は12.2百万bdになりました*1

 OPEC(石油輸出国機構)と非OPEC主要産油国が協調減産継続に合意しても油価が軟調に推移している背景は、次の2点が考えられます。

①米国の原油生産量が増大していること
②世界的な石油需要の減退

*1=https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=40032

世界の原油生産量とイランの原油生産量推移

 最初に、(ガスコンデンセートを含む)世界の原油生産量に占めるイラン産原油シェア(%)の推移を概観したいと思います。

 下記のとおり、イラン産原油の世界生産量シェアは5%前後です。資料は英BPの2019年版統計資料、単位のbdは“barrel per day”(1日当たりのバレル表示生産量)、mbdは100万bdです。

(生産量単位:100万bd)

 次に、日本はイラン産原油をどの程度輸入しているのか概観します。出所は日本の資源エネルギー庁統計資料、原油輸入量の単位は100万klです。

 日本の昭和48年1973年)の原油輸入量は286.7百万klとなり、戦後最大を記録しました。しかし第1次石油ショック後は減少に転じ、2018年の輸入量は177.5百万klと1973年以降最低を記録しました。

 日本に対する最大の原油供給先はサウジアラビアで毎年35%前後、日本はイランロシアからは各々5%前後の原油を毎年輸入しています。

 しかし米国によるイラン産原油全面禁輸措置により、2019年5月は日本のイラン産原油輸入量はゼロとなり、今後も輸入ゼロの状態が続くと思います。

 その場合、日本はイラン産原油輸入量に相当する他の原油代替供給源を探す必要があります。

 イラン産原油の中でもイラニアン・ヘビーは特殊な原油ですので、この原油を必要としている日本の石油会社は代替供給源の確保に苦労することでしょう。

チョークポイントとは?

チョークポイント」という軍事用語があります。戦略的に重要な海上水路を指し、日本語では“戦略的阻止点”とも訳されます。

 艦隊が狭い水路や国際海峡などを通過するとき、一朝ことあらば、艦隊行動が阻止される軍事的阻止点です。

 ロシア海軍は北洋艦隊・バルチック艦隊・黒海艦隊・太平洋艦隊の4つの外洋艦隊を保有しており、4外洋艦隊以外に、支隊としてカスピ海艦隊と地中海艦隊が作戦行動を展開しています。

 これらの艦隊が作戦行動に出るためにはチョークポイントを通過しなければなりません。例えば、艦隊根拠地がロシア極東ウラジオストク港の太平洋艦隊にとりチョークポイントは宗谷海峡・津軽海峡・対馬海峡等になります。

 この3海峡が封鎖されると、ロシア太平洋艦隊は外洋に進出できなくなります。

 石油の海上輸送路にもこのチョークポイントが存在します。本稿では米EIA(米エネルギー省エネルギー情報局)報告書を基に、ホルムズ海峡の意義を考えてみたいと思います。

 米EIAによれば、世界の主要チョークポイントを通過する2016年の石油海上輸送ルートは以下の通りです。

世界の石油海上輸送路チョークポイント*2

*2=https://www.eia.gov/beta/international/regions-topics.php?RegionTopicID=WOTC

世界の石油輸送路/チョークポイント通過量

 米EIAリポートによれば、2012年から2016年におけるチョークポイントを通過する世界の石油(原油と石油製品)量は以下の通りです*3

チョークポイントを通過する世界の石油輸送量

 上記のうち、ホルムズ海峡経由の石油輸送量内訳は以下の通りです*4

 米EIAによれば、2018年の世界の石油供給量(消費量)は約1億bd(バレル/日)。2018年のホルムズ海峡通過石油量は約2100万bdですから、世界の石油消費量の2割以上に相当する石油がホルムズ海峡を通過していることになります。

 イラン2016~2018年における原油生産量は約400万bd、輸出量は約250万bdの水準で推移していましたが、米の対イラン経済制裁措置強化により今年5月以降は急減。2019年7月現在の原油生産量は以前の輸出量の水準以下、輸出量は50万bd以下になりました。

 中東原油はペルシャ湾(アラビア湾)~ホルムズ海峡~オマーン湾~アラビア海~印度洋~マラッカ海峡を通過して日本に入ってきますので、シーレーン確保は日本のエネルギー安保確立の要諦と言えます。

 付言すれば、ホルムズ海峡を通過するのは主に石油やLNG(液化天然ガス)ですが、マラッカ海峡は一般貨物船も通航するので、日本にとりマラッカ海峡の重要性はホルムズ海峡に優るとも劣りません。

*3=https://www.eia.gov/beta/international/regions-topics.php?RegionTopicID=WOTC

*4=https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=39932

ホルムズ海峡を迂回する原油パイプライン

 中東産原油を輸送する際、ホルムズ海峡を迂回して原油を輸送する原油陸上パイプラインは2経路あり、2経路の年間輸送能力は計650万bdです。

 アラビア半島の主要油田は南東部にあり、ここから紅海沿岸のヤンブー出荷基地に向かうサウジアラビア東西接続原油幹線パイプラインが2本稼働しています(年間輸送能力計500万bd)。

 もう一つの迂回路は、アブダビ産原油(マーバン原油)を原油パイプラインUAEアラブ首長国連邦)フジャイラ首長国のフジャイラ出荷基地からオマーン湾に出すルート(同150万bd)です。

 ご参考までに、この2系統のパイプラインルートは以下の通りになります。

サウジアラビアUAE/ホルムズ海峡迂回原油パイプラインルート*5

 この2経路の原油パイプライン年間輸送能力は計650万bdです。この輸送能力に対し実際の輸送実績は半分以下ですから、この迂回路原油パイプラインを有効利用して、パイプライン稼働率を高めることはホルムズ海峡依存度低減に貢献します。

 ただし、紅海側に出しても、スエズ運河やバブ・エル・マンデブ海峡などのチョークポイントが存在しますので、この点は要注意と言えましょう。

ホルムズ海峡を迂回する原油パイプラインの輸送能力と実績

*5=https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=39932

エピローグ
石油時代の終焉?

 メディアでは時々、イランがホルムズ海峡を封鎖するかのごとき報道も流れますが、筆者はイランが自らホルムズ海峡を封鎖することはあり得ないと考えます。

 イラン産原油もホルムズ海峡経由世界の市場に輸出しているのですから、イランによるホルムズ海峡封鎖は自分で自分の首を絞めることを意味します。

 しかし現場では一触即発の緊張が高まっており、不測の事態が発生するリスクは厳然として存在します。この意味でも、「ホルムズ海峡が封鎖されたら」は頭の体操として必要なのかもしれません。

「安定供給」とは、量的安定供給と合理的価格帯での安定供給を指します。この安定供給を保障することが、供給国(生産企業)と需要国(大手需要家)のウィンウィン関係構築の鍵になります。

 かつてサウジアラビアのヤマニ元石油相は「石器時代は石がなくなったので石器時代が終わったのではない」と、油価を人工的に上げることに警鐘を鳴らし、石油の安定供給の重要性を訴えました。

 20世紀は「石油の時代」と言われていました。しかし石油供給国が需給を無視して人為的に油価を上げたり、徒に石油を政治の道具に使えば、石油の「安定供給」は保障されません。

 石油危機が新技術を生み出し、需要家は石油から離れ、他の代替資源にその席を譲ることになるでしょう。

 この場合、地下に原油資源を潤沢に残したまま、「石油の時代」は終焉を迎えることになります。

 21世紀は、環境に優しい「天然ガスの時代」と言われています。しかし天然ガス供給国が安定供給を保障できなければ、「天然ガスの時代」も地下に大量のガス資源を残したまま、やがて終焉を迎えることになるかもしれません。

「石器時代は石がなくなったから終わったのではない。石油も同じだ」

 ヤマニ元石油相の警告はまさに正鵠を射ていると言えましょう。

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