プロパガンダに満ちた中国国防報告「新時代の中国国防」

 2019年版の中国国防白書「新時代的中国国防(China’s National Defense in the New Era)」が7月24日に公表された。

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 今回の国防白書は、人民解放軍の大改革が2015年末に開始されてから初めて公表された白書であるという大きな特色がある。

 4年前に公表された2015年版国防白書は、「中国の軍事戦略」というタイトルで、軍事戦略に焦点を当てたものであったが、2019年版は主要な項目について網羅的に記述したものになっている。

 2019年国防白書を総括的に評価すると以下の4つの特徴がある。

①米国に対する厳しい批判

②台湾の独立に対する強い警告

③「中国は米国とは違って、世界平和に貢献し、人類運命共同体に貢献する国家である」というプロパガンダ

人民解放軍改革に関する簡単すぎる説明

 特に中国共産党プロパガンダについては、明らかに事実に反する嘘や、「言っていることと、やっていることが違う」主張が繰り返されている点には唖然とする。

 これは、中国共産党の体質的なものもあるが、米中覇権争いの中で米国よりも世界に貢献しているという点を強調し、国際的な支持を確保したいのであろう。

 以下、この4点を中心に、2015年版とも比較しながら解説したい。

米国への批判

 2019年版と2015年版を比較すると米国に対する批判が強くなっていることが分かる。その理由は、米国のドナルド・トランプ政権が2018年から始めた貿易戦争、究極的には米中覇権争いが大きな理由になっていると思う。

●2015年版の記述

 米国については、新型大国関係の相手国として登場する。そして、米国という国名は明確には出していないが、「覇権主義、力による政治、新型の干渉主義という新たな脅威」という表現で米国を非難している。

 また、「南シナ海問題について外部から頻繁に介入し、中国に対する近距離からの航空・海上監視を行っている」と非難し、「これらの行為に対して領土主権、海洋の権利・利益を守らなければいけない」と記述しているが、外部から頻繁に介入する国家が米国であることは明白だ。

 つまり、2015年版では、米国に対するある程度の配慮をした米国批判になってる。

●2019年版の記述

 2019年版では米国を名指しして、非常に厳しい批判を加えている。

・「国際的な戦略的競争が高まっている。米国は「国家安全保障戦略」と「国防戦略」で、一方的な政策を採択した。それは、主要大国間の競争を誘発し、激化させ、防衛費を大幅に増加させ、核、宇宙、サイバーおよびミサイル防衛における能力増強を推進し、世界の戦略的安定を弱体化させた」

・「米国はアジア太平洋地域の軍事同盟を強化し、軍事力の展開と介入を強化しており、地域の安全保障を複雑化している。米国が韓国に終末高高度防衛(THAAD)システムを配備したことは、地域の戦略的バランスと地域諸国の戦略的安全保障上の利益を著しく損なっている」

・米国を名指ししていないが、「(アジアの)域外国は、中国に対して頻繁に空と海を利用した接近偵察を行っており、中国の領海と島と岩礁の周辺水域と領空に不法侵入し、中国の安全保障を脅かしている」と批判している。

台湾の独立に対する強い警告

 「中国は台湾独立に反対し、これを封じ込める」と明確に記述し、最大の核心的利益である「台湾統一」を目指す姿勢を強調している。

 この背景には、台湾を支援するトランプ政権に対する怒りや2020年1月の台湾総統選挙への懸念があるのだろう。

 以下は白書の記述だ。

●台湾独立の試みに断固として反対

・「分離主義者との戦いはますます激しくなっている。台湾の民進党は、台湾独立に固執し、1992年コンセンサスを拒否している。彼らは、漸進的な独立に向けて、大陸との関係を断ち切ろうとする努力を強化し、法律上の独立を推進し、敵意と対立を強め、外国の影響力を借りて、分離主義の道を進んでいる」

・「『台湾独立』分離独立勢力とその活動は、台湾海峡の平和と安定に対する最大の差し迫った脅威であり、国家の平和的統一を妨げる最大の障害である」

・「台湾問題を解決し、完全統一を実現することは、中国にとっての基本的利益であり、国家再生に不可欠である。中国は『平和統一』と『一国二制度』の原則を堅持し、両岸関係の平和的発展を促進し、国家の平和的統一を進める」

「中国は、中国を分裂させようとするいかなる試みや行動にも断固として反対し、この目的のために外国が干渉することにも断固として反対する。中国は統一されなければならず、また統一されるだろう」

「中国は、国家主権と領土の一体性を守る強い決意と能力を有しており、いかなる者、いかなる組織、いかなる政党による領土のいかなる部分の分離も決して許さない」

●武力行使を放棄せず

・「武力行使を放棄することを約束するものではなく、必要なあらゆる手段を講じるという選択肢を留保する。これは決して台湾の同胞を対象としたものではなく、外部の力と、非常に少数の『台湾独立』分離主義者とその活動の干渉に対するものだ」

人民解放軍は、台湾を中国から分離し、国家統一を保とうとする者を断固として打倒する」

・「人民解放軍は、国家の統一を守るため、海洋を中心に軍事態勢を強化している。台湾周辺の船舶や航空機を利用して、人民解放軍は『台湾独立』分離独立派に厳しい警告を発している」

中国共産党のプロパガンダ

 2019年版には「決して覇権・勢力拡大・影響圏を求めない」という項目があるが、そこでの記述は「事実に反する内容」、「記述していることと、実際にやっていることが違う」という中国共産党らしいプロパガンダが多い。

●「建国以来70年、一度も戦争や紛争を起こしていない」という主張

 国防白書では、「強国になっても好戦的な国は破滅する。中国国民は常に平和を愛してきた。中国が他国にそのような苦しみを与えることは決してない。中華人民共和国は、建国以来70年が経過したにもかかわらず、一度も戦争や紛争を起こしていない」と記述している。

 しかし、「建国以来70年、一度も戦争や紛争を起こしていない」という主張は明らかに虚偽である。

 例えば、1979年に起こった中越戦争は、鄧小平が「ベトナムに対する懲罰を与える」と宣言して引き起こしたものだ。

 中国は、1979年2月17日に10個軍30万人、1500門の長距離火砲をもってベトナム領内に進攻を開始した戦争だ。

 また、1974年西沙諸島をめぐる戦いでは、中国は南ベトナム軍艦1隻を撃沈し、南ベトナムが実行支配していた島嶼に部隊を上陸させ占領した。この結果、中国が西沙諸島全域を実効支配することになった。

 当時の南ベトナムは、1973年に米軍が全面撤退し、ベトナム戦争末期の非常に困難な時期であった。中国は、その弱点を突き中国主導の戦いを実行したのだ。

 さらに、中国は根拠のない「九段線」を理由に、南シナ海の大部分の領有を主張し、人工島を建設して周辺諸国に脅威を与えている。

 この中国の主張は、国際仲裁法廷である常設仲裁裁判所の判決で完全に否定されたが、中国はその判決を受け入れず、「判決は紙くずに過ぎない」とまで発言した。

 これら一連の行動は、白書が記述する「中国国民は常に平和を愛してきた。中国が他国にそのような苦しみを与えることは決してない」という表現がいかにまやかしであるかを示している。

●中国の強力な軍事力は、世界平和と人類の未来を共有するコミュニティ建設のため

・「中国は、他人の内政に干渉し、強者が弱者を虐待し、他人に意志を押し付けようとすることに反対している」

「中国の国防の発展は、正当な安全保障上のニーズを満たし、世界の平和勢力の発展に寄与することを目的としている」

「歴史は、中国が覇権を求める際に大国のこれまでのやり方に決して従わないことを証明し、今後も証明し続けるだろう。中国がどのように発展しても、他国を脅かしたり、勢力圏を求めたりすることは決してない」

・「人類の未来を共有するコミュニティ建設のために」という項目の中で、「中国人の夢は世界の人々の夢と密接につながっている。中国の平和、安定、繁栄は、世界に機会と利益をもたらす。中国の強力な軍事力は、世界の平和と安定、人類の未来を共有するコミュニティの建設のための堅固な力である」と書いている。

 「中国の強力な軍事力は、世界の平和と安定、人類の未来を共有するコミュニティの建設のための堅固な力である」とまで書かれると、唖然とせざるを得ない。

 中国の軍事力は、日本をはじめとする中国の周辺国にとって大きな脅威であり、「世界の平和と安定」を脅かす存在であることは多くの人が認めるところだ。

人民解放軍の改革について

 白書は、人民解放軍の改革について、230万体制から30万人を削減したなどの成果を概略的に説明をしているが、主要点は以下の通り。

●白書が紹介する簡単すぎる人民解放軍の組織図

 人民解放軍の指揮系統は、「軍委管総、戦区主戦、軍種主建」がキーワードだ。

 つまり、「中央軍事委員会が全てを管理し、5つの戦区が作戦を実施し、軍種である陸・海・空・ロケット軍は各々の指揮下部隊の戦力開発(部隊の編成装備、訓練など)を担当する」という意味だ。

 白書では軍隊の実態を知る基本資料である組織図について、図1と図2に示す簡単な組織図しか紹介していない。これでは、人民解放軍の複雑な組織を十分に理解することはできない。やはり秘密主義の壁は厚い。

図1「中央軍事委員会‐軍種‐部隊」

 図1は、中央軍事委員会と軍種および部隊の関係を示している。中央軍事員会が直接、陸軍等の軍種を指揮している。各軍種は、各々の部隊を鍛えて戦力を維持・強化する。

図2「中央軍事委員会‐戦区‐部隊」

 図2は、中央軍事委員会と戦区及び部隊の関係を示している。中央軍事委員会が直接戦区を指揮し、戦区が部隊を指揮して作戦を実施することを示している。

人民解放軍の指組織図(渡部案)

 図1と図2だけでは人民解放軍の全体像を把握できないので、筆者が諸資料を総合して作成した組織図が図3だ。この図3により人民解放軍の全体像が概観できるはずだ。

図3「人民解放軍の組織図(渡部案)」

●統合兵站支援部隊

 今回の白書で注目される部隊が戦略支援部隊と統合兵站支援部隊(JLSF: Joint Logistics Support Force、联勤保障部队)であった。

 戦略支援部隊は、人民解放軍改革の目玉として当初から注目されてきた。情報戦、宇宙戦、サイバー戦、電子戦を担当する部隊で、厚い秘密のベールで被われ、今回の白書でも詳しい記述がない。

 一方、統合兵站支援部隊が中国の公式な白書で紹介されるのは今回が初めてだ。

 統合兵站支援部隊は、統合兵站支援を行い、戦略・戦役レベルの兵站支援を実施する主力部隊で、中国の現代的軍事力体系の重要な部隊である。

 統合兵站支援部隊には、倉庫保管、物流輸送、パイプライン輸送、工事建設管理、備蓄資産管理、購買などを担当する部隊がある。

 また、統合兵站支援部隊の下には、無錫、桂林、西寧、瀋陽、鄭州の5か所にある統合後方支援センター、解放軍総合病院、解放軍疾病予防管理センターなどがある。

●海軍陸戦隊

 日本のメディア(北京時事)は、「中国の国防白書は、上陸作戦を担当する海軍陸戦隊(海兵隊)が3大艦隊と同等に格上げされたことを初めて明記した」と記述し、今後海軍陸戦隊が増強され上陸能力を高め、尖閣や南西諸島にとっての脅威となると主張している。

 確かに、東海艦隊、南海艦隊、北海艦隊の次に海軍陸戦隊が記述されているのは事実であるが、「3大艦隊と同等に格上げされた」とは書いていないので、これを別の資料で確認しなければいけない。

●解放軍の腐敗の温床であった軍のビジネスからの撤退

 白書には、「2018年6月現在、不動産賃貸業、農産物関連業、サービス業など15の分野において、主要機関、事業単位、軍関係公共機関によるすべてのレベルでの有料サービスは基本的に停止されている。中止された事業は10万件を超え、全体の94%を占める。軍は事業から撤退するという目標を達成した」と記述されている。

 これが事実であれば、人民解放軍の改革の目的の一つであった「軍のビジネスの禁止による腐敗根絶」が成果を収めたということである。しかし、実態はどうか、今後の展開を注視したい。

日本関連

 最後に日本関連の記述について紹介する。2015年版では、中国は日本を仮想敵として、「日本は戦後レジームからの脱却を目指し、軍事・安保政策の大幅な変更を進めている。その様な傾向は地域の他の諸国に重大な懸念を引き起こしている」と非難した。

 しかし、2019年版では直接日本を批判する表現はない。この背景には、米中覇権争いを背景として、この時点では日本を中国の敵にしたくないという中国側の思惑があると思われる。

「日本は、軍事安全保障政策を調整し、その投資を増やし、『戦後体制』の突破を追求し、軍事力を外向きに強化している」と記述しているが、特段批判的とは言えない。

 尖閣諸島(中国側は釣魚島と言っている)については、「中国は、国家主権と領土保全を断固として守る。南シナ海の島々と釣魚島は中国領土の不可分の一部だ。中国は、南シナ海の島嶼・岩礁におけるインフラ整備や必要な防衛力の配備、東シナ海の釣魚島でのパトロールなどのために国家主権を行使している」と記述し、「海上における安全保障上の脅威、侵害、挑発行為に断固として対応する」と記述している。

 いずれにしろ、我が国は中国という厄介な大国と今後とも付き合っていかざるを得ない。

 その際に、この国防白書を熟読し、中国共産党プロパガンダに惑わされることなく、日米同盟を上手く活用しながら、したたかに中国に対応していくべきであろう。

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