7月21日ウクライナで最高会議選挙が行われた。

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 ゼレンシキー大統領の与党「人民の公僕党」が比例区・比例区だけでなく小選挙区においても地滑り的勝利を収め、独立ウクライナ史上初めて単独政党による過半数議席獲得に成功した。

 ウクライナ有権者が最重要視する問題、すなわち東部ドンバス紛争の解決と公共料金高騰には特効薬がなく、4月の大統領選挙での圧勝の勢いがあるうちに選挙を前倒し実施したゼレンシキー陣営の作戦勝ちといえよう。

 注目されるのは、親ロシア政党「野党プラットフォーム・生活党(以下、野党生活党)」が第2党に躍進したことである。

 他の既存政党が大統領新党にことごとく票を奪われるなか、得票率を伸ばした野党生活党の健闘ぶりが光る。

 同党は、ウラジーミル・プーチンロシア大統領と親密な関係にあるヴィクトル・メドヴェドチューク氏が率いていることでも注目される。プーチン大統領は、メドヴェドチューク氏の娘のゴッドファーザー(名づけ親)なのである。

プーチンのお友達

プーチン大統領との個人的信頼関係」を売りとする政治家は世界に数多いるが、ウクライナのヴィクトル・メドヴェドチューク氏はその極北であろう。

 メドヴェドチューク氏は一貫してクレムリンの対ウクライナ政策と合致した公約に掲げ続けている。

 内政では、ロシア語の保護、そして連邦制導入ということになる。同様の政策は、同じく旧ソ連諸国モルドヴァのドドン大統領社会党も採用している。

 第2が、利権の共有である。

 メドヴェドチューク氏はエネルギー利権、すなわち石油製品や石炭のウクライナへの輸入利権を持っている。エネルギーの供給源はロシアと被占領下にあるウクライナ東部であり、クレムリンと緊密な関係がなければ困難なビジネスである。

 ウクライナ大統領選挙で野党生活党から立候補したボイコ氏は、ウクライナエネルギー関連ポストを歴任した人物であり、ガスプロムを巻き込んだ天然ガス再輸出スキームのウクライナ側の立役者であった。

 さらにいうと、メドヴェドチューク氏はポロシェンコ前大統領を政界に導いた人物であり、第2代ウクライナ大統領クチマを支えたオリガルヒの一人だった。

 ポロシェンコ・プーチン大統領に顔が利くことから、ドンバス和平交渉に際して、正式な任命手続きを経ずにウクライナ側代表団に「ボランティア」の形で参加していた。

 クチマ元大統領を全権代表とするウクライナ代表団は、彼のパーソナルジェット機で交渉地ミンスク入りしていた。

 選挙の際、クレムリンはこうした「お友達」に援護射撃を行ってくれる。

 モルドヴァを例にとると、ロシア政府は今年初めにモルドヴァ産ワインの禁輸解除措置の延長を発表し、さらには2月24日の投票日直前には社会党ライバルであるモルドヴァ民主党党首の古いスキャンダルを突如として浮上させた。

 ウクライナの場合はさらに強力である。

 3月31日大統領選挙直前、野党生活党のメドヴェドチュークおよびボイコ両氏がロシアを電撃訪問し、一野党政治家という身分ながら、メドヴェージェフロシア首相およびミレル・ガスプロム社長と会談するという大歓迎を受けた。

 会談の席上、ミレル社長はウクライナ向け天然ガス価格を25%引き下げる用意がある、とまで発言している。

 ウクライナ2015年11月以来、ガスプロムからの直接購入を行っておらず、EU市場から逆輸入する形で天然ガスを確保している。

 これを新たな契約を結び直して直接購入に切り替えれば25%安くなることが可能で、結果としてウクライナの消費者は、現在のガス料金高騰から解放される、ということになる。

「国際司法で勝ち取ったウクライナ側有利の裁定を取り下げ」や「ウクライナ・ガスパイプライン輸送料の引き下げ」という条件付きだが、ガス公共料金の高騰に苦しむ一般的な有権者には「天然ガス料金が安くなる」という言葉のみが届くことになる。

 ボイコ候補は、大統領選挙で想定外の票を獲得、これに手応えを感じたのだろうか、クレムリンの援護射撃は続けられる。

 6月にサンクト・ペテルブルクで開催されたロシア国際経済フォーラムに参加したメドヴェドチューク氏は、ウクライナ政府関係者不参加のなか、あたかもウクライナ代表のような扱いを受け、プーチン大統領、ルカシェンコ・ベラルーシ大統領とのスラブ3国スリーショット写真まで撮影されている。

 メドヴェドチューク氏と会談したプーチン大統領は、ロシアウクライナ関係の改善に努める野党生活党を高く評価し、協調する姿勢すら示した。

 さらに援護は続く。

 議会選挙投票日の1か月前、メドヴェドチューク氏は、ベラルーシのミンスクにおいてウクライナ東部ドンバスの一部を実効支配するドネツク/ルガンスク人民共和国の両元首との交渉に臨み、ウクライナ側捕虜4人の解放に成功、自らのビジネスジェット機に乗せて首都キエフに勇躍舞い戻った。

 人民共和国はクレムリンの影響下にあるから、こうした解放劇もクレムリンの了解下にあると見なせる。

 空港で待ち構えていたウクライナメディアを前に、メドヴェドチューク氏は「人民共和国側との直接対話を避けている限り、我々の捕虜は故郷に帰れない」とゼレンシキー大統領を批判した。

 ウクライナ政権は、分離主義勢力たる人民共和国政府はテロリストである、として正当な交渉相手と認めておらず、クレムリンが主張する直接交渉を避け続けている。

 この交渉姿勢はゼレンシキー新大統領も継承しているが、その一方で、新大統領はドンバスに平和を取り戻すとも宣言しており、その有言不実行ぶりをメドヴェドチューク氏が厳しく衝いた形だ。

 投票日2週間前には、メドヴェドチューク氏ら一行が再びモスクワを訪問し、ロシア政府・与党関係者と会談している。

 ここでも、メドヴェージェフロシア首相は天然ガス価格の25%値下げに言及し、メドヴェドチューク氏のドンバス和平への尽力を称賛した。

Too Late

 クレムリンの大誤算は、ゼレンシキー旋風であろう。

 これまでのウクライナ政治の先例に従えば、拙速なウクライナ民族主義化による混乱や経済低迷の不満は親ロシア派の追い風となり選挙で大勝できた。

 1994年大統領選挙におけるクチマ当選も、2010年大統領選挙におけるヤヌコヴィッチ当選もこのパターンだった。

 しかし今回は、ポロシェンコ前政権下の強引なウクライナ民族主義化・非ロシア化による社会分裂、汚職体質の継続、経済低迷、そして何も解決できない既存の政治システムに対する国民の不満は、政界部外者を自認する人気コメディー俳優ゼレンシキーにほとんど吸収されてしまった。

 野党生活党も先のボイコ氏やメドヴェドチューク氏をはじめとするベテラン政治家が多く所属しており、ゼレンシキー陣営の攻勢の前には、大幅な議席増は望むべくもなかった。

 ゼレンシキー氏はウクライナ全土で高い支持を得ており、地域的な偏りはない。大統領選挙決選投票では一州を除くすべての州・市で、議会選挙比例区においても3州を除く全てでトップの得票率であった。

 東部ドニプロペトロフシク州出身でロシア語話者であるゼレンシキー氏は、ウクライナ東部・南部で特に支持を集めており、クレムリン贔屓の政治勢力の大票田にも食い込んでいる。しかもゼレンシキーはEU・NATO加盟路線派だ。

 しかしゼレンシキー氏抜きで考えても、今日のウクライナは根本的に親クレムリン政治勢力が選挙で勝利することが困難な情勢にある。

 彼らが圧倒的動員力を有してきたクリミアおよびドンバスが被占領下にあるからだ。

 約500万の有権者がロシアクリミア併合とドンバス干渉政策によってウクライナ選挙から消えてしまった。これでは、ウクライナ危機以前のような得票数は絶対に不可能だ。

 さらにいうと、ロシアはドンバスの分離主義勢力を支えるため、年数十億ドル規模の援助を行っている。

 つまり、ロシアは自らの対ウクライナ政策によって大散財を強いられているうえに、自らが贔屓とする政治勢力の大票田も削いでいることになる。何ともおかしな話である。

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議会選挙で投票するゼレンシキー大統領夫妻 (ウクライナ大統領HP=https://www.president.gov.ua)