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騎士の鎧、実はどうやって作ってたのかよくわかんないんです
「中世の騎士」と言われて、一発目に思い浮かぶのは金属の鎧を着て馬に乗り、剣や槍を持った姿だろう。実際に騎士は馬に乗っていたし、鎧を着ていたのも間違いはない。しかし、実のところ騎士が着ていた鎧がどうやって作られていたのか、そして実際にはどのくらい頑丈だったのかというのはいまいちよくわかっていない。というのも、資料や鎧の現物や当時鎧を作っていた設備はほとんど失われてしまっており、全然残っていないのだ。

で、実際のところ鎧ってどういうものだったの……という疑問に立ち向かうおじさんたちを撮ったドキュメンタリーが『騎士の鎧の秘密』 (Netflix)である。ガチで鎧を作っていた昔の武具職人は、その作り方をいちいち文章にして残していない。材料工学のような研究分野がない時代、どんな鉱石をどれくらい加熱してどう叩いたら頑丈になるかという情報は貴重な企業秘密だった。だから彼らはそれらの情報を徒弟へだけ伝え、あんまり文字には残さなかったのである。この番組では、そんなよくわからないものになんとか近づこうという、おじさんたちの奮闘が記録されている。

番組の作り自体はわかりやすい。番組は「なぜ分厚い鉄板でできた鎧が必要とされたのか」という問いに対し「鉄砲と甲冑の騎士が200年くらい共存してたから」という至極まっとうな答えを提示するところから始まる。最初は鎖帷子を着ていたが、クロスボウの普及で隙間が空いていない鎧が必要になり、分厚い金属板でできた鎧が誕生。しかし当時より強力な兵器として銃も登場したので、盾と矛とのいたちごっこが加速した……という鎧の発達史をスルスルと見せてくれる。

その説明と並行して、シカゴ美術館による鎧復元プロジェクトの様子も紹介される。失われた技術を探る北ウィスコンシンの金属細工師や美術館のスタッフらが一緒になって、当時の技術を使って鎧を一揃い制作。1556年に書かれた西洋では最古の金属加工専門書『デ・レ・メタリカ』を資料に、製鉄のための塊鉄炉をレンガと粘土で作るところからスタートするという、気が遠くなるような作業を始めるのである。

この作業が始まったところで映る、大人が3人がかりでようやく運べるような大きさの超でかい吹子にも笑ってしまうのだが、そこから先は「よくやるよ……」と唸ってしまうような重労働の連続である。砕いた鉄鉱石と木炭を炉に入れ、人力で吹子を吹きまくって1300度で12時間加熱する。鋼鉄が取り出せたら熱いうちに金槌で叩きまくって不純物を取り除き、小さな金属の板にする。それができたら今度は加熱して重ね合わせ、ガンガン叩いて層状にしてまた整形して……。とにかくず~っと火のそばで金槌を振るい、固まってはまた炉に戻しを繰り返す。ホントよくやるよ……。

しかしこの人たちの目標は、あくまで14~15世紀ごろの技術で鎧を作ることだ。近道はできない。製鉄に失敗して一からやり直しになっても、もう一回レンガを積んで炉を組み立てるところからスタートする。「どうやって作ったのかわからないものを後から復元する」という仕事がいかに大変なものか、しみじみと思い知らされる。

大変なんだろうけど、鎧作るのって妙に面白そうなんだよな……
にも関わらず、この番組に出てくるおじさんたちはけっこう喜んで一連の作業をやっているように見える。火縄銃を撃っては「すごい迫力だな~!」と言ってニコニコし、加工が終わった部品を抱え上げては「ファンタスティック……!」と嬉しそうにしている。言っちゃなんだけど、かなりオタク的リアクションの匂いがする。

特にインパクトがあるのが、ちょっとだけ登場する"鎧チャリおじさん"である。正しくは国立武器防具博物館のアンディディーンさんという人なのだが、この人がいきなり全身に鎧を装着したまま自転車に乗ってス~ッと現れる。「鎧を着たら動けないというのはウソです」「普段通りに動けます」というのを説明するために、自ら鎧を着て出てくるのだ。アンディさんはそのまま柔軟体操をしたり、草地の上を転げ回ったりして、鎧がいかに人間の動きを阻害しないかを説明してくれる。

で、アンディさんはもうこの後全然出てこない。一瞬だけ、鎧を着てチャリに乗ったおじさんとして登場するのみである。にも関わらず、この人のインパクトはすごい。ホラホラ、動けますよ……と楽しそうに草の上をゴロゴロ転がる姿は、まさに研究者の鑑である。いやほんと、マジでそう思う。

他の人たちは鎧を着て自転車には乗らないものの、鎧に金色のエングレービングを入れるために水銀を使った危険な加工を施したり、金属に青い色をつけるために鎧をそのまま蒸し焼きにしたりと、みなさま大変面白そうに復元のプロセスに打ち込んでいる。けっこうな人数が長期間(この番組に出てくる鎧を復元するのには、1年以上かかったとのこと)関係するプロジェクトなので、作業自体を面白がれない人は最初から無理な仕事なのである。

たかだか数百年前の人工物でありながら、手がかりがないだけでここまで復元が大事業になるとは……。そんな驚きがありつつも、関係者が全員面白そうに作業するところも非常に印象的なドキュメンタリーである。とりあえず鎧を着たまま地面を転げ回ったり自転車に乗ったりするのはかなり楽しそうだったので、機会があればおれもいつかどこかでやってみたい……と思ったのだった。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)
どうもみなさまこんにちは。細々とライターなどやっております、しげるでございます。配信中毒第3回。ここではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど、各種配信サービスにて見られるドキュメンタリーを中心に、ちょっと変わった見どころなんかを紹介できればと思っております。みなさま何卒よろしくどうぞ。